潰瘍性大腸炎・クローン病 症例報告

潰瘍性大腸炎やクローン病完治の症例報告Part51(コメントなし)更新2022.8.28

投稿日:2022年8月27日 更新日:

症例報告118例目

完治された病名1)潰瘍性大腸炎

患者:47

2005年の夏、会社での人間ドックにて便潜血陽性の結果により、G予防検診センターで精密検査を受けることになりました。大腸レントゲン、内視鏡検査、細胞検査を受けるとガンではないことがわかり、患者さんはホッとされました。しかし、腸壁のただれが気になるということで消化器内科を受診するように担当医から言われましたが、ガンのことばかり気になっていた患者さんは出血も治まってきていたので、消化器内科を受診されませんでした。

その後は、3日から1週間程度の期間で出血があれば、半年以上も出血もなく便も普通便だったため、そのままにしていました。翌年の定期健康診断でまた便潜血陽性の検査結果が出て、前回同様の精密検査を受けることになりました。検査結果は前回と同じでしたが、このとき初めて潰瘍性大腸炎の疑いがあるので消化器内科を受診して下さいと言われました。

聞いたことのない病名に怖くなり慌てて自宅近くのO医院を受診し、内視鏡検査を受けましたが潰瘍性大腸炎ではないという診断が出ました。その後は出血があれば受診し、検査を受け続けましたが、1年半~2年間は特に何もない状態でした。

2012年7月、人間ドックでまた便潜血陽性の結果を受け、精密検査受診の指示があったのですが、以前と同じ結果だろうという思いと忙しさとが重なり、精密検査受診のことを忘れきっていました。11月下旬頃にまた出血が起こり、慌ててO医院へ向かいましたが、1年半ほど前に閉院してしまい、隣接する市のR総合医療センターに受診しました。ここでも他の医院等と同様に内視鏡検査を行いましたが、内視鏡検査・細胞検査の結果は「潰瘍性大腸炎」と診断されました。

潰瘍性大腸炎が難病指定されていること、個人個人で進行状況が異なり、進行(悪化)に伴って飲み薬も変わってくること、費用などに関わる特定疾患受給についてや食事の仕方、生活の仕方等の本の説明などを受け、最後にアサコールを1日3回2錠飲むように指導され、診察を終えました。

その日の夜、帰宅して奥さんに検査結果とアサコールを処方されたことなどを話すと、「アサコールはステロイドだよね」と言われ、患者さん自身もステロイドは怖いと思いつつも、仕方がないと思いながら服用していました。しかし奥さんは2~3日、インターネットで他の治療法を調べに調べ、そして松本漢方クリニックを探し出したのです。私の論文や当時掲載されていた患者さんの手記などを読んで、潰瘍性大腸炎はステロイドを一切使わずに治すことができると知り、早速当院を予約されました。

翌日12月23日、早朝から松本漢方クリニックに来院されました。先に鍼灸治療を受けてもらってから診察を行いました。「直ぐにここへ来たのは大正解や。私が治すんやない。君の体が自分の免疫の力で治すサポートを私はするだけや。必ず治る!」と力強く握手をしながら言い、患者さんの不安を取り除きました。

幸いにも奥さんのおかげで3日しかアサコールを服用されていませんでした。食前(下痢止め)と食後(出血・炎症をとるもの)の2種類の漢方煎じ薬と、アレルギー用の粉薬を毎食前に服用するように指導しました。以前、父親が漢方薬を煎じて飲用していたこともあり、違和感なく飲むことができました。クラススイッチによりアトピーの症状がでてくるから赤い軟膏を塗って、薬草のお風呂にも入浴するように。また、お灸での火傷あとにも塗るように指示しました。

12月23日からの1週間で出血の量が格段に減り、下痢も治まりました。その後も漢方薬を続けてもらい、年末には出血も治まり、オナラも普通にすることができ非常にありがたく感じられたそうです。年が明けた診察時に、最初は硬い便が出るも後の方が軟便になることが多いと相談され、漢方薬を変えて処方して様子を見ました。また、仕事でやつれた顔をしていたので、仕事の面でもあまり真面目すぎず、少し手を抜くぐらいでもっと楽にするように言いました。ストレスが溜まってステロイドホルモンを出して免疫を抑えては治るものも、治らなくなります。順調に快調していき、完治されてからはもう通院されておりません。

