コラム

ステロイドが、どのように細胞に入り込み、遺伝子の発現を狂わせるのか

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 現代では、様々な病気の標準医療において合成ステロイドホルモンが使われていますが、私は常日頃から「合成ステロイドホルモンは、命に危険が及ぶ時以外使ってはいけない」と言い続けています。元来、ステロイドホルモンは体内でも作られているもので、一時的に普段より多く作ることはありますが、基本的には副腎皮質で産生される量は、一定の範囲となるよう厳密にコントロールされています。普段より多く作るのは、主にストレスに耐えるためで、決して病気の症状を取るために作るものではないのです。

 実は合成ステロイドホルモンは、正しくは、合成糖質コルチコイドというべきです。人体が副腎皮質で作る自然な糖質コルチコイドは、コルチゾールといわれます。一方、医者が用いる場合のステロイドは合成糖質コルチコイドです。以下で用いるステロイドという言葉は、コルチゾールである場合と合成糖質コルチコイドである場合がありますが、いずれにしろ働きは同じです。

 副腎で自然に分泌される糖質コルチコイド(コルチゾール)は、下垂体前葉からの分泌される副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)によって調整されています。このホルモンが運ばれていく器官を標的器官といいます。コルチゾールが、この標的器官の細胞に入り込むと、以下のような作用をもたらします。

①アミノ酸を放出する。
②脂肪を分解する。
③糖を新たに作る。
④筋肉と脂肪細胞がグルコース(糖)を抑制することによって血中グルコース濃度を上昇させる。
⑤心筋の収縮を促進する。
⑥人体の水分の貯留量を増大させる。
⑦炎症を抑えます。アレルギーの症状を抑える。

 合成ステロイドホルモンが臨床において用いられるのは、この7番目の働きを発揮させるためで、ステロイドを外部から大量に入れると、異物と戦う免疫の働きが抑制され、あらゆる不愉快な症状が消え、間違った喜びを患者に与えることができるものですから、世界中の医者は、嬉々としてステロイドを用いるのです。

 この患者に快楽を与える⑦の働きについてはかなり詳しく調べられています。しかし、①~⑥の遺伝子レベルでの働きについては、ほとんど解明されていません。しかもステロイドを用いれば、あらゆる器官において様々な副作用が生ずるのでありますが、その副作用がどうして生じるのかについても誰も解明していないのです。

 ステロイドの働きを簡単に説明すると、人体の細胞は細胞内部で様々なタンパクを合成するために、DNAの遺伝子情報をRNAに転写する必要があるのですが、ステロイドはこの転写の過程を促進、あるいは逆に抑制する作用があるのです。このようにDNAに特異的に結合して、転写の調整に影響を及ぼすタンパク質の一群のことを転写因子と呼びます。ステロイドは転写因子の一つなのです。転写因子については、こちらで詳しく解説していますが、ともかくステロイドは、炎症を抑制する蛋白の合成を抑制するだけでなく、あらゆるタンパク質の合成過程を無理矢理、促進・抑制すること、タンパク質は多くても少なくても問題が起こし、様々な病気になるということを理解してください。

 次はステロイドが、どのように細胞に入り込み、遺伝子の発現を狂わせるか説明していきましょう。ステロイドは核内に入ると、核内にある核内ステロイド受容体と結びつきます。このステロイドも核内ステロイド受容体も、いずれもDNAの遺伝子情報をRNAに移し替える(転写)するときに利用されるので、両方とも転写因子と呼ばれます。

 ステロイドは細胞の細胞膜を通過した後、細胞質のグルココルチコイドレセプター(glucocorticoid receptor、英語でGRと略します。)に結合します。GRは全ての細胞に存在し、かつステロイドホルモンは全ての細胞膜を自由に通過していきます。ステロイドと結合したGRは、全ての細胞の核内へ自由に移行し、23対の染色体に乗っているDNAの遺伝子領域と、様々なpromoter(促進)、enhancer(亢進)、repressor(抑制)などの働きを持つタンパクと結びつきます。このようにステロイドと結びつく遺伝子をステロイドの標的遺伝子と呼びます。標的遺伝子にコードされている情報をmRNAに移し替えるときに、タンパクの合成を促進したり抑制したりする調節を「エピジェネティックな調節」とも呼びます。23対の染色体にはステロイドの標的遺伝子が無限にあるので、ステロイドを使った時に、どれだけ多くの遺伝子に影響を与えるかは誰にもわからないのです。

