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潰瘍性大腸炎、クローン病完治の症例集Part1(コメントなし)更新2021.12.4

投稿日:2021年12月4日 更新日:

ここに極めて詳しく詳しく説明したコメント付きの「潰瘍性大腸炎、クローン病完治の症例集(コメントあり)」も載せておきますので是非読んでください!

数えきれないほどのあらゆる自己免疫疾患の中で子供たちや学生に一番よくみられる炎症性腸疾患の症例(潰瘍性大腸炎とクローン病)の何千何百とある症例を一つずつ詳しく症例報告をしていきます。と同時に治療中に見られた合併症と言われる自己免疫疾患の完治例も症例報告として提示していきます。

症例報告1例目

症例:潰瘍性大腸炎とクローン病 

この患者さんは、高校1年生の時に発症しましたが、今では完治しています。この症例報告は、患者さんの詳細な記録をもとに作成しています。

患者:当時15歳、男性、学生。この患者さんは数学の天才です。もし世界中の医者が口をそろえて言うように、潰瘍性大腸炎やクローン病が治らない不治の病であれば、彼の類まれなる数学の才能は永遠に発揮されなかったでしょう。しかし、現在、彼は位相幾何学(トポロジー)に全身全霊に向けて打ち込めるようになっています。彼の大成功を心から祈ります。

この患者さんは、まず私の“自己免疫疾患はない”という理論を完全に理解されたうえに、さらに炎症性腸疾患である潰瘍性大腸炎やクローン病の治し方を完全に理解されて、自分の免疫で完治させた最高の学生さんでした。

2009年12月初めに潰瘍性大腸炎の症状が出てきました。当時、有名な公立の進学校に入学し、勉強と部活と行事を両立させようとしてストレスが極限状態であったためです。また、患者さんがとても生きがいをもってやっていた和太鼓も忙しさゆえに行けなくなり、ストレスを発散することもできなかったのでしょう。この時ストレスに対抗しようと自分の副腎皮質からステロイドホルモンを出し続け、免疫の細胞の中に直接入っていき、ステロイドがDNAの転写酵素に影響を与え、IgGから、IgE抗体への遺伝子のクラススイッチができなくなったのです。まさに自分で自分を傷つけていたのです。そして外出先で腹痛によりトイレに駆け込むと、トイレが血の海になりました。症状が出た後、2つ掛け持ちした部活を1つは退部、もう1つは休部状態になってしまいました。

患者さんはパソコンで「腸出血」などで調べて、癌やほかの病気の不安と恐怖に駆り立てる説明をみて、自分は死んでしまうのかとさらに不安と恐怖に駆られ、発症から1週間経ってからご両親に相談しました。痔かもしれないと思い市販の痔薬を買い使ってみましたが出血は一向に収まらず、肛門科を受診されました。そこではいぼ痔と診断されて、強力ポステリザン軟膏(ヒドロコルチゾン2.5mg含有)を処方され服用しますが、それでは出血は治まりませんでした。

処方:強力ポステリザン軟膏.

2010年3月終わりごろ、潰瘍性大腸炎かクローン病の疑いにより初めての大腸内視鏡検査を受け、潰瘍性大腸炎と診断されました。

消化器専門病院でペンタサ錠3錠を処方され、服用すると出血が止まりました。患者さんは出血がなくなったことに素直に喜び、当時は潰瘍性大腸炎の治療は炎症を抑える治療が一番なのだと思い込んでしまいました。

処方:ペンタサ錠3錠。

しかし2011年1月頃、出血が再発しました。それに伴いペンタサ錠9錠と増え、ペンタサ注腸も使用するも出血は止まりませんでした。

処方:ペンタサ錠9錠、ペンタサ注腸。

2月の終わり頃、患者さんの希望によりプレドニゾロン20mgを処方されたものの、ステロイドの恐ろしさを知っていたためすぐに飲むことはなかったのですが、いっこうに出血が治まらなかったため2日後に服用してしまいました。服用2日後に出血が止まったので、早々にプレドニゾロン20mgを減量し3月終わりには5㎎になっていました。

処方:プレドニゾロン20mg→プレドニゾロン5㎎。

高校3年生、担当医が変わると対応が冷たくステロイドをもう少し飲んだ方が良いと言われ、医療をビジネスでしか見ていないと感じ、家の近くのIBD治療を行う開業医に変えました。今までずっと服用してきたペンタサを大腸まで届くように改良されたアサコールによる治療に変わりました。治療をすると少しまだ残っていた出血が収まりました。ステロイドからも離脱し、寛解に至りました。

処方:アサコール。

寛解して5月頃には普通の生活を送れるようにまでなり、アサコールも調子がいいときは徐々に自分で減らしていきました。

9月、学校の文化祭が終わり、気持ちがホッとしたのと、受験勉強というプレッシャーから血便が出始めてしまいます。血の量はどんどん増えていき、今までなかった激しい腹痛が出てきました。腹痛の原因はヘルペスだったのです。便も下痢となり、アサコールを増量してもどうにもなりません。

10月終わり頃、内視鏡を受けると大腸はボコボコで、やけどのようになっていました。毛細血管はズタズタになっていて、炎症は回盲部まであり小腸にも少し炎症が見られ、全て見終わると潰瘍性大腸炎の全型と診断されましたが実はクローン病にもなってしまっていたのです。

11月初め、紹介された大学病院にてクローン病の疑いと診断され、患者さん希望により顆粒球除去療法(GCAP)を受けました。しかし、食欲がなくなり、お腹を抑えて寝ることしかできなくなりました。手足の冷えも激しく、CRPも悪く貧血もひどかったため絶食治療と入院をすることになりました。

治療:顆粒球除去療法(GCAP)。

入院した日の夜に点滴と週2のGCAPの入院治療を始めました。GCAPの治療もひどく辛いものですが絶食治療もとても辛いものです。入院中にクローン病の疑いということで、胃の内視鏡検査もされましたがひどく苦痛だったはずです。そして入院して一週間くらいたった後、やっと食事が再開されました。そして二週間くらいたった後にCRPが徐々に下がってきているということで退院されました。その後もGCAPを頑張って続け、激しい痛みに耐えながらも11回やった後にようやく出血が止まりました。11月終わりのころでした。便も固形となってきました。

治療:顆粒球除去療法(GCAP)。

退院して1週間、親族と退院祝いの中で出された鰻を食べた後に腸がギュルギュルと鳴り異変を感じました。鰻は脂質が多く含まれている魚です。異変から1週間後くらいに下痢、出血が出始めました。すぐ病院へ行き、もう一度GCAPをしてもらうと思いましたが回数が11回までと決まっており、透析科の先生にもお願いしないといけないと言われてしまったので、プレドネマ注腸を処方してもらいました。しかし、プレドネマ注腸を行うも少しずつ悪化していきました。

処方:プレドネマ注腸。

2012年、腹痛、出血ともに良くならず、センター試験が近いていたため、経口ステロイドを始めてしまいました。センター試験も腹痛があるなか受けられました。食事制限も厳しくとても辛かったでしょう。このころに漢方に興味を持ち、都内の病院で漢方を処方されましたが一向に良くなりませんでした。そして2月半ば頃から私立大の本試験、国立大の二次試験も症状が良くないまま受けました。

処方:経口ステロイド。

高等学校卒業後、4月、今後の治療方針を決めるため内視鏡検査を実施され、結果、クローン病と診断されました。しかし、クローン病と診断されたのが分岐点でした。

のちに、インターネットで松本医院を見つけ、4月半ば、新幹線の中で腹痛に耐えながらも当院を受診されました。血液検査と免疫を上げる鍼灸治療を行い、診察しました。

治療:鍼灸治療

処方:漢方薬(食前、食後の2種類)、漢方風呂、赤色と黄色の塗り薬、抗ヘルペス剤。

ご自宅に帰られたその日の夜に漢方薬を作られましたが、漢方薬は吐き気がするほど苦くて苦戦されました。しかし2~3日飲み続けると便が固形になり、出血も止まりました。

大学病院での採血結果、これまでCRPの値4が0.1と正常値になっていました。

漢方風呂も免疫細胞が活発化しているイメージが湧くような、身体の芯から温まるように感じ、前々から悩まされていた手足の冷えもポカポカしてきました。受験勉強を自分のストレスにならない程度にして、毎日煎じ薬を飲み、お灸とマッサージを続けました。

漢方薬を初めて1~2ヶ月後、リバウンドにより止まっていた出血が再発しました。患者さんは理論をしっかり読んでいたので、「体が元に戻ろうとしているのだ。」「免疫の遺伝子を修復するのには出血もしょうがないことでしょう。」と理解していました。出血止めの漢方薬を処方しました。(患者さん曰く、この漢方は今までの漢方と違って甘くてやみつきになってしまい、今では一日の楽しみとなったそうです。)またこの頃から手のひらに湿疹ができるようになりました。湿疹を掻いた傷口に赤い薬を塗ると、すぐにかさぶたになってくれます。

他のIBD(inflammatory bowel disease、訳して炎症性腸疾患)の患者さんの手記で見たような壮絶なリバウンドが来ると覚悟されていましたが、2〜3ヶ月ほど慢性的な出血だけでそのうち治まりました。カレーを食べても何ともありませんでした。

ストレスを溜めないためにも和太鼓を続けてもらいました。

手のひらの湿疹が増え、痒くて夜眠れない日がたまにありましたが、そのうち出血は止まりました。アトピーへクラススイッチしたことにより、潰瘍性大腸炎の症状がなくなったため、アトピーの治療に切り替えました。

2012年9月頃、受験勉強のためストレスがかかってしまい、治まっていた下血が再発しました。アトピーも出ています。

処方:漢方薬(断痢湯、きゅう帰膠艾湯)と粉薬(たまに抗ヘルペス剤と鼻炎用の粉薬)

