11/8更新分では、自然免疫の血球の代表である好中球がどのようにして血管から炎症巣まで運ばれるかということを詳しくしました。今回は高等免疫の血球の代表であるリンパ球(Bリンパ球とTリンパ球)がどのようにして炎症巣まで運ばれるかを説明しましょう。
リンパ球(Bリンパ球とTリンパ球)は、リンパ管から二次リンパ節、さらにパイエル板などを自由に動き回った後に血管やリンパ管や二次リンパ節に戻り、それを繰り返している間に、リンパ球(Bリンパ球もTリンパ球)は、自分にぴったりの敵を二次リンパ節で見つけ出して初めて仕事ができるのです。
毎日5000億個のリンパ球は1000個以上もあると言われているリンパ節を循環しています。果たしてこれらのリンパ球が、二次リンパ節やリンパ管・他のリンパ組織・血管を、何の目的もなしに自由気ままに動き回っていると思いますか?もちろん違うのです。5000億個のリンパ球は、動き回っている間に、自分に合うたった1種類しかない敵と出会うチャンスを最大限にするために、いわばリンパの移動を管理する交通規則といってもいいようなパターンに従って移動しているのです。
まずTリンパ球がどのような規則に従って移動しているかについて話をしましょう。
骨髄で作られた未完成のTリンパ球は、直ちに血管を通って胸腺に移動し、そこで初めて全てのTリンパ球は成熟します。成熟して初めてTリンパ球は様々な仕事ができるのです。(ちなみに胸腺は自己と非自己をリンパ球に認識させるために存在しているのではないのです。何故ならば自己免疫疾患などというのはそもそもないからです。これについては自己免疫疾患はないというコーナーを読んでください。)
ところが胸腺から出たばかりのこのTリンパ球は、敵(抗原)に出会ったことがないので、いわば乙女のようなTリンパ球ですから、バージン(virgin)Tリンパ球とかナイーブ(naive)Tリンパ球と呼びます。一方、敵(抗原)に出会った経験のあるTリンパ球は、さらに分化したTリンパ球でありますから、エクペリエンスド(experienced)Tリンパ球といい、日本語では「経験済みのTリンパ球」といいます。ちなみにエクペリエンスド(experienced)Tリンパ球は、メモリーTリンパ球やエフェクターTリンパ球とは違います。(メモリーTリンパ球やエフェクターTリンパ球については後で詳しく書きます。)バージン(virgin)Tリンパ球とエクペリエンスド(experienced)Tリンパ球では、血管やリンパ管やリンパ節への移動の仕方が全然違うので、まずバージン(virgin)Tリンパ球の移動の仕方から説明しましょう。
先ほど言ったように、Tリンパ球は骨髄で作られ胸腺で成熟し、胸腺からバージン(virgin)Tリンパ球としてまず血管へと出て行きます。このバージン(virgin)Tリンパ球は、膜の表面に細胞接着分子(adhesion molecules)を全て表現しています。(細胞接着分子(adhesion molecules)については好中球が血管から組織に出る話の中で既に触れました。)これらの接着分子は、血管やリンパ管の出口などにいる税関の係員に見せるパスポートだと考えてください。このパスポートはあらゆる人体の二次リンパ節に入り込める許可証だと考えてください。
なぜ接着分子が全ての国である全ての血管やリンパ管や二次リンパ節に入れるパスポートを表現しているかを説明しましょう。例えば、血管からリンパ節に入るためには、HEV(high endothelial venule)という血管の内皮細胞が必要です。日本語では「高内皮細静脈」と訳します。もっと詳しくいうと、リンパ節の中にあるこの血管は背の高い内皮細胞を有し、特殊な接着分子である“GlyCAM-1”という税関を発現し、バージンTリンパ球が持っているパスポートの一つであるL-セレクティンという分子と結びついて、HEVを持っている血管からリンパ節に入り込むことができるのです。ちなみにこのGlyCAM-1は“Glycosylation-dependent cell adhesion molecule-1”の略であります。
ついでに言えば、パイエル板のHEVの血管内皮細胞にあるMadCAM-1とバージンTリンパ球が持っているパスポートの一つであるインテグリン分子のα4β7が結び付くと、バージンTリンパ球はパイエル板の血管からリンパ節であるパイエル板に入国が許されるのです。ちなみにMadCAM-1は“mucosal vascular addressin cell adhesion molecule 1”の略字です。“mucosal”は「粘膜の」という意味であり、“vascular”は「血管の」という意味であり、“addressin”は、もともとHEVを持っているパイエル板の中にある血管内皮細胞の表面に発現されている接着分子の意味であるので、MadCAM-1は一語で“Addressin”ということがあります。