 次に、ステロイドホルモンが60兆個の細胞に自由に入り込む様子を『Janeway’s IMMUNOBIOLOGY』の絵を参考にしながら説明しましょう。まず、タイトルのMechanism of Glucocorticoid actionの説明ですが、Glucocorticoidというのは、glucoseとcortexとsteroidの3語の合成語の略語です。Glucoseは糖、cortexは皮質、steroidはまさにステロイドを意味します。私たちはステロイドと簡便に言っていますが、実はグルココルチコイドなのです。グルココルチコイドは副腎皮質が作るホルモンの一つで、糖質コルチコイドとも呼びます。

 図①はステロイドが外部から細胞膜を通って細胞質に入ろうとするところです。英語の説明文を訳すと、「ステロイドレセプターはヒートショックプロテイン90、略してHsp90と複合体を作って細胞質にいつも存在します。」となります。

 “Cytoplasm”は、細胞質という意味です。細胞質には、ステロイドレセプターとHsp90が結合して待っています。熱ショックタンパク質は、細胞が熱等のストレス条件下にさらされた際に発現が上昇して、細胞を保護してくれるタンパク質の一群であり、分子シャペロンとして機能します。シャペロンとは元来、若い女性が社交界にデビューする際に付き添う年上の女性を意味し、他のタンパク質分子が正しいフォールディング(特定の立体構造に折りたたまれる現象)をして機能を獲得するのを助けるタンパク質の総称です。分子シャペロン、タンパク質シャペロンともいいます。

 Hsp90にはHsp90αとHsp90βというアイソフォーム(構造は異なるが同じ機能をもつタンパク質)が存在します。Hsp90αとHsp90βはアミノ酸配列の相同性は高いのですが、刺激に対する応答性は若干異なります。Hsp90は非ストレス環境下においても細胞内発現量が高く、真正細菌や真核生物において広く発現して分子シャペロンとして機能します。Hsp90は細胞内において不活性状態のステロイド受容体と複合体を形成しています。また、Hsp90は癌の進展との関連が深く、Hsp90阻害剤は抗がん剤として期待されています。

 図②の説明文を訳すと「ステロイドは細胞膜を横切って、ステロイドレセプターと結びつくと、Hsp90が離れます」となります。

 図③の説明文を訳すと「ステロイドレセプターとステロイドが結びついた複合体が、今度は核膜を通ります」となります。Nucleusは、“核の”という意味です。

 図④の説明文は「ステロイドレセプターがNF-κβと相互作用して、NF-κβの標的遺伝子の転写を阻害します。」と訳します。NF-κβは、核内受容体と呼ばれる転写因子のひとつで、正式な英語は、“nuclear factor kappa-light-chain-enhancer of activated B cells”です。ステロイドとステロイドレセプターの複合体は核内に入って細胞質にあるときに、転写因子であるNF-κβと結びつくと、AP-1(これも転写因子です)などと結びつき、炎症を起こしている遺伝子の働きを阻害して転写ができなくなることで、炎症に関与するサイトカインなどが負に制御され、結果として炎症がなくなります。つまり、世界中で使われているステロイドは、この遺伝子の働きをOFFにして炎症を止めてしまっているのです。炎症は病気を治すための第一歩ですから、ステロイドは症状を取るだけで病気を治しているわけではないのです。ただ、免疫抑制作用が強力に発揮されるので、最高の抗炎症剤として用いられるのです。図④は、まさにステロイドがNF-κβという核内転写因子と結びつくと、この制御エレメントの遺伝子の働きを抑制し、抗炎症作用を発揮していることを描いています。

 図⑤は細胞の核の中でステロイドのレセプターが、ある一つの特定の遺伝子配列と結びついて、遺伝子DNAの情報をRNAに転写する因子を活性化させているという図であります。もっと具体的に言えば、図⑤の意味は、文字通りステロイドがたった1箇所の遺伝子の制御エレメントに働いて、制御因子によって制御されている遺伝子の発現を制御因子と共同で調節していることを図示しているのです。そして、ステロイドが結びつく遺伝子は1種類だけではなく、あらゆる組織や器官の遺伝子に無数にあることも表しています。

 どのような遺伝子をONにしたりOFFにしたりするかは“Examples of genes regulated by GR”という資料に関するコラムをご覧ください。

 図⑤の説明文は、「核内において特異的な遺伝子制御配列に結びついて、転写を活性化する」と訳します。Regulatoryという意味は、制御とか調節という意味があります。Sequenceというのは、遺伝子の塩基の並び、ヌクレオチドの配列のことです。この図⑤はステロイドの副作用を説明するときに極めて大切な意味を持つので、しっかり理解してもらいましょう。