下血だけで下痢や腹痛もほとんど無く、軟便程度で、日常生活は過ごせるようになっていました。

大学受験は終わり、新しく大学生活を迎えた2013年、9月頃、下血が止まりましたが、下血止めのきゅう帰膠艾湯をしばらく処方し、9月半ばで完全に完治したので治療を終了しました。

症例報告2例目

症例:潰瘍性大腸炎

「25年間西洋薬を服用した為、短期間で免疫機能が戻るはずはない」と割り切り、リバウンドに耐えていた方の症例報告です。

患者:当時59歳 女性

1986年、29歳の時に粘液便が1ヶ月くらい続いたため、近くの大学病院の外科を受診したところ潰瘍性大腸炎と診断され、サラゾピリンを処方され服用していました。受診する度に外科手術を勧められるので、半年後、別の医院の内科胃腸科のA先生に受診するも「治らないが、サラゾピリンで抑えていきましょう」と言われ、その後もサラゾピリンを服用し続けます。しかし、粘血便が治まったり出たりを繰り返します。

投薬:サラゾピリン。

1994年、37歳、熱、激しい腹痛、便血便、下痢、白血球の値:12000、痛みに我慢できなくなり、最初に受診した大学病院で4週間入院します。その後もサラゾピリンと初めてステロイド注腸を1日1回5日間されました。服用直後、それまでの激痛が嘘のようになくなります。

投薬:サラゾピリン、ステロイド注腸(1日1回5日間)。

 退院後、A先生の内科胃腸科に戻り、サラゾピリンを引き続き服用します。3ヶ月くらい粘血便が続いたときに湧永製薬のキヨーレオピンを1日1ml服用します。キヨーレオピンとはニンニクを長期間かけ抽出、熟成し、濃縮して得られた濃縮熟成ニンニク抽出液に、肝臓分解エキス、ビタミンB1及びビオチンを配合した滋養強壮剤です。1ヶ月すると粘血便が出なくなり、その後、粘血便が出ても1ヶ月位すると治まりました。

投薬:サラゾピリン、湧永製薬のキヨーレオピン(1日1ml)。

1997年~2002年、41歳~46歳、6年くらい粘液が全く出ず落ち着いた状態が続き、サラゾピリンを昼食後飲み忘れることが度々ありました。

投薬:サラゾピリン、湧永製薬のキヨーレオピン(1日1ml)。

2003年6月頃、46歳、1日に10回10秒くらいの腹痛が起こりましたが粘液も出ず、下痢もありませんでした。しかし2~3週間後に粘液が出始め、下痢、腹痛が起こりました。腹痛は1日に10回、下痢便を出し切ると治ります。すぐにA先生のところで受診すると、自宅で注腸するステロネマ注腸3㎎(1日おきに使用)、下痢止め(ラックビー微粒N1%とタンナルビン「ヒシヤマ」とCBスコポラ錠10㎎)を処方されてしまいました。ステロネマ注腸3㎎を1日おきに5本服用すると粘液は出なくなり、下痢も治まります。その後、サラゾピリンだけになり1年は症状が出ませんでした。

投薬:サラゾピリン、ステロネマ注腸3㎎(1日おきに使用)、下痢止め(ラックビー微粒N1%とタンナルビン「ヒシヤマ」とCBスコポラ錠10㎎)。

2004年、47歳、また粘液が出始め、下痢、腹痛と前回と同じ症状が起こりました。前回と同じ処方をされ、症状が治まります。しかし、その後も粘液が出始め下痢になればサラゾピリンの他に、ステロネマ注腸3㎎と下痢止め(ラックビー微粒N1%とタンナルビン「ヒシヤマ」とCBスコポラ錠10㎎)と同じ処方を出し、症状が出なければサラゾピリンだけ処方する、ということを繰り返し、徐々に治まっている期間が短くなり、とうとうステロネマの使用本数を増やさないと治りにくくなってしまいました。

投薬:サラゾピリン、ステロネマ注腸3㎎(1日おきに使用)、下痢止め(ラックビー微粒N1%とタンナルビン「ヒシヤマ」とCBスコポラ錠10㎎)。

以下、記録している限りのステロネマ注腸3㎎の使用本数。

ステロネマ注腸3mg    

2008年1月、9本位

11月、10本

2009年1月、4本

2月、7本

5月~6月、13本

2010年2月~3月、8本

6月、3本

9月、7本

11月、5本

1日2~4回の下痢を起こし、赤みがかった薄茶色の水のような粘液が出て、便器に散り、腹痛を起こしました。粘液だけの時もあり、下痢便が出ると痛みは治まります。

2011年2月22日、54歳、松本医院を受診しました。当時、患者さんの身長150㎝、体重36㎏で、前年より1年で3㎏減少していました。

翌朝、松本医院で処方した漢方煎じ薬を服用し、夜にお灸も始めました。車で10分ほどの鍼灸院にも週1回通われました。西洋薬(サラゾピリン、ステロネマ注腸3㎎、下痢止め(ラックビー微粒N1%とタンナルビン「ヒシヤマ」とCBスコポラ錠10㎎))は一切服用をやめました。例外として、松本医院で処方したフロモックス、ベルクスロン錠、ビオフェルミン、フェルムカプセル、メチコバールは服用していました。

投薬:漢方薬14日分、抗ヘルペス剤、フロモックス、ベルクスロン錠、ビオフェルミン、フェルムカプセル、メチコバール。

漢方薬だけになると腹痛、水様便、粘液の回数が増え、疲れた時などは粘血便も出るようになりました。腹痛があるとすぐにトイレに駆け込み、我慢できずに出てしまうこともあり、中には膣の中で細菌が入り、黄緑色のおりものが出たときもありました。腹痛、下痢1日十数回、夜中も2~3回はトイレに行き、外出時は紙おむつを着用していました。

体重も徐々に減少し、体力も落ちていたので点滴を近所の一般的な西洋医療のクリニック(A先生とは別のB先生)で月2~3回点滴と検査だけ行いました。

治療:点滴(月2~3回)。

その時々で患者さんが困っていることを相談されては漢方煎じ薬や錠剤を処方しました。例えば体重減少と同時に両膝あたりに何とも言いようのない倦怠感が出てき、椅子に座っているだけなら痛みもなく腫れていないのですが、歩くと違和感が出たとのことでベルクスロン錠を処方し、のちに秋口には膝のだるさが解消されました。またリバウンドの苦痛により患者さんの旦那さんが洗濯、ゴミ出し、お風呂掃除と家事を率先して行っていたようです。患者さんだけでなくその家族の理解を得て一緒に協力していかないと1人ではとても治療を続けられないほどに他の病院で治療という名の病気を作り続けられてきたのです。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、フロモックス、ベルクスロン錠、ビオフェルミン、フェルムカプセル、メチコバール。

食事制限は特になく、ファーストフード以外は何でも食べても良いのです。夏の暑い時期でも食欲があり食べたいものをいくらでも食べられるようになったので、少しでも食べ過ぎるとすぐに腹痛下痢を起こしてしまいました。患者さんは食事、食材にこだわり、化学物質が入っていない、また遺伝子組み換えもなく、無農薬の有機肥料のものをできるだけ調達し、調理して摂っていたそうです。外食もほとんどせず、友人と会えるような体調になってもお弁当を持って行くようにしています。

2013年、秋あたりから水様便の回数が減ってきていましたが、2013年、春からは1日8~10回の腹痛、水様便、粘液、血液が出るようになってしまいました。あと少しでIgGがIgEかIgAにクラススイッチしてアトピー性皮膚炎か気管支喘息といったアレルギーの症状が起これば、便秘になり良くなると思うと、2~3日するとまた何回も下痢になってしまいます。それからも良くなったかと思えば下痢になる、ということを何回も繰り返します。

いつ完治できるのかはまだ誰にも分らない事だと分かっていても、やはり辛い日々を送っていました。しかし、患者さんは漢方薬で治そうと選んだのは自分自身で、25年間も西洋薬を飲んでいたから短期間で免疫機能が戻るはずはないと割り切る事に努めておられました。

現代の全ての病気の原因はヘルペスウイルスであり、原因不明な病気も自己免疫性疾患も全て医学業界と製薬メーカーが自分たちの利益のために作り出した病名疾患に過ぎないのです。しかも、ヘルペスを増やしたのはストレス過剰に耐えるために自分のステロイドホルモンを過剰に放出したためによるものであり、加えて治療により免疫を抑えるステロイドを使いすぎたためにヘルペスを膨大に増殖させて作られた病気なのです。ヘルペスを増殖させないようにステロイドホルモンを出さないようにするためには、①頑張り過ぎず、あきらめること、②他人のエゴを受け入れること、③自己中心的な欲望を捨てること、④他人の幸せを喜ぶことの4つを行い、ステロイドホルモンを出し過ぎないようにすることです。

病気を治すのは患者自身の免疫であるという科学的根拠に裏打ちされた理論に励まされ、いつかは絶対に完治するという気持ちだけは常に持ち続けながら5年間を過ごされました。

2015年、夏あたりから徐々にトイレに行く回数が減ってきました。腹痛もなくなりました。

2016年、12月、患者さんの旦那さんが突然大きな手術をしなければならなくなってしまい、1日だけで何回もトイレに駆けこみますが、粘液や水様便になる事はありませんでした。

そして日常生活でも外出時トイレを探す必要がなくなってきました。形様便(小指ぐらいの細さ)になっており1日1~2回までになりました。夜中トイレで時間を過ごすという事もなくなりました。