粘膜のリンパ節には、あの有名な腸間膜リンパ節が150個もあります。この腸間膜リンパ節(mesenteric lymph nodes)にもMadCAM-1というタンパクが発現し、バージンTリンパ球が持っているインテグリングリン分子であるα4β7と結びついて、バージンTリンパ球は、腸間膜リンパ節にも入っていくことができます。つまり、α4β7というインテグリンは、腸管のリンパ節に入っていけるパスポートといえます。
一方、未経験なTリンパ球、つまりバージンTリンパ球は、あらゆる国である二次リンパ節に入国できるパスポートを持っているので、あらゆる二次リンパ節を訪問することができます。リンパ節に入ったバージンTリンパ球は、既に説明したT細胞領域、別名、傍皮質領域と呼ばれるところで組織から敵(抗原)を運んできた数百の樹状細胞が提示する敵を調べ尽くします。提示された敵(抗原)を認識できなかったバージンTリンパ球は、リンパ節から血液に再び入り込み、リンパ節から血液中に出て、再びリンパ節に入り込むという循環を繰り返します。
ついでに言えば、脾臓は、リンパ組織ではあるけれどもリンパ節ではないので、リンパ管とは繋がっていないので、樹状細胞が提示する敵を認識したバージンTリンパ球直接に血管に出て、再びリンパ節に入ったりして同じような循環を繰り返します。このようなリンパ管や血管の中の循環をナイーブTリンパ球(バージンTリンパ球)は1日1回繰り返すのです。この1日1回の循環中にナイーブT細胞は、血管中の循環には30分費やすだけなのです。大部分の時間をリンパ節でAPC(antigen presenting cell、日本語で抗原提示細胞)である樹状細胞に提示された自分に合う敵を探すのに費やされるのです。
ところが6週間あまり敵を探す発見の旅が費やされても、バージンTリンパ球に合う敵を見つけることができなかったならば、このバージンTリンパ球は寂しくアポトーシス(programmed death)で死んでしまうのであります。アポトーシスによる死ですから炎症を起こさないので、他の細胞には全く迷惑をかけずに往生するのです。
ところが、6週間の旅路の中で、二次リンパ節でナイーブT細胞が自分にぴったり合う敵(抗原)をAPC(antigen presenting cell、日本語で抗原提示細胞)である樹状細胞に提示されると、その敵と結びついてやっと活性化されるのです。このTリンパ球を“exeperienced T cell”(経験済みのTリンパ球)というのです。二次リンパ節でナイーブT細胞が自分に合う敵(抗原)のことを、cognate antigenといいます。“cognate”は認識できるという意味と考えてください。つまりナイーブTリンパ球のレセプターに合わないantigenは、認識できないという意味ですね。
さぁ、ここでexperienced T cellの新たなる旅が始まります。それは、experienced T cellが持っているパスポートは、バージンTリンパ球が持っているどこのリンパ節にもいけるパスポートと異なるのです。つまりexperienced T cellのパスポートは入国できる国が限定されるのであります。言い換えると、活性化されている間に、Tリンパ球の表面にある特定の選ばれたadhesion molecules(接着分子)のいくつかが増え、一方、Tリンパ球の表面にある要らなくなったadhesion molecules(接着分子)が減ってしまうのです。これはどういう意味なのでしょうか?
活性化されたTリンパ球が発現する接着分子はこれらのTリンパ球がどこで活性化されたかに依存するという意味です。言い換えると、Tリンパ球はどこで活性化したかという場所の記憶を刻印されてしまうのです。腸管免疫で説明したように、レチノイン酸のことを覚えていますか?小腸にあるパイエル板(Peyer’s patch)にあるdendritic cell(DC)はレチノイン酸を産生することは覚えていますね。このレチノイン酸は、小腸のパイエル板で活性化されたTリンパ球にインテグリン分子であるα4β7を発現するように誘導することを思い出してください。まさにこのα4β7は腸管に特異的なインテグリンであるのです。その結果、このα4β7を持ったTリンパ球はパイエル板に戻るように記憶させられているのです。同じように、例えば皮膚の領域のリンパ節で初めて活性化されたTリンパ球は、必ず皮膚の領域のリンパ節に戻るように特異的なadhesion molecules(接着分子)が活性化されたTリンパ球に発現され、それを覚えているのです。ちょうど初めて恋した人を忘れられないのと同じですね、アッハッハ!恋した人に会いたくてたまらないでしょう。アッハッハ!