症例報告119例目

完治された病名1)潰瘍性大腸炎

患者:45

2010年7月で会社の定期健診で便鮮血陽性という検査結果が出ました。しかしそのときは出血の自覚症状もなく、痔かと思っていました。会社からの要精検の指示だったので、自宅近くにある内視鏡検査を得意と宣伝しているTクリニックを受診しましたがそのときは「異常なし」という診断でした。

翌年2011年7月頃、自分の便に血がついているのを見つけました。痔の医者に行きましたが、痔は出血するほどの状況ではなく、もっと言えば痔ともいえない程度と言われ原因不明の出血に不安になりました。10月頃にもう一度Tクリニックで検査をしてもらおうとされました。しかし、粘血便の症状を説明しても「去年に内視鏡やってから1年もたってないよね。こんな短期間に出血するような状況を検査のときに僕は見逃さないよ。自分の検査には自信を持っているから。痔だよ、痔。」と決めつけられ、痔の注入薬を処方された後、緊急性ないからという理由で検査の日程が翌年2月となったのです。痔の薬を使うも、1日に一度の排便時は下痢ではないものの粘血便だったり通常便だったりという状況でした。

2012年2月、Tクリニックで2回目の内視鏡検査。内視鏡を挿入してすぐ、直腸部に白い斑点のような変色がある様子が画面に映し出されるとT医師は「これは潰瘍性大腸炎かもしれないなぁ」とはっきりと口にしました。結局、変色があったのは直腸部のみで、そこから組織を採取して病理検査となりました。

検査時に聞こえた「潰瘍性大腸炎」という病名が気になった患者さんは、ネットで調べると難病で一生治らないと、ネガティブな記事ばかりで患者さんはかなり落ち込んでしまいました。2週間後の病理検査の結果は、検査時にT医師が口にしていた「潰瘍性大腸炎」という診断でした。T医師は病気の原因や症状を説明することはなく、「この病気は特定疾患・・・いわゆる難病指定だから、保健所に届けを出すように」という指示と、飲み薬を処方するから忘れずに飲むようにと言うだけだったそうです。このとき検査のために採血されたのですが、このときの検査結果ではCRP<0.3であり、正常値でした。

このとき処方された薬はアサコールで、1日3回、2錠ずつ飲むようにと言われました。アサコールを飲み始めて1週間後、仙台のビジネスホテルに泊まっていた日の夜中に突然の腹痛が襲ってきました。腹痛と下痢が一晩中断続的に続き、ほとんど眠れずに一晩すごしました。翌朝、腹痛も多少おさまってきたので、車を運転して自宅へ帰り、日曜だったので休日診療所へ行きました。そこでは「急性胃腸炎だろう」と言われ、栄養剤の点滴を受けて帰宅しました。この時点で37度を少し越える程度の発熱を起こしていました。

その夜、胃腸炎の薬を飲んだもののまったく回復せず、39度を超えてきた発熱と下痢で体はフラフラでしたが、無理にでもアサコールは飲み続けていました。翌日、下痢も続いていたのでTクリニックへ行きましたが、T医師は「アサコールに発熱の副作用はないから。風邪だね。」とだけだったそうです。

その後も夜になると39度、昼は38度の発熱、下痢は一日中という日が続きました。Tクリニックを再度受診し、インフルエンザ検査も受けましたが陰性で、発熱の原因は不明のままでした。不安になった患者さんは、Tクリニックに行く前の行きつけだったK内科へ行き、潰瘍性大腸炎のこと、アサコールを服用し始めたことを含めて全部話しました。するとK先生はアサコールのことを調べ、「アサコールはちょっと強い薬のようだ。服用し始めてから発熱や下痢が始まっているので、薬の副作用の可能性がある。一時、服用をやめたほうがいい。」と指示通りにアサコールの服用をやめたら、2日程度で熱は下がりました。

K内科で血液検査をしてもらうと、白血球数は正常範囲の上限が7800程度なのに12800と非常に多くなっていて、CRPは13.2というとんでもない値になっていました。つまり、アサコールが免疫を低下させ、何らかの菌が体内に入り込んで感染症と胃腸炎を起こしていたのです。

3月末の定期受診時、Tクリニックでアサコールの服用をやめたら熱が下がり、下痢もおさまったことを話すと、「それって本当に副作用かなぁ・・・・新しい薬だからよくわからないのだよ」などと無責任なことを言っていたそうです。そして、「他の飲み薬(ペンタサのことか?)も成分は似ているから、同じ状態になる可能性がある。薬をやめるわけにいかないから、今度は坐薬にしよう。」と言って、リンデロン坐剤が処方されました。このときはそれ以外の説明はなく、患者さんも再びあの高熱にうなされる恐怖からその坐薬を使い始めました。