症例報告3例目

症例:潰瘍性大腸炎

患者:当時30歳、女性。アメリカで潰瘍性大腸炎と診断され、納得のいく治療法を探し求めて当院へ受診。

2003年、10月、在住するアメリカで潰瘍性大腸炎と診断され、メサラミン(日本ではペンタサのような薬)を処方されました。しかし、6週間後悪化したため、患者さんの判断で薬をやめ、中国人の鍼灸師の下に通い、漢方薬を処方してもらっていました。のちに2~3週間で症状も落ち着きました。

処方:メサラミン(日本ではペンタサのような薬)、のちに漢方薬に変更。

3ヶ月後、血便下痢が再発し前回よりも悪化してしまい、下痢は1日8回、下血の量も多く、毎日37.2℃の微熱が続きました。他院でステロイドを服用するように言われましたが、患者さんはステロイドの恐ろしさを知っていたので拒否しました。

日本の病院を調べている中で、当院を見つけ、受診するため6月下旬に帰国されました。

当院で処方した漢方薬、抗ヘルペス剤を服用した次の日に便が1日2回になり、下血も下痢もなくなりました。2ヶ月後、近所の病院で内視鏡検査と血液検査を行うと正常値に戻っていました。

症例報告4例目

症例:潰瘍性大腸炎

10歳の息子さんが他院で潰瘍性大腸炎と診断され、母親と共に当院を受診されました。

患者:当時10歳、男性、小学生

2012年6月、息子さんが腹痛、下痢、下血を起こしました。それまでは便秘気味ではあったものの大きな病気もせず、学校にも通っていました。熱はなく、食欲もあったため、かかりつけの小児科に行き整腸剤を処方されました。

処方:整腸剤。

しかし、その後2日間下痢が続き、腹痛も強くなってきました。顔色も青白く、食べるとすぐ腹痛が起き、1日に6~7回トイレに駆け込む状態が続き、便が下血していることが分かると、近くの当番病院へ行きました。入院した方がいいと言われ、消化器科がある病院を紹介され、そこで急性腸炎と診断されました。3~4日絶食してから大腸内視鏡検査を行うため入院することになりました。

大腸内視鏡検査を行いましたが、検査がひどく苦痛だったため、検査後かなりぐったりされたのですが、翌日に結果を持ち越されました。翌日、担当医から検査によると大腸全体に炎症があり、原因は食中毒か、クローン病や潰瘍性大腸炎かもしれないが、組織検査の結果を待たないと判断できないと説明を受けられました。母親は初めて聞く病名だったのでインターネットで調べてみると、どんどん不安になっていき、原因が食中毒であってほしいと祈りました。組織検査の結果、「食中毒に見られるような菌は今回の検査では出ませんでした。菌が便と一緒にもう外に出てしまって検査結果に出ないこともあります。炎症が広範囲なので潰瘍性大腸炎の可能性もあります。うちの病院ではこれ以上の検査は出来ないので、専門医のいる病院を紹介します。詳しい検査をしに行ってください。」と言われました。患者さんである息子さんには何の声もかけず、淡々とした説明をされたそうです。

2012年7月、紹介された病院で全病院での検査結果を見て潰瘍性大腸炎であることは間違いないと思うが、もう一度大腸カメラの検査が必要なこと、治療の進め方、最低2ヶ月の入院になることを告げられました。それを聞いて、今までどの病院でも気丈にしていた息子さんも涙をこぼされ、その姿を見て、胸が締め付けられる思いで、母親も涙をこらえきれなかったそうです。ショックと不安で一杯だったそうですが、痛みを感じず検査も終わり、IVH(中心静脈栄養)とペンタサでの治療が始まりました。すると、腹痛も弱まり、便の回数も減りました。同じ病気の子供たちが何人もいたので、絶食もそこまで苦痛に感じずにすみました。

病院からは、「最初は副作用がないペンタサから始めて、効かないようなら薬を強いものに変えていきます。ステロイドは子供に使うと一時的に成長を止めてしまう副作用があるから出来るだけ使わない治療方針です。」と説明されていました。ステロイドについての詳しい知識はありませんでしたが、漠然と怖いという思いはありました。でも、実際にはステロイドを使って長く入院している子供たちが多くいました。3度目や4度目の入院という子もいると言われて、また不安になってきたそうです。

処方:ペンタサ。

治療:IVH(中心静脈栄養)。

入院から一週間程経ち、気持ちも落ち着いてきたので、病気のことをネットで調べるようになりました。松本医院を知られたのはその頃です。ホームページには私の理論や、当時は実際に治った方の手記が松本医院のサイトにたくさん載っていました。膨大な患者さんの手記を読めば読むほどに、薬と医療制度の怖さを理解されました。このままではいけないと思われ、すぐに夫に相談されましたが、現実問題としてIVHを付けた状態では松本医院には行けませんでした。

そして、2ヶ月半が過ぎ、幸か不幸か、息子さんはペンタサで症状が良くなり、退院の目処が立ちました。退院する間際に病院から言われた事は、この病気は治らないこと、再燃しないように薬は一生飲み続けなければならないこと、薬を飲んでいても、どんなに食事に気をつけていても発症する時はしてしまうこと、この年齢でこの病気になって再入院していない子は一人もいないこと。それを聞いて、母親は背筋がぞっとしたそうです。そんな事を言われる病院より、必ず治ると言ってくれる病院に行きたいと思うのは当然です。すっかり痛みがなくなり、一見元気になった息子さんでしたが、すぐに松本医院に行こうと思ったそうです。それまでにホームページを読んでいたご主人も賛成してくれました。

2012年9月末、松本医院に来られました。鍼とお灸をし、お家でのお灸のやり方を鍼灸師が説明しました。母親曰く、松本先生のお人柄は想像していましたが、お会いするのはやはり緊張されたそうです。勉強不足でお叱りを受けるのではないかと思ったそうです。診察では、現在の医療制度についてと、医者が免疫を抑えるたびごとに病気を治りにくさせるどころか更にこっそりとヘルペスを増やして新たなる病気を無責任にも製造していることを十分に説明しました。私が息子さんを見て、『可愛い顔をしているなぁ。』、『将来のある10歳の子供に一生治らない病気だなんてそんなアホな話があるか。必ず治るからね。君の免疫力が治すんや。』と言い、力強く握手しました。自宅に戻り、漢方薬を煎じられました。覚悟はされていましたが、煎じ薬の漢方薬はとても苦くて匂いも独特ですから、息子さんは最初、1回分の130mlを飲むのに1時間もかかり、1日3回も飲めそうもないと言いましたが、お母さんは私の理論を息子さんにも理解させ、納得させたうえで治療を受けさせたかったので何回も、母親なりに十分に説明を尽くされたようです。健康で余裕がある生活を取り戻す為に一緒に乗り越えようと話されました。『自分で悪くしていたなら、自分で元に戻さなきゃダメってことか。』と息子さんも理解されました。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、お灸、ペンタサ。

『自分(の免疫力)で治したい』と言い、一口飲んではハチミツで苦味を消し、それでも苦みが残り、嗚咽で少量吐いてしまう状態でしたが、頑張って飲み続けました。そのうちにコツを掴み、ハチミツなしで一気に飲み干せるようになりました。お灸も自ら準備して、熱さにも耐えられるようになりました。体が温まり、よく眠れるらしく、今では寝る前のお灸が好きになったそうです。

息子さんは頭がよく生真面目でとても努力家です。繊細でいわゆる良い子がストレスが溜まって、この様な炎症性腸疾患にかかりやすいのです。穏やかでユーモアもあるので、周囲からは色々な精神的ストレスが辛そうには見えなかったようです。しっかりしているとか大人っぽいと言われることが多かったのです。家でも学校でも感情を爆発させるようなこともなかったし、塞ぎ込むこともありませんでしたが、時間に追われる毎日でいろいろな面でストレスを感じていたのではないかと思います。これからはご両親がもっと変化に気がついて、時間をかけて話を聞いたり、ストレスを貯めないように力になってあげて欲しいことも伝えました。

漢方薬を飲み始めてペンタサを今までの半分の量にしましたが、悪化するようなことはありませんでした。

一週間後、電話で状態を聞き、ペンタサは止めるよう指示しました。それからはペンタサは全く飲んでいません。たまにおきる腹痛には抗ヘルペス剤のベルクスロン(現在の名前はアシクロビル)を処方しました。それを飲むと痛みは楽になりました。それは潰瘍性大腸炎の原因の一つがヘルペスだからです。そして、詳しい血液検査の結果も教え、もう一つの原因は化学物質に対してアレルギー体質なのでアレルギーだが出てくれば最後はこのアレルゲンに対して免疫寛容を起こせば君の病気は完治すると励ましました。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、お灸。

2012年11月、今までより強い腹痛がおきて、下痢を起こし、便にも少し血も混じっていると電話がかかってきました。『リバウンドが始まったな。出血を止める漢方薬をすぐに送ってあげるから。』とすぐに手配しました。食後に飲むと翌日には下痢も出血も止まりました。理論通りのことが息子さんにも起こり、母親は本当にすごいと思ったそうです。腹痛も徐々に減り、1週間程で学校に行けるようになりました。

その後は下痢をすることはありませんでした。リウマチが出て膝を痛がるようになりましたが、これもヘルペスが原因で起こる痛みなので抗ヘルペス薬である、ベルクスロン(アシクロビル)を飲むと楽になりました。こうして、遠方ではありますが、電話で症状を伝えながら、薬を送る治療をし続けました。