従って、活性化されたTリンパ球、言い換えると、初めて自分に合う抗原(cognate antigen)を認識したTリンパ球は、血管やリンパ管を再循環するときに、血管から出て行った時も、戻ってくる二次リンパ器官は、最初に抗原に出会ったのと似た領域の二次リンパ器官なのです。このように活性化されたTリンパ球に行く場所が制限されたパスポートだけを手渡し、覚えさせることによって、経験済みのTリンパ球は自分が認識できる抗原(cognate antigen)と再び最も出会いそうな場所に戻ってくることになるのです。
さぁ、これで経験を済ませたexperienced T cellは、やっと邪悪なインベーダーと戦う装備品を持つことになったのです。これらの細胞は血管を循環しながら、感染が起こっている場所で初めて血管から出て行くことができるのです。例えば、出た組織でキラーT細胞(CTL)はウイルスや細菌などの病原体に感染してしまった細胞を殺すことができるし、かつヘルパーTリンパ球(Th細胞)は、免疫反応を強めてくれる様々なサイトカインを提供することができるのみならず、感染巣に血管からより多くの戦士たちを補充することができるのです。血管から組織に出て行くときにexperienced T cellは、以前説明したように、好中球と同じようにインテグリンとセレクティンの組み合わせによって、つまりadhesion molecules(接着分子)とadhesion partnerの組み合わせによって、巧みに血管から感染巣へと出て行くことができるのです。
腸管の粘膜の話は既に述べたので、他の粘膜で炎症が起こったときの話をしましょう。腸管以外の粘膜において、初めて敵を経験したナイーブTリンパ球は、adhesion partnerとしてαEβ7というインテグリン分子を発現しており、一方、炎症が起こった粘膜血管のadhesion molecules(接着分子)としては、addressin moleculeの一つが発現されているのです。その結果、粘膜にいる敵を処理した経験を持つTリンパ球は、感染が起こった同じ粘膜を求め続けることになるのです。さらに血管からこのような粘膜組織に出るときは、組織の戦場で戦っている大食細胞などによって放出されるケモカインによって、Tリンパ球は初めて活性化したときにTリンパ球の表面に現れていたケモカインレセプターと結びつくことによって戦場へと出ることが可能となるのです。このT細胞が組織にいるcognate antigen(認識できる抗原)を認識してしまうときに、これらのTリンパ球は、血管を巡回することをやめ、戦いを始める命令をするシグナルを受け取って初めて、戦場へと出て行けるのです。好中球もTリンパ球も血管から炎症組織に出て行くときの出方は全く同じであることがご理解できましたか?
以上の話をまとめてみましょう。ナイーブTリンパ球は、はじめは全ての二次リンパ節を巡回することができ、リンパ節にいる敵を見つけるまで同じ旅を続けます。しかし決して炎症巣には出ることはできません。cognate antigenを見つけて活性化されると、experienced T cellになります。experienced T cellになってしまうと、似た敵がいそうな特定の領域の二次リンパ節だけを監視することができるパスポートを初めて持つことができます。このようなリンパ節だけにいそうな自分が認識した同じcognate antigen(認識できる抗原)を認識できるキラーTリンパ球やBリンパ球を手助けするために、同じルートを再循環し続けるのです。さらに活性化されたTリンパ球は、感染病巣で血管から出るパスポートだけを持っていて、そこから出た後、感染巣にいるCTL(キラーT細胞)が感染細胞を殺す手助けをします。同じ感染巣にいるTh cellにはその戦いを有利に進める様々なサイトカインを出させるのです。
最後にBリンパ球の話をしましょう。Bリンパ球はどのようにリンパ管や血管や二次リンパ節を旅するのでしょうか?基本的にはBリンパ球もTリンパ球の旅と似ています。まずバージンBリンパ球は、バージンTリンパ球と同じく、はじめは人体の全ての二次リンパ器官を旅するパスポートを持っています。しかしながら二次リンパ節で初めてBリンパ球が認識できるcognate antigenを認識したexperienced B cellは、experience T cellほど血管やリンパ管や二次リンパ節を移動することはないのです。何故ならば、大抵のexperienced B cellは、二次リンパ節かあるいは骨髄に居座って、抗体を産生するだけだからです。自分の代わりに産生した抗体に自由に血中やリンパ管や二次リンパ節に旅をさせるのです。