4月末にTクリニックを定期受診した際、粘血便はあるかと聞かれたので、ないと答えると「ふぅ~ん、この薬でも効くのだ・・・・」と患者さんに言ったそうです。このT医師はどういうつもりで坐薬を処方したのでしょう?病気を治すどころか免疫を抑えて病気を増やす実験を患者さんの体でしようとしたのでしょうか?リンデロンではアサコールのような副作用はでませんでしたが、ふとどんな薬なのか気になり、ネットで調べてみるとそこにはステロイド剤という表記がありました。Tクリニックでも、院外処方の薬局でもらった説明書にも”ステロイド剤”なんて文言は一言もありません。患者さんに黙ってステロイド剤を処方していたのです。5月の定期受診時に、「リンデロン坐剤はステロイドですか?」と患者さんが聞くと、T医師は「そうだよ。でも、副作用が気になるほどじゃないから。君はこの程度の症状で済んで幸運と思わなきゃ。私は大腸摘出とか手術することになった人を何人も見てきたよ。」とソフトな脅しを返してきたのでした。

今までのT医師の発言とだまし討ちでステロイド剤を処方されたことに憤りを感じた患者さんは、ネットで別の医者を探し始めました。「潰瘍性大腸炎 完治」のキーワードで検索し調べていくと松本漢方クリニックのサイトにヒットしました。読み進んでいくうちにこれが受けるべき治療だと思えた患者さんは、その日のうちにリンデロン坐剤を使うのをやめ、当院への受診の予定を立て始めました。独断でステロイド剤をやめましたが、離脱症状はなく再び粘血便が出ることもありませんでした。

5月25日、松本漢方クリニックを訪ねられました。私がペテン師かも知れんぞ?と冗談を言うと患者さんは「他の医者は治らないという病気に、『治る』という言う医者に賭けた方が良い。もしそれで治ったらラッキーじゃないですか。」と面白いことを言ってくれました。前向きで余裕のある考えが出来ている人は大丈夫!治るでぇ~と言って力強く握手しました。食前に下痢止め、食後に腸の炎症をとる漢方煎じ薬2種類を処方し、毎日のお灸と週に数回の漢方風呂を処方しました。苦い漢方薬もこれを飲めば治るのだと思い、毎日飲み続けられました。

7月中旬から右手がガサガサに荒れて痒くなってきました。クラススイッチが始まったのです。下痢止めの薬をアトピーの薬に変え、手の荒れに軟膏の紫雲膏を毎晩塗り続けてもらいました。右手のアトピーは長く続き、ひどくなると皮膚がひび割れのようになりました。痛かったり、痒かったり、右手の指だけがむくんだり、爪もガタガタになっていきました。しかし、治るのです。患者さんもそう信じて治療を続けました。松本漢方クリニックで受ける血液検査ではCRPなども正常値でした。最初から潰瘍性大腸炎じゃなかったかもしれません。職場での健康診断では便鮮血は”陰性”でした。下痢ももうありません。潰瘍性大腸炎の治療薬としてアサコールを飲んでいたときが最も症状が重い状態だったと患者さんは言っていました。

2012年11月、ずっとなかった粘血便が出ましたが、ちょっと暴飲暴食をした後だったということで、出血を止める漢方を送って飲んでもらうと、すぐに粘血便はなくなりました

11月に松本漢方クリニックで受けた血液検査の結果は、全て”正常値”。なかなか下がりきらなかった血沈も5以下に下がっていました。腹痛、下痢なども全く無く、年末の電話診察のときに「あんたの潰瘍性大腸炎はもう治っている。漢方薬は今回で終わりにしよう」と患者さんに言いました。患者さんにとっては待ちに待った言葉だったでしょう。

漢方薬を飲みきって2ヶ月近くすると、”本当に大丈夫か・・・”という不安が出てきたのもありますが、完治した、という証を得るつもりで、患者さんは2月25日に内視鏡検査を受けました。患者さんに潰瘍性大腸炎と診断した病院に、1年ぶりに大腸内視鏡検査を受けに行かれたのです。1年前の検査では直腸部に白い斑点状の炎症がありましたが、今回の検査ではモニター画面にきれいなピンク色の大腸が映し出されていました。大腸全てを検査して、炎症箇所はなし。組織検査のため、前回炎症が見られた直腸部から組織を採取してその日の検査は終了しました。