2012年12月末、その後は腹痛も下痢も全くなく、元気に学校に行き、普通の生活ができ最後は完治となりました。

症例報告5例目

症例:潰瘍性大腸炎とリウマチ

身体が弱い自分に嫌気をさしていましたが、当院で治療し始めて今までの自分の考え方が間違っていたことに気づきました。

患者:当時35歳、男性、会社員

 患者さんの症状が出たのは24歳の頃です。最初は下痢が2週間ほど続き、近くの診療所に受診しました。そこで過敏性の下痢と診断され薬をもらいましたが、一向に下痢は治まらずひどくなる一方でした。この頃から便に血が混じるようになりました。大変な病気ではないかと心配になり、もう一度診察してもらい血液検査もしてもらいました。血液検査の結果はCRP 0.3で少し炎症反応があると言われ、一度大きな病院で検査を受ける事を進められました。患者さんは若いころから身体にこわばりが出たり、痛みが出たりすることが何度かあり、そのたびにCRPが少し高いと言われていました。この頃には少し下痢は治まりかけていましたが心配なので検査を受けることにしました。検査の大腸の内視鏡カメラで当日の朝からスポーツドリンクのような下剤を2リットルほど飲んで腸の中を洗浄してから検査を受けたのですが、炎症があるせいか内視鏡カメラが痛みを伴いとても辛いものでした。内視鏡カメラではクローン病、潰瘍性大腸炎ともに代表される症状は見られず炎症の出ているところの細胞を採り細胞検査してからの結果となりました。一週間後に検査結果を聞きに行くと潰瘍性大腸炎と診断されました。この時には症状は全くなく健康そのものでしたが、先生に治る病気ではないので特定疾患の申請をしてはと言われ保険所にいき申請をしました。その保健所の人にイロイロと話しを聞くと自分の病状はとても軽いものだと思いましたが、そこでも治らないと言われ落胆してしまいました。特定疾患の申請は問題なく受理され医療費、薬剤費の負担は少なくなりましたが、申請をしてから症状が悪化する事がほとんどなくなり病院に通院することもしなくなりました。

お腹に違和感があり、下痢になり最終的には血便を伴う下痢になる日がありましたが、病院で処方してもらったペンタサを飲むと2、3日で下痢も治まり薬があれば大丈夫と思っていました。1年に1度あるかどうかの症状だったので特定疾患の更新もせず、ペンタサがなくなれば病院に処方してもらいに行く、といった事を何年か続け病気と向き合うことをせず過ごしました。実際は仕事が忙しかったため、強いストレスによるステロイドホルモンが過剰放出し、化学物質やヘルペスウイルスと戦っている免疫が抑制されてしまい一時的に症状が出なかっただけなのです。ストレスがなくなり自分のステロイドホルモンが出なくなると抑えられていた免疫が活性化し、化学物質やヘルペスウイルスを殺そうと戦いを繰り返すのでいつまでも治らないのです。ですが当時の患者さんは病気の事をあまり深く考えず、本気で治ったのだと思い込んでおられました。

処方:ペンタサ。

 発症してから5年が過ぎたころ、病気の本当の怖さがやってきました。いつものように違和感から始まり下痢、血便と悪化していき、またペンタサを飲むだけで症状がなくなるだろうと高を括っていたらいつまで経っても下痢は治まらず逆にひどくなる一方でした。その後、熱も出るようになり食欲もなくなり1週間以上高熱が続いたので我慢できず病院に受診すると、血液検査の結果や熱が続いていることから入院することになりました。まだ患者さんは入院して治療すればすぐ元気になるものだと思っていました。しかし、全く熱は下がらず辛い日々が続きました。このころから関節が痛く腫れ上がるようになり自分で歩くことも出来なくなりました。

ステロイドが怖い薬なのはなんとなく知っていましたが高熱が続く状況から逃げ出したくステロイド治療を承認しました。最初に処方されたステロイド量は1日プレドニゾロン80㎎でした。ステロイドを飲むと数時間後には歩けなかったのが噓のように熱も下がり元気になりました。これもステロイドを服用したことにより体の中で人体にとって異物となる化学物質やヘルペスウイルスと戦っている免疫が抑制されて病状が良くなったように見えただけです。しかし、患者さんはステロイドを素晴らしい薬だと信じてしまいました。ステロイドが著効病気の原因はすべてヘルペスウイルスが原因の病気です。

処方:プレドニゾロン1日80㎎。近頃はプレドニゾロン1日80㎎は多すぎてどんな難病でも投与する医者はいなくなりました。私は医者を40年近くやっていますがステロイドを使ったことがない変わり者です。

ステロイドは一週間おきに採取し血液検査のCRPの結果でステロイドの量を減らしての繰り返しで順調に減量でき、一ヶ月後には1日20mgまで減らせ、それと同じくして食事も少しずつ始まり無事に退院することができました。

処方:プレドニゾロン80㎎→プレドニゾロン20㎎。

その後は2週間おきに通院し、血液検査をして少しずつステロイドを減量していきました。半年ほどは何も症状はなくこのままステロイドは飲まなくてよくなるのだろうなと思っていたころに再び違和感が襲ってきました。すぐに病院に行き診察してもらうとやはりCRPが上がっているのでステロイドの量を増やそうと先生に言われ、患者さんも早く症状を抑えなければまた悪化するのだと思いステロイドの量を増やす事を承認しました。このころは1日にステロイドを1mgしか飲んでいなかったので10mgにすると直ぐに症状は治まりCRPも正常値に戻りました。このCRPの上昇は自己免疫疾患ではなくヘルペスとの戦いで生じたものです。何故ならば自己免疫疾患も原因はすべてヘルペスによるものであるからです。自分の免疫が自分の体の構成成分を攻撃することは絶対にありえないのです。

処方:プレドニゾロン1㎎→プレドニゾロン10㎎。

 しかし、本当の怖さはここからでした。ステロイドを徐々に減らしていくと再び症状が悪化するという繰り返し〈リバウンドの繰り返し〉で、ステロイドから抜け出すどころか、徐々にステロイドが効かなくなっているような感じでした。この頃から精神的にも不安定になり自分の将来が不安で仕方ありませんでした。症状がでるのが怖くて仕方がなかったようです。患者さんは、仕事をしないといけないプレッシャーでお腹が痛くなったり下痢をすればすぐにステロイドの量を増やして症状を抑える事しか考えていませんでした。この頃は腹痛がでるたびに症状が酷くなる前に症状をステロイドで抑えた方がいいと思っておられました。しかし症状はステロイドを増やしている間は治まるものの、減らしていけばまた症状が出るという繰り返しでした。これを緩解と再燃といいます。それ以上にステロイドの量が減らせなくなってきている自分が一番怖かったと後に語っています。でも病院の先生に難病で一生治らない病気なので仕方ないし、患者さんはまだ「ステロイドが効くだけいいよ」と言われていたので、患者さんは完全に諦めていました。そんな状態で退院してから4年間ステロイドを服用する日々が続きました。

処方:プレドニゾロン。

 完全に諦めて月1回通院しながら血液検査をして、その結果でステロイドを処方してもらう日々が続いていた時に、仕事関係の社長さんが僕の体調を気に掛け色々と難病について教えてくれました。社長さんの妹さんが病気は違いますが難病で長年苦しんでいたそうですが、病院を変えたり食事に気をつけたり体を温めたりして自分に合う治療法を探して難病が完治したそうです。最初は全く信じてなかったのですが、直接妹さんに会って話をすると「病気は絶対に治せる!!ステロイドなんか飲んでいたらダメ!」と言われました。ステロイドが良くないは解っていたものの医者に言われることが一番の治療だと信じていました。妹さんから、まず体を冷やさないようにして、冷たい飲み物も止めてストレスを溜めないようにするのと、漢方を強く勧められたのでした。一度にすべては出来ないのでまず冷たい物を止め、体を温めることから試してみましたこの患者は小さい頃から体温が低く35℃前後しかなかったようです。それが悪いのであれば体温を上げる努力をしてみようと思い、体を温めるために岩盤浴が出来るベッドを購入して毎日温める努力をしますと最初は少しだるい感覚はありましたがその後は体調もよくなり自分でも元気になっている感覚がうまれ体温も36℃をきることがなくなり順調にステロイドも減らしていけると安心したのですがたやっぱりそれだけでは治せることはできなかったのです。

 ステロイドが1日7㎎になっていた頃にまた症状が出てきました。しかしステロイドを増やしたくはないので食事はせずに体を温めて免疫を上げれば症状は治まるだろうと自分に言い聞かせ10日程我慢をしていたのでしたが、やはり我慢できるものではなく病院に行かないと、と思いましたがまたステロイドが増えるだけだろうな、嫌だな、と思った時に社長の妹さんに漢方を勧められたのを思い出してインターネットで漢方治療をしている病院を探しだしたのです。

松本医院の存在は1年程前からご存知だったそうですが、その頃は漢方が効くとは思えず治療費が高くつくイメージしかなかったようなので関心を持っておられませんでしたが、妹さんからは「病気は絶対に治せる!!」と言われてから漢方も試してみようと思い松本医院に診察に行くことになったそうです。

私は、「なんで1年前から知っていて来んかったんや!!」「ステロイドを4年も飲んでアホちゃうか!!」「ステロイドが欲しかったら他の病院に行ってもいいんやで!!世界中でステロイドを使わないから病気を治せる医者は俺しかいないんやで。」懇々と怒鳴りました。しかし病気は病院の先生が治しているんじゃない!自分の免疫が闘ってくれているんや!だから薬で症状を消すのではなく免疫を高める為に漢方や鍼やお灸で手助けして治療するんや!あと自分に降りかかるストレス無理に耐えることが一番ダメやからストレスを溜めないように!最後に「病気は絶対に治るから!!」と握手をしました。すぐに鍼治療とお灸を受け、漢方薬とお風呂に入れる薬草と抗ヘルペス剤を処方し、お灸の艾もぐさ)も買って帰られました。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、お灸、漢方入浴剤。