 図⑤の下に“upstream regulatory element”と記されていますね。この意味は、「上流にある遺伝子の制御要素(エレメント)」であります。Regulatory element(レギュラトリーエレメント)とは一体何でしょうか?文字通り訳せば、制御エレメントとか調節エレメントという訳になります。実は同義語は、英語も日本語も入れると全部で10以上あります。まず英語では、control element、control region、Nucleic Acid Genetics Regulatory Region、Nucleic Acid Regulator Region、Nucleic Acid Regulatory Sequence、regulatory domain、regulatory element、Regulatory Regionなど難しい英語が8種類あります。日本語では、核酸制御配列、制御ドメイン、制御領域、調節エレメント、調節領域など、これも慣れ親しめない日本語が5種類ありますが、一番わかりやすく日本語で説明すれば、「遺伝子の発現スイッチの役割をするDNAの塩基配列」です。英語では“Regulatory element”で代表され、日本語では「制御エレメント」と訳されるのですが、いずれにしろこれらの言葉の本質は、人体にある特定の遺伝子の発現を増やしたり減らしたりするのを調節する遺伝子の一部分であるということです。

 次にUpstreamについて説明します。Upstreamとは上流の意味で、下流もいずれで出てきますので説明しておきましょう。まず転写というのは、二重鎖でできているDNAをRNAに移し替えることです。二重鎖のDNAを同時に読み取ることはできませんから、まず二重鎖をほどいて一重鎖にする必要があります。どちらの一重鎖のDNAを読み取るかを決めねばならないのですが、読み取る鎖はなぜだか決まっていて、永遠に同じ遺伝子を作り続けるのでこれを「半保存的な複製」といいます。つまり同じ遺伝子を永続的に保存しながら子孫に伝えていくということになります。

 RNAに移し替えようとするDNAを鋳型鎖といい、別名アンチセンス鎖といいます。読み取らない一重鎖を非鋳型鎖といい、センス鎖といいます。新しく出来上がるDNAは、言い換えると、転写するということは、新しく非鋳型鎖を作ることになるのです。なぜならば、鋳型鎖のT(チミン)に対応して、新しくできるDNAはA(アデニン)であり、鋳型鎖のC(シトシン)に対応して、できるのはG(グアニン)であるからです。逆に、-対応して新しく出来上がるDNAは、Tであり、鋳型鎖のGに対応して、新しくできるのはCであるからです。実は遺伝子の転写を仲介するRNAは、TがU(ウラシル)になっているのですが、もっと詳しく知りたい人は、高校の生物の教科書の遺伝子の項を読んでください。

 RNAに読み取られる転写の進行ですが、鋳型鎖は必ず3’→5’の方向で読み取られることを知っておいてください。3’と5’の意味は五炭糖について述べたコラムの中で解説していますので、興味があるかたを読んでみてください。その順番で非鋳型鎖が合成されます。鋳型鎖において、転写の開始部位の3’末端側を上流、5’末端側を下流といいます。遺伝子を読み取ってRNAに転写するのは、ちょうど川の流れと考えて、水が上流から下流へと流れるように読みとられていくので、読み取りの始まりを上流といい、終わりを下流というのです。読み取り始めの3’末端側を上流、5’末端側を下流といいます。

 いずれにしろ、医者が使用したステロイドがアトランダムに細胞膜を通って細胞質にあるステロイドレセプターと結びつき、ステロイド・ステロイドレセプター複合体となり、ステロイドに反応する遺伝子のプロモーター領域にある、病気を治す事とは関わりのない訳のわからない特定のDNAの配列に結びついて、遺伝子の発現を呼び起こし、その結果、様々な副作用をもたらしているということが分かっていただけたかと思います。

 それでは、このような遺伝子発現を調節する遺伝子の一部分は、人間の全ての遺伝子に何箇所あるかを考えてみましょう。まず、人間の遺伝子の全てを乗せている染色体は23対あります。この生体内にある23対の染色体にはこのような制御エレメントが分かっているだけで数十万箇所あります。このような制御エレメントは、400万箇所もあると書いている研究者もいます。私が以前からしばしばホームページで「遺伝子の発現のON/OFFに関わるエピジェネティックな箇所は400万もある」と言い続けたのはこのことなのです。皆さん、やっと私が言い続けた400万の意味がお分かりになったでしょう。

 遺伝子DNAとは何か?遺伝子発現とは何か?に対する答えを出すために、DNAの発現、つまりアミノ酸を作る出発点から終点までの経過についてコラムを書いていますので、興味のある方は、こちらもお読みください。

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