組織検査の結果を聞きに行くと、見たとおりの「異常なし」の結果でした。その病院は患者さんに”リンデロン”というステロイドを処方し続けていたので(本当は全く使っていませんでしたけどね!)「よく薬が効いてるね、量を半分に減らそうか」などと言ってきました。患者さんは「リンデロン坐剤は全然使ってないので、もういりません」とはっきり言いました。医者は「え?いつから使ってないの?」とびっくりした様子。「坐薬を使ったのは最初の一ヶ月くらいだけです」というと「あ、そう薬使ってなくてこれなら、いいんじゃないか」と、医者らしくないはっきりしない言葉。「”いいんじゃない”というのは、治っているという意味ですね?」と患者さんがとどめに聞くと、「そうだね。まれに治る人もいるのだけど・・・再燃する人もいるから」と歯切れの悪い回答でした。これで患者さんは正真正銘、”完治”を勝ち取りました。この報告を聞いた私は胸がスカッとする思いでしたよ!ワッハッハ!!!!

症例報告120例目

完治された病名1)潰瘍性大腸炎

患者:44

1,996年、結婚して間もない頃、朝から腹痛に悩まされていました。そのしばらく前から腰の痛みもあり、良くならずおかしいと思っていた時の事でした。正露丸を飲んでも腹痛は一向によくならず、数週間前に痔のような症状で大腸ファイバーの検査を受けた病院に電話してどうすれば良いかを聞くと、来院するように言われました。奥さんに運転してもらって病院に行くと外科部長の先生が診察し、先日の検査の結果「潰瘍性大腸炎」という診断がされていことを知らされました。患者さんがよく分からないまま入院するかどうかのやりとりがあり、ともかく痛みがとれればとの一心で入院することになりました。

のちのちになって結婚する前にも同じように痔のような症状があった頃のことを思い出したそうです。独身時代に職場のどうしても尊敬できない上司数人による無理難題や無茶振りに振り回されていた時のことです。膨大なストレスにより生活習慣は乱れ、暴飲暴食は日常茶飯事だったそうです。唯一の楽しみで夜中にコーラとポテトチップスを片手にビデオ鑑賞をしていたことがストレス発散にもなっていたそうですが、本当に身体の健康については無頓着だったようです。そしてある日、トイレに行くと紙に血がつくことがありました。この時はご両親に相談するとお風呂に入るようにとのことだったので、なるべくお風呂に入って身体を冷やさないようにし、身体を動かすようにしてストレスを解消するようにしているうちに症状は良くなっていったとのことです。

そして潰瘍性大腸炎と診断された時の頃は、患者さんの結婚式の準備、結婚生活、教師試験受験、職場の責任の増加、職場での人間関係の悪化等のストレスが重くのしかかっていた時でした。さらなるストレス過多により症状は悪化してしまったのです。

入院によりそれらから一時的に離れ、中心静脈を通して高カロリーの点滴がなされ、2週間ほどで症状が安定し退院されました。しかし、それから何度か入退院を繰り返し、様々な要因が重なって結局、結婚当初就いていた仕事は1997年の春で辞めざるを得なくなりました。

2001年、他の仕事の関係で石川県で1年間、ご家族で滞在することになりました。そこでも体調が悪化し、国立病院に入院されました。前年にも体調を崩し、千葉で入退院を繰り返していた患者さんは石川に行ったと同時に紹介状をもってその国立病院に受診されましたが、そこではステロイド剤を使用する方針でした。結局、一年間経口剤としてプレドニン、1クール3回のステロイドパルス療法を行い、造影しつつ直接大腸の患部にステロイドを注入されました。ステロイドパルス療法とは何でしょうか?ステロイドパルス療法は1グラムのステロイドを3日間連続で点滴することを1クールとして疾患によって1~3クール行う治療法です。多量のステロイドを1クールとして疾患によって1~3クール行う治療法です。多量のステロイドパルス終了後はステロイド内服をおこない、ゆっくりと減量していきます。中心静脈からの高カロリー点滴を鎖骨下部にポートを埋め込み、調子の悪い時は常時点滴を専用ベストにつけて携帯式のポンプもつけて自宅で交換を行っていました。ポートは、点滴の痛みや苦痛を感じにくくして、血管に負担をかけずに点滴を行える医療機器です。ポートを皮下に埋め込み、そこから点滴薬を投与することで血管を守るものです。

日常生活を送るためという理由で、病院に依存しなければ生活することができないような治療方針は果たして日常を送れていると言えるものでしょうか?さらにステロイド使って38億年かかって進化した免疫細胞を抑制して痛みや症状をコントロールしようとするのは本当に正しい医療なのでしょうか?