リバウンドを覚悟するように伝えたのでビクビクしながら漢方薬を飲み始められましたが、漢方薬を飲みだした初日から便の回数、腹痛が減りびっくりされたそうです。しかし後から来るリバウンドを覚悟しながら漢方薬とお風呂とお灸を1週間続けた後、当院に患者さんから電話が入り経過が順調なのでステロイドを10㎎から5㎎に減らすように指示しました。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、お灸、漢方入浴剤、プレドニゾロン10㎎→プレドニゾロン5㎎。

1週間後、当院で再診察したのですが、患者さんは人を信用しない性格だったかはわかりませんがまだ私を疑っているようでした。時間をかけて仕事でのストレスの話や今までの病気の話を聞いてあげました。「病気の事を理解しなさい!心と体は繋がっている!だからストレスは絶対にダメ!自分に期待しすぎるな!諦めろ!」患者さんは自分でストレスを溜めない方法が分かりませんでしたが私の言葉で精神的に楽になり病気にも前向きになられました。

1週間ごとにステロイドを半分にして3回目の診察の時にはステロイドがなくなりました。その後少し頭痛や倦怠感はありましたがすぐになくなり、人体異物である化学物質をIgEで戦うアトピーが顔に出てきました。頭痛もヘルペスが原因なんですよ。患者さんはまさかリバウンドもなくこんなに早くクラススイッチするのか?と思ったそうですが早速、当院に電話をしてきました。「それはクラススイッチや!!」と言われ無茶苦茶に嬉しかったようです。ここまで2ヶ月弱で血液検査の結果もみるみる良くなり下痢、腹痛、血便といった症状も全くなくなり初診から3ヶ月で完治しました。こんなに早く完治することはなかなか無いのですが、患者さんは病気が治って考え方や性格が変わったような感覚だったそうです。完治したので治療も終わりました。すべての病気は患者さんの免疫が治すものです。

症例報告6例目

症例:潰瘍性大腸炎と壊疽性膿疲症

下痢、下血が止まるまで時間がかかりましたが、諦めず「免疫で治す真実の治療」を続け、現在は元気に毎日過ごされています。

患者:当時46歳、女性、看護師

患者さんが38歳の時、第二子妊娠4ヶ月目にほんの少し下血を起こしました。長男妊娠中に便秘が原因で切痔になった経験があるため、また痔になったと思い、すぐに肛門科を受診しました。診察の結果、医師から「切れ痔ではないが、妊娠中のため検査は出来ない。出産後も続くようなら検査したほうが良いだろう。」言われました。

その後も下血は続き、妊娠後期にはかなり貧血が酷くなり、鉄剤の点滴を受けました。そんな状況でしたが、幸いなことに無事次男を出産することができました。

治療:鉄剤の点滴。

出産後も下血は持続しましたが、二人の子供の育児に負われ、病険を受診することはできませんでした。引越しをすることになり、その準備のために更に忙しくなると、下血の量はさらに増えていきました。そんな中、左足のすねに虫刺されの様な膨らみができました。それはみるみる膨れ、かなりの痛みを伴うようになったため皮膚科を受診しました。診察の結果、直ぐに総合病院の皮膚科に行くよう言われ、その足で受診されました。受診後、できものの細胞を採り、詳しく調べることになりました。

帰宅後、足が腫れ上がり、再度病院を受診すると、検査したことが原因で感染を起こして蜂窩織炎となった事が分かり、即入院することになりました。入院後、抗生剤とステロイドの点滴治療が始まりました。下血の原因を調べるため大腸の内視鏡検査を受けると、検査を担当した医師から「おそらく潰瘍性大腸炎だろう」と言われました。検査の結果、できものは壊疽性膿疲症で、潰瘍性大腸炎が原因でした。退院時からペンタサが処方され、ステロイドと共に内服しました。役所に書類も提出し、潰瘍性大腸炎が特定疾患として認定されました。

療:抗生剤とステロイドの点滴。

処方:ペンタサ、ステロイド。

ペンタサを飲み始めても数ヶ月は下血が続き、内服と共にペンタサ注腸を暫くやることで、やっと落ち着きました。実際は化学物質やヘルペスウイルスと戦っていた免疫を抑えて良くなったように見えるだけです。しかし、患者さんは自分が難病の潰瘍性大腸炎になったことにショックを受けましたが、病気と上手く付き合い、生活していく上で大きな支障がなければいいと思い込んでしまったのです。

その後3人目を妊娠し、無事長女を出産することができました。3人目の育児休暇が終了し、2011年の2月から看護師の仕事に復帰しました。2011年の3月には東日本大震災があり、様々なことが混乱しました。4月から部署が異動となり、3人の子供の育児や家事をしながら新しい仕事を覚え、環境に慣れるのに苦労しました。ご主人も震災の節電の影響で土日が勤務日となり、自分の休みは育児と家事に追われ、ほとんど休む暇なく動いていました。また、遠方に住む実父が食道癌となり、病状が落ち着かなかったため、度々日帰りで見舞いに行くなどし、かなり体を酷使していました。そして、そんなストレスが蓄積している状態が続いてしまったために再び下血、下痢を起こしてしまいました。

その頃、患者さんが働く総合病院の消化器内科で潰瘍性大腸炎を診てもらい、直ぐに相談しました。ペンタサからアサコールに薬を変えたりしましたが、血液検査で肝臓や膵臓の値が悪くなったため、患者さんの病院の先生が思うような治療は出来ませんでした。そしてまた足に壊疽性膿疲症ができたのを期に、壊疽性膿疲症に一番効果のあるステロイドの内服が始まり、下血、下痢は止まりました。壊疽性膿疲症とは皮膚に痛みを伴う大きな病変が生じる、原因不明の慢性の炎症性皮膚疾患といわれていますが実はヘルペスが原因なのです。治療はステロイドしかないので慢性化してなおらなくなってしまうのです。ステロイドでしか治らないといわれる病気はすべてヘルペスが原因です。

処方:ペンタサ、アサコール、ステロイド。

しかし、ステロイドの量を減らしていくと、再び下血が始まり、ステロイドを中止することが出来ませんでした。そのせいで、様々な副作用が出ました。この様々な副作用の原因もすべてヘルペスなのです。医者も患者さんも知らぬが仏ですが。この仕事も休職したりしながら治療を続けましたが、下血は止まりませんでした。

そんな状況が9ヶ月続き、生活にも支障が出ている状況の中、患者さんは初めてインターネットで潰瘍性大腸炎について調べ、当院の事を知り、私の治療や論文を読み、松本医院を受診したいと思われました。

2012年6月、横浜から新幹線に乗り、当院を受診されました。私に初めて会ったとき、患者さんは泣いてしまいました。今までステロイドを使うのは嫌でしたが、病気が良くなるために仕方ないと思い使っていました。しかし9ヶ月良くならない状態が続き、不安で一杯でした。良くなるためにステロイドを使うというのは真逆の治療をしています。何回も述べたように体の中に入っている化学物質やヘルペスウイルスを殺そうと戦っている免疫をステロイドを使うことによって抑制していまい、一時的に症状が消えただけに過ぎないのです。ステロイドを使わなくなると抑制された免疫が活性化し、化学物質やヘルペスウイルスを再び殺そうと戦い始めるのです。したがって、いつまでもステロイドをやめられないのです。ですが、患者さんは当院を見つけ、幼い大切な子供たちの為にも潰瘍性大腸炎を完治したいと思い、当院を受診しました。漢方薬、鍼灸、抗ヘルペス剤の説明を受けて帰られました。

処方:漢方薬、鍼灸、抗ヘルペス剤。

最初は大変でしたが、少しずつ漢方薬を煎じて飲むことにも慣れ、ご主人にも協力してもらってお灸もやりました。ステロイドを中止した直後は下血の量が増え、疲労感も凄く、このまま死んでしまうのではないかと思うほど苦しんだようでした。これらのすべての症状はステロイド中止した後に出現するヘルペスとの戦いによる当然の症状なのです。

私は遠方でもちゃんとフォローできるようにどのタイミングで電話すればいいのかを最初の受診の時に指示し、真夜中でも携帯電話に電話をかけていいとまで伝えました。電話を受けた際は現在の病状と心配に思っていることを聞き、最後は必ず治らない病気はない。病気を治すのは自分の免疫だということを患者さんに言い続けました。

治療を初めて3ヶ月くらい後、下痢と下血がほとんどなくなり安心したのも束の間、下痢と下血が酷くなり、足にもできものが出てきました。ヘルペス性壊疽性膿疲症の再燃だったのです。その後、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、治療して9ヶ月がたった頃、クラススイッチを起こし両足全体がアトピーで湿疹だらけになりました。ついでにヘルペスもでき、そのヘルペスから膿が出て、痒みと痛みで1ヶ月くらい辛い思いをしました。ヘルペス性壊疽性膿疲症の再燃を繰り返し繰り返し起こしヘルペスを退治していたのです。しかし、アトピーが出たことはクラススイッチしているのだから悪いことではないと言い聞かせて、乗り切らせました。ヘルペス性壊疽性膿疲症だったので抗ヘルペス剤も大量に飲ませました。ヘルペス性壊疽性膿疲症もそのうちに上の図で示したような壊疽性膿疲症もよくなっていきました。

2013年5月、下血が酷くヘモグロビンの値が下がり、造血剤を飲んだり、下痢が酷くて一晩に3回~4回トイレに行かなければいけなくなりました。疲労感も強く、体重は治療を開始した時に比べ8㎏減少してしまいました。一度休職して2ヶ月間、自宅で安静にしてもらった結果、状態が大方良くなりました。リバウンドのヘルペスとの戦いで患者は絶対に死ぬことはないのです。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、鍼灸、造血剤。

しかし、復職してしばらくすると、また下痢や下血が始まりました。落ち込むこともありましたが、ステロイドの副作用を経験した患者さんは私の真実の治療を続けたいと思い、治すのは自分だと心に決めました。そして生活全般を見直し、休む時間を増やし、食事もさらに気に掛けるように心がけられました。

2014年10月中旬から下血の量や下痢の回数が減り始め、下旬には下血と下痢が止まりました。現在、多忙な日々を過ごされていますが、その後一度も下血せず元気な毎日を過ごしています。いつの間にか病気の症状もなくなり完治してしまいましたが患者さんも看護婦さんでしたので壮絶な病気との戦いを乗り切ることができたのです。今後も医者からステロイドを入れられないようにすることと、ストレスでステロイドホルモンを出し過ぎないように、①頑張り過ぎず、あきらめること、②自己中心的な欲望を捨てること、③他人の幸せを喜ぶことの3つを心掛けてステロイドを出し過ぎないようにすることを務めてやり続ければ再び潰瘍性大腸炎になることは二度とないでしょう。つまり再燃は起こらないということです。

症例報告7例目

症例:潰瘍性大腸炎

1年半出血と腹痛で苦しみましたが、当院を受診し完治しました。

患者:当時34歳、女性

1994年7月、トイレに行くとケチャップのような色と粘りのある便が出ました。以前は健康そのものでしたが、粘血便が出る1年半前からストレスによる腹痛が続いていました。現代文明にみられる最後に残された病気の原因は化学物質とヘルペスです。しかもこの様な病気の発病のきっかけはストレスに耐えている間にストレスホルモンを出しすぎて知らぬ間に免疫を抑えたために増えたヘルペスによるものです。はじめの1ヶ月間はそのままにしていましたが、8月に近所の胃腸科の病院に受診しました。

結果、潰瘍性大腸炎と診断されました。近所の胃腸科の先生は、ステロイドを使うと免疫が抑制され症状が一時的に治まるため、永遠にステロイドを飲み続けなければならないことと、免疫を抑制しているので他の病気にかかりやすくなると患者さんに説明したようです。この医者のようにステロイドが免疫を抑制するので他の病気にかかりやすくなると患者さんに説明する医者がいても、実際には免疫を抑える限りは他の病気は治せないとまで言い切る医者が皆無ですから、日本の医療費は上昇するばかりです。ステロイドを使用せずに症状を抑えようとしましたが、出血は増加し、便意を感じるも便は出なくなりました。それは腸管のどこかに。狭窄があったからでしょう?

1995年1月、正月休みを利用してご実家に帰省した際に、アトピー性皮膚炎でひどかった友人と、十二指腸潰瘍だった別の友人のご主人が当院で完治したと聞き受診されました。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペスウイルス剤。

早速、漢方煎じ薬を煎じて飲んだその日のうちに今まで便意を感じても出血だけでしたが便秘になり出血も止まりました。2日目も便秘で患者さんは効きすぎて不安になったそうです。3日目で便意を感じてトイレに行くと、いつもの血の海だった便器には山吹色のプリプリしたバナナ状のきれいな便が出ました。半年ほど出血ばかりだったので患者さんは感激しました。

それから3年間漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤を飲み続け、ストレスも溜め過ぎないように気を付けました。結婚を機に最初にかかっていた病院で検査だけしてもらうと、潰瘍を起こしていたS字結腸の所がすっかり綺麗に治り、どこも異常がないと言われたそうです。私の医療の出会いが早ければ早い患者さんの絶対に治らないといわれている自己免疫疾患も極めて簡単に治るのです。

症例報告8例目

症例:潰瘍性大腸炎とヘルペス性浮腫

小学6年生で潰瘍性大腸炎と診断され、漢方治療を選択しました。

患者:当時15歳、男性、学生

患者さんは小学6年生の夏休みに潰瘍性大腸炎と診断されました。漢方治療を選んだ理由は患者さんの母親がブドウ膜炎の治療で使ったステロイド剤で苦しんだ経験から選択されました。しかし、患者さんが潰瘍性大腸炎になった原因は、母親に感染していたヘルペスウイルスがいつの間にか乳幼児に感染がおこり、大きくなる間にさまざまのストレスに耐え続けたためにさらにアトピーの治療でステロイドを用いたために持ちためにヘルペスが増えそのヘルペスウイルスを見つけた患者さんの免疫が腸管にいるヘルペスウイルスを殺そうと戦ったために潰瘍性大腸炎の症状が出てきたのです。母親がブドウ膜炎になったのも眼底のブドウ膜に大量に感染したヘルペスウイルスと免疫が戦って起こったものです。

世界中のほとんどの人がヘルペスウイルスに感染しています。 ヘルペスウイルスに感染しすぎた人があらゆる不調を被らざるを得ないのです。

患者さんは幼い時からアレルギー体質で、離乳食を始めると肘や膝の裏がカサついていました。これは離乳食の中にある化学物質が患者さんの体の中に入り、免疫が排除しようとして皮膚がカサカサし、垢として身体から出ていくのです。馬油や皮膚科で出された保湿剤を塗り、痒くて眠れない時には1番弱いステロイドを数日塗っていました。3歳の時には花粉症と診断され、幼稚園では常に耳鼻科に通っていました。薬を大量に処方され不安になった母親は「このような粉薬を半年も飲んで大丈夫なのか?」と耳鼻科の医者に聞いたところ、「皆、飲んでいます」と言われましたが、患者さんの母親判断でほとんど服用しませんでした。標準医療はすべての医者がステロイドを使うために病気は死ぬまで治らないのです。は花粉症も食べ物や飲み水や空気中の化学物質が身体の中に入って免疫が排除しようして皮膚の炎症や鼻水や痰が出てくるのです

処方:保湿剤、ステロイド剤。

この頃より体質改善として漢方薬を時々飲ませていましたが、患者さんには飲みにくく、苦いのであまり飲み続けることをやめてしまったようで受信をしなくなりました。母親は患者さんが成長して症状がなくなったらと思いながら、食べ物は添加物の多いものや加工品を避けて過ごされました。

処方:漢方薬。

ご家族の仕事の都合により転勤が度々あり、患者さんが幼稚園入園前と小学校入学前と小学校の半ばで引っ越しをされていました。父親も忙しく、また夫婦中も安定せず子供である患者さんにいつも気を遣わせていた状態でした。患者さんはとてもしっかりしていて学級委員などの代表をやるような大人から先生から見るととても頭の良い子でした。

小学6年生になる前に、さすがにもう転勤は可哀そうということで父親だけ単身赴任となりました。患者さんも父親と一緒に行くか悩みましたが、母親と患者さんの2人の生活が始まりました。このころに、転勤をしなくても良いと安心し、今まで良い子でいようというストレスによって患者さん自身の中のステロイドホルモンが過剰放出されて免疫を抑制しヘルペスウイルスが大量に増殖していましたが、ストレスがなくなりステロイドホルモンが放出されなくなり免疫が活性化して患者さんの中のヘルペスウイルスを殺そうと戦いが始まって再び以前と同じ症状が出始めたのです。

小学6年生の夏休みに入ると患者さんは食事中に何度もトイレに行くようになり、便器の底に血が溜まり真っ赤でした。患者さんは腹痛も熱もなく元気でしたが、近所の小児科を受診しましたが結果がわからず、近所の大学病院を紹介され受診し検査入院した結果、潰瘍性大腸炎と診断されました。

子供である患者さんが大腸内視鏡検査をするのはとても苦痛なことです。不味い下剤を2リットル飲まなくてはならず、腸内の中は炎症を起こしているので内視鏡が当たって痛かったはずです。しかも担当の医者から、今まで事故はないが一応書いてくださいと「検査中に腸が破れても責任を問いません」という不安を煽るような内容の承諾書を書かされ、不信感で一杯になったそうです。

診断後、アサコールを処方され入院されました。食事が朝食に添加物だらけの菓子パンに缶詰の果物と豆乳、昼食に山盛りの白ご飯に野菜のおかずが少しでした。母親は身体によくないと思い、せめて朝のパンを添加物の入っていない天然酵母のパンを持参するので変えてほしいと担当医にお願いしたところ、病院の食事に従って下さいの一点張りでより不信感が募りました。食事の固形の脂と植物油は1日40gまで、なるべく穀物からカロリーをとるように言われ、相撲取りじゃあるまいし白飯を毎食2杯、そんな食事を本当に続けないといけないのかと母親は絶望的な気持ちになられました。さらに一生アサコールなどの薬を飲まないといけないことが死刑宣告に感じられました。この日から母親は必死に仕事の後インターネットで毎晩情報を集めました。「潰瘍性大腸炎 漢方」で検索すると当院が出てきました。

退院間際に再度、内視鏡検査をされ、あまり炎症が治まっていませんでしたが自覚症状がひどくなかったため退院することができ、8月下旬に退院後、電車で2時間弱かけて当院を受診されました。

私は母親に子供さんにストレスをかけないようにご自分も反省してくださいと伝え、と同時に、患者さんには必ず治ると言って握手をしました。転勤族でいつ引っ越して環境が変わっても勉強を付いて行けるように勉強を常に無理やりさせていたのは、更に自分よりも子供を賢くさせようと勉強勉強と言い続けることをやめるようにお説教しました。

アサコールを止め、漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤を処方し、お灸のやり方を鍼灸師から説明を受け自宅でもするように指示しました。患者さんは漢方煎じ薬を嫌がらず飲み、学校にも持って行き飲みました。漢方の入浴剤はのぼせるのが嫌で長時間入れませんが、お灸は気持ちいいからか嫌がらずに続けていました。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、漢方の塗り薬2種類。

処方して1週間後、頬がおたふくのように赤く腫れましたが、これをヘルペス性浮腫というのですが熱はなく数日で治りました。症状が出れば患者さんは病気が悪化していると医者に教育されていますから間違った治療を受けていると思いがちですが実は隠れているヘルペスとの戦いが始まったいい兆候なのです。その後、出血は常にあり、便も3回~5回くらい固形状のものが出ていましたが特に問題なく生活されていました。食事はファーストフードなどの油っぽくないものは避け、それ以外のものはなんでも食べてもらいました。

9月に入り、以前に通っていた大学病院で血液検査を行うと、便潜血がマイナスにならないからと言う理由で、白血球除去療法(LCAP)や、パルス療法(薬を服用する期間と服用しない期間を周期的に繰り返す治療法)や、更に患者さんが成長期だからステロイド治療はしないで欲しいと母親は伝えたにもかかわらず非常に強い免疫抑制剤のタクロリムスを勧めてきました。患者さんの母親はタクロリムスは治療に本当に必要なのか担当医に聞くと、潰瘍性大腸炎は何をしても治るわけはないのでと言われ子供である息子も大学病院で治りもしないのに色々苦しい治療をやられるのは強いストレスになると思い、大学病院に行くのをやめ私の漢方免疫療法と抗ヘルペス療法を続けました。

10月、11月は症状が良くなったり悪くなったりの一進一退の状態でした。

12月、急に便の状態が悪くなり、7~8回とトイレの回数が増え、その後リバウンドが始まりました。トイレの後、腹痛が30分程度続き、うずくまり少し下着に便がつくようになりました。その後、1月頃になると少し腹痛が治まりましたが、学校が始まると微熱が出てきました。

2月も体調は悪く、自宅で寝ているだけの日々が続き、卒業前の小学校の修学旅行と卒業式以外は学校を休みました。それ以降、熱も出ず、便も食べたものによるのか固形状かフワフワと様々で、出血も底に溜まるほどではなかったのですが止まることがなく、便に混じったような状態が続きました。

4月、中学生になり、緊張によるストレスのためか学校にいる時は便の回数が減っていました。中学に入ってすぐの旅行にも行けました。しかし、常に症状が良くなったり悪くなったりと一進一退で日常を過ごされました。

秋になると排便後に腹痛でうずくまり、学校に遅刻するようになり、そのまま1日休むことが増えました。午後には患者さんは元気なようでしたが学校には行かず、家で読書したり、夕方には塾に行っていました。

夏になるとアトピーが酷くなり、外に行くと他人から二度見されるくらいに顔の皮が剥け血だらけの酷い状態になりました。潰瘍性大腸炎の原因は化学物質をIgG抗体で戦い同時にヘルペスとの戦いをやっているのですからIgG抗体がアトピーのIgEに変わったので喜んでくださいと伝えました。アトピー性皮膚炎に対して当院で漢方の塗り薬2種類を処方し、痒い時に塗るように指示し毎日痒い所に塗ってもらいました。

暑い時期がすぎるとアトピーの症状が出なくなりました。中学2年生の生活はこのまま家と週2回の塾の生活を過ごしました。

中学3年生になり、急に学校に通えるようになりました。私もそんな状態で高等学校の入学試験に通るのか心配しましたが、学校でも自宅でも体調を崩す事もなくなり、部活も行けるようになり友人と遊べるようにまで回復しました。受験勉強で、あまりストレスをかけないようにし、ヘルペスウイルスを増えすぎないように抗ヘルペス剤を服用し、漢方煎じ薬をのみつづけることによってどんどんよくなり高等学校にも合格しました。完治したので高校在学半ばに私の治療も終了しました。現在は東京の大学で何の問題もなく勉学を楽しく続けています。

症例報告9例目

症例:潰瘍性大腸炎

大学入試で溜まったストレスがなくなり、潰瘍性大腸炎の症状が発症してしまいましたが、約1年かけて治療され完治されました。現在は社会人として活躍されています

患者:当時21歳、男性、学生

2012年3月、患者さんが一浪して超有名国立大学に合格された数日後に下痢を起こしました。しかし、元々お腹が弱く、また生活に支障をきたすようなものではなかったため、すぐに治まると思い放置されました。

下痢が起こってしまったのは、免疫が化学物質とヘルペスウイルスをIgGで殺そうと大腸で戦ったからです。今までの大学入試の勉強によるストレスに対抗するためにまず視床下部から脳下垂体へさらに脳下垂体から副腎皮質から命令が出されステロイドホルモンが過剰放出され続けられる、免疫の機能が抑制されると必ずすべての患者さんに感染しているヘルペスウイルスが増殖します。そして難関国立大学に合格し、ストレスから解放されステロイドホルモンが出す必要がなくなると、ステロイドで抑制されていた免疫が活性化しIgMやIgGを作り出し免疫の働きが上がります。しかし、長い間ステロイドホルモンの影響でAID遺伝子の働きが抑え込まれてIgGやIgMへのクラススイッチができないのみならず IgGやIgMからIgEにもクラススイッチできず、ストレスがなくなるとAID遺伝子の働きが回復すると、herpesのみならず体に入りこんだ化学物質にまでIgGで攻撃を加えてしまい、化学物質とヘルペスウイルスと免疫の戦いが大腸で繰り広げられているために、大腸に炎症が出てきたのです。

2012年5月、腹痛でトイレに行く回数が1日で5~6回に増え、血便が出るようになりました。段々と腹痛もひどくなり、血の量も多くなりました。さらに悪化し、授業中や部活中にトイレに行くことも多くなりましたが、周りの人に心配をかけたくなかったため誰にも相談せず、病院にも受診しませんでした。

徐々に悪化していき、夏休みを明けると遅刻や欠席も多くなり、特に体調が悪い日は1日に10回ほどトイレに行き、便もほとんど血であったこともあり、1日中家で寝ていられました。

2013年4月、大学の診療所で受診し、下痢で腸内細菌が流れてしまったからお腹の調子が悪いという診断され、ビオフェルミンなどの薬をもらい、食事も健康的なものを食べるようにしました。しかし、5日ほど経っても以降に良くならなかったため、自宅近くの診療所を受診すると、そこで初めて潰瘍性大腸炎の疑いと診断されました。詳しい検査を行うため血液検査と便培養と内視鏡検査を行い、次回の診察で結果を聞くことになりましたが、部活へ行く途中で倒れてしまい、大学病院に搬送されてしまいました。

処方:ビオフェルミン。

倒れた原因は貧血によるものでしたが、搬送された超有名国立大学病院で患者さんの症状は、炎症性腸疾患(IBD)により腸管からの出血が激しくなっている可能性があるため検査入院をすることになりました。そして胃と大腸の内視鏡検査を行った結果、大腸が激しく傷ついた全大腸型の潰瘍性大腸炎であり、ヘルペスウイルスの仲間の一つであるサイトメガロウイルスに感染していることがわかりました。やはり超有名国立大学病院ですからヘルペスウイルスが、炎症性腸疾患(IBD)の原因であることを知っていたのだと思うと頼もしい限りですね。その後、ご家族も呼び出され、一生治らない病気だと説明を受けられました。患者さんは当時、一生治らない病気にかかったという実感が湧かず、病院で治療を受ければすぐに復帰できると思っていました。

ペンタサの服用から始まり、絶食をしつつ様子を見ることになりました。一週間後、トイレに行く回数が10回から5回に減り、体調が良くなったため食事を再開しました。ちなみに食事は重湯やゼリーを食べられました。

処方:ペンタサ。

 しかし、食事を初めて次の日にひどく気分が悪くなり、トイレに行く回数も1日20回以上と急激に増え、全く動けなく状態になってしまいました。CRPや白血球の値も異常に高値でした。これはペンタサにより免疫を抑制され症状が良くなったように見えますが、化学物質とヘルペスウイルスとIgGの戦いが一時的に休戦されただけで、ペンタサの効き目が切れた後は増え続けていた化学物質や様々な種類のヘルペスウイルスとIgGの戦いがさらに激しくなり腸の炎症がさらに悪化したのです。

しかし、患者さんが入院していた高名な大学病院の先生は、急に食事を始めて腸が刺激されたと考え、また絶食に戻し薬もペンタサからアサコールに変え様子を見ることになりましたが、変化は見られなかったため、例の血球除去療法を行いました。週2回で全部で10回ほど腎臓内科で行われました。強大な針を刺しながら1時間ほど動けないというのは相当な苦痛です。さらに食事が取れないので心臓の近くまでカテーテルを通して高カロリーな栄養をとる中心静脈栄養(Intravenous Hyperalimentationa、略してIVH)と血球除去療法を行いました。しかし、突然CRPが高値となったため、血球除去療法は2回で中断し、レミケードによる治療を勧められました。

処方:アサコール。

治療:血球除去療法。

 レミケードは、マウス由来のたんぱく質とヒト由来のたんぱく質をバイオテクノロジーによって結合させることにより生成される薬剤であり、炎症サイトカインのTNFαの働きを抑えることで炎症を抑えます。

 TNFαは、潰瘍性大腸炎に限らず、クローン病や関節性リウマチ、乾癬の時にも増加しているので、それらの膠原病の時にも使う治療薬であるそうです。しかし、副作用として、アレルギー反応や結核などの感染症が心配されるので、事前にアレルギー予防のためにステロイドを点滴したり、ツベルクリン反応の検査を行ったりします。

レミケードも一瞬だけ痛みから解放されるだけで薬の効き目が切れると抑制されていた免疫が活性化し、増えすぎたヘルペスウイルスと化学物質を殺そうと再び戦い始めるのでさらにひどい炎症が再び出てきます。そしてまたステロイドや免疫抑制剤を使い免疫を抑えて一瞬炎症が止まり、また炎症をぶり返すを死ぬまで繰り返されるのです。こんな恐ろしいレミケードを世界中で125万人が使い免疫を抑えられ、医者や製薬メーカーにより病気が作られているのです。しかし、患者さんも含めその真実を誰も知らないのが残念でなりません。

患者さんは5月後半に一回目のレミケードの点滴治療を行いました。レミケードの副作用によりアレルギー反応や結核などの感染症が起こるということでステロイドの点滴を事前に投与し、心電図をとりながらレミケードの点滴を2時間かけて行われました。点滴中はレミケードの点滴だけでなく栄養剤の点滴と心電図の管で身動きも取れず辛く苦痛なものです。点滴が終わると免疫が抑制されているので症状が止まり快調に過ごせましたが、次の日にはCRPは下がっていたもののお腹が鳴り、痛みや出血が戻っていました。

6月に入り、もう一度レミケードの点滴をし、治療の効果を確かめるために内視鏡検査を実施されました。検査結果、出血はあり、白く腫れている部分も多くあり、以前よりも悪化しているように患者さんには見えたようです。医者によるとレミケードにより前よりも良くなっていること、白く腫れている部分に関してはクロストリジウムディフィシル(腸内で日和見感染を起こす細菌)による偽膜性腸炎の疑いがあるということでした。また、生検で、サイトメガロウイルス感染はなくなっていることもわかりました。レミケードの治療と並行して、抗ウイルス剤も点滴していたためです。そして、その後の血液検査でも良好であったので、食事を再開することになりました。しかし、いざ食べてみると、トイレに行く回数は増え、気分も悪くなり、2日ほど動けなくなりました。

患者さんは、大学病院で入院しているうちに入院する前よりも悪化している、担当医にどのくらいで治るのか聞いても個人差があると有耶無耶にされ続け、常々不安が積み重なっていました。そしてレミケードの点滴後に食事を再開し症状が悪化したのをきっかけに、以前から当院を知っていたため「このまま病院にいても治らない、松本医院しかない」と思い、苦しみながらも当院がホームページに掲載している論文や手記を読み、入院している病院から外出許可を取った後、両親と患者さんは当院へ受診されました。

患者さんに自分の病気は自分自身の免疫でしか病気を治せない、病気は免疫を落とさない限り自分で必ず治せると言い強い握手をしました。漢方煎じ薬の煎じ方と鍼灸師により鍼灸のやり方を説明し、何かあればすぐ当院へ連絡するように伝えました。

患者さんは帰宅後、大学病院から出された薬は飲まず、当院で処方した漢方煎じ薬を煎じ、と今まで水のような便が固まるようになり、お腹が鳴らなくなりました。

処方:漢方煎じ薬、ベルクスロン(抗ヘルペス剤)、フラジール(抗生物質)。

大学病院で治療を続けるよりも自宅で療養した方がいいと確信し、大学病院の先生と話し合って退院されました。その時大学病院の先生に退院を止められたようですが、漢方は免疫を上げることによって化学物質や細菌やウイルスなどの異物の排出を促し炎症を取り除きますが、現代医学では免疫を抑えて異物の排出を阻害するので、見かけは治ったように見えるが、実は症状が止まっただけで、すぐに免疫は回復して症状が出てくるのでいつまでも病気が治らないのだという私の理論を開陳して関西では最も高名な病院の先生を説き伏せて堂堂と退院したのです。しかも彼はその大学の新入生であったのです。すごく素晴らしい患者さんだと思いません!!!!

6月末に退院し、患者さんの体重が50㎏くらいしかなく、下痢も1日10回は続いていたので、下宿には戻らず、ご実家で療養されていました。2日後、下痢の回数が増え、胃が痛くなって気分が悪くなり始めました。トイレに行くのと食事のためにテーブルに着く以外では動くこともなく、ずっと苦しみ寝込んでいました。これも入院生活で抱え込んでいたストレスから一気に抜けた結果として起こったものなのです。

病院での生活でステロイドホルモンが出て免疫が抑制されていましたが、退院して急にステロイドホルモンが出なくなったのでその反動として免疫が上がり、腹痛と吐き気が同時に起こりました。食べることもできなくなり、漢方も十分に飲めず体重が46㎏まで減少してしまいました。あまりの苦痛でもう一度大学病院に戻ってしまうか、このまま腹痛と吐き気が続くのであればいっそ死んでしまおうかと本気で考えていました。しかし、死ぬに死ねないのでもう少し生きてみようと考え、漢方を飲み始めると吐き気が治まり、食事ができるようになりました。すると腹痛も治まり、今までトイレに行くか食事をするか以外では動けなかったのが、読書をし、体を動かして運動できるようになり、9月初め頃には便の回数も1日10回から5~6回に減り、下痢から便が塊のようなものが出てきました。

9月半ば頃に松本医院に来られ、以前来た時よりも元気になったようでした。改めて必ず治ると言って患者さんと握手をし、大学の下宿先に戻れるのか相談されたので、患者さんは極めて賢いお方なので患者さんが大丈夫だと自分で判断できればら戻ってもいいと伝え、次の日には患者さんは下宿先に戻ったようです。

何度も述べましたが、ヘルペスを増殖させないようにステロイドホルモンを出さないようにするためには、①頑張り過ぎず、あきらめること、②他人のエゴを受け入れること、③自己中心的な欲望を捨てること、④他人の幸せを喜ぶことの4つを行い、自分のステロイドホルモンを出し過ぎないようにすることです。以前の病院で大量のステロイド剤を投与したので完治には時間がかかりますが、悲観的にならず日々を楽しく過ごしていくことが完治に近くづくのです。

下宿に戻って2週間ほどで授業が始まり、復活できたことの喜びと、これからの学校生活への希望が再び湧き上がってきました。初めのうちは普通に授業を受けられていましたが、学校生活で色々なストレスが出てくると、すぐに腹痛が起こり、学校を休んでは登校を繰り返しました。そう、ストレスがherpesを増やし自分で病気を作っているのです。

1ヶ月後、突然身体がかゆくなり、体の各所に蕁麻疹が出てきました。蕁麻疹もアレルギーの一つですからIgGがIgEにクラススイッチして、化学物質を排除しようとアトピー性皮膚炎が出てきたのです。その蕁麻疹は全身に渡って出ているものから身体のごく一部にしか出ないものまで様々でした。便の回数も1日3~4回と減り、腹痛は時々起こるものの普通の生活を送れるようになりました。

患者さんが潰瘍性大腸炎になったのは、一浪して超難関大学の難関学部にどうしても合格したいために頑張りすぎたため、合格するまでのストレスによりステロイドホルモンを大量放出され免疫が抑制されている間にヘルペスウイルスは増殖し続けます。無事大学へ入学できるとストレスがなくなりステロイドホルモンが出なくなると抑制されていた免疫が活性化し増えすぎた化学物質とヘルペスウイルスを殺そうと大腸で戦いが起こることによって大腸に炎症が起こってしまったのです。ステロイドホルモンを出さないようにするためには、①頑張り過ぎず、あきらめること、②自己中心的な欲望を捨てること、③他人の幸せを喜ぶことの3つを心持ち、ステロイドホルモンを出し過ぎないようにすることです。頑張り過ぎない事と周りの人への感謝を忘れずに日々楽しく過ごすことが大切です。

最後に素晴らし後日談を書き添えておきましょう。世界中の医者が絶対死ぬまで治らないと口をそろえていい続ける潰瘍性大腸炎を治してあげた患者さんのお母さんも絶対治らないといわれ続けてきたものすごくひどいアトピーで長い間悩んでおられました。そのお母さんも息子の病気が治っていくのを毎日毎日見て来たので自分のアトピーも絶対に免疫寛容で治ると確信をもって受診されaました。勿論完治させてあげました。アトピーの症例報告で詳しく提示しましょう。

症例報告10例目

症例:潰瘍性大腸炎

治ることはないと思い込んでおられましたが、当院を見つけその考え方が変わりました。

患者:当時35歳、男性

高校時代から血便があり、そのまま放置して2005年に腹痛、下痢、血便、微熱などの症状が強くなり近所の病院へ受診されました。すぐに内視鏡権をし、そのまま入院され、潰瘍性大腸炎と診断され、医者の言われるまま保健所へ特定疾患の申請を行いました。

入院中に潰瘍性大腸炎について色々調べながら、点滴と絶食、サラゾピリンの投与が行われました。しかし薬疹が出たためサラゾピリンからペンタサへ変更し、ステロイドを投与されました。患者さん自身は飲みたくなかったのですが、早く退院したいと思い、飲み続けてしまいました。それから少しずつ症状が減っていき、入院から40日後に退院されました。

治療:点滴、絶食。

処方:サラゾピリン、ペンタサ、ステロイド。

退院後、ステロイドとペンタサを継続して飲み続け、たまに注腸をし、暖解期と活動期を繰り返していたために免疫抑制剤も投与されました。その後一進一退病気の適当に薬を飲んだり飲まなかったりしながら大事に至らずにやり過ごされていました。

結婚して患者さんは2人目の子供が欲しかったため、潰瘍性大腸炎に詳しい医者がいるという病院へ受診し、すぐに免疫抑制剤を止め、約2年かけて少しずつステロイドも減らしていきました。その後、ペンタサのみとなり、通常の生活を過ごせるようになります。しかし、季節の変わり目(特に春)に症状が悪化することが多く、前年は楽に過ごせても次の年は症状がきつくなるを繰り返していました。

処方:ペンタサ。

2017年6月3日、奥さんの知人の紹介で当院のことを知り、ホームページや手記を調べ、すぐに当院へ奥さん同伴で受診されました。当時、下痢、血便、アレルギーの咳などが出て絶不調でした。血液検査と鍼灸を受けていただき、漢方煎じ薬と抗生物質と抗ヘルペス剤を処方し、ペンタサの服用を止めるように指示しました。

処方:漢方煎じ薬(断痢湯、芎帰膠艾湯)、フラジール、ビオフェルミン、アシクロビル1日16錠。

6月10日(初受診から1週間後)、腹痛はあるものの出血