患者さんはとにかく仕事に早く戻ることができるようにと、対処療法による症状の改善という目先の利益のみを追い求めました。金沢では妊娠中だった奥さん、そしてまだ2歳だった息子さんがいる中の入院につぐ入院。退院しても体調が悪いなか北陸三県を飛び回り悪化する悪循環な生活を過ごされました。その中でも娘さんが誕生したことは大きな励ましだったとのことです。仕事の面でも多くの人たちに協力をもらいましたが、結局、体調が理由で退職することになりました。

体調の安定しないまま家族とともに千葉に戻った患者さんは、引っ越しして間もなく千葉の大学付属病院外来を訪問されました。ペンタサを使って症状を安定させ、ステロイドを離脱していく方針になりました。それからしばらく入院生活をする中でポートは外され、ステロイドの離脱をし、ペンタサに切り替えていきました。ステロイド離脱はうまく行きましたが、その一年はほとんど下痢が止まりませんでした。下痢がつらくてどうしようもなくなった患者さんは、以前から母親に勧められていた光線治療研究所のコーケントーから出ている光線治療の器具をつかって身体を暖めて免疫を上げる療法を受けることにしました。するとみるみる症状が緩和するようになり、ほどなく下痢が止まりました。この治療は器具さえあれば、自宅で治療できました。この後、しばらくの間、ペンタサ、サラゾピリンを使いながら、症状がひどくなったときには座薬を使いながら、調整をすることができていた。

しかし2011年3月11日に起こった東日本大震災の後、救援物資、人材の送り出し等のボランディアに力を傾けるうちに、治まっていた大腸炎の症状が再発しました。そんな中、震災前から決まっていたオーストラリアの出張があり、2011年の5~6月にかけて1ヶ月半、ご家族でオーストラリアのパースの郊外で過ごしていました。サラゾピリンの経口薬、座薬をもっての渡豪となり、症状がなかなか改善していかない中、十分だと思っていたサラゾピリンの座薬をわざわざ日本から送ってもらわなければならないところまできてしまいました。思い返すと日本全体の環境の変化、個人の生活の変化、そして国の変化によりストレスがかかっていたのでしょう。ストレスに対応するため、患者さんの副腎皮質から大量放出されたステロイドホルモンは、医者から入れられるステロイド剤と同じくらい免疫を抑制してしまうのです。

オーストラリアに来てまで症状に悩ませられる、なんともやりきれない思いを抱えつつ本当にこの病は治らないのだろうか?と考え、子供が寝静まった夜、リビングルームでパソコンで「潰瘍性大腸炎完治」と検索をかけました。そして松本漢方クリニックのホームページを見つけたのです。初めは千葉と大阪の遠距離に通院するのは難しいと思うと同時に病気を治すことにネガティブになっていました。しかし、日本に帰国して気持ちが入れ替わり2011年10月に松本漢方クリニックに受診することを決めたのです。

今まで自分を低く評価すると同時にもっと努力すればできるはずだと、理想と現実のギャップの中で苦しみ自らストレスをかけることで自分の身体をも痛めつけ、その時に身体からは副腎皮質ホルモンが出まくり続けていました。また、病気にかかっていることにより誰かから気遣ってもらえる、やさしくしてくれることで心を満たそうとしたり、なにか人生や人間関係で都合の悪いことが起こると感じた時に病気のせいにして現実からの厳しさから逃れられると無意識に思っていました。

しかし、ある転機のおかげで自己を受け入れ、ありのままの自分をそれで必要十分と思うことができたとのことです。また自分を受け入れてくれる存在、すべてを知っていて守ってくれる存在を再確認され、病気に逃げ込む必要はない、ここから解放されても良いと思うことができるようになり、患者さんは松本漢方クリニックの門をくぐることができたそうです。

私は絶えず「自分が自分にストレスをかけてはならない」「病気は自分の心で治すのだ」と口をすっぱくして言い続けました。当院の治療をしてから10ヶ月が経った2012年5月末で血液検査のデータは全く問題の無い状態にまでいきました。長年の心の持ち方からも解放され、前向きな気持ちで治療を続けられました。今はすでに完治されたため、当院には通われておりません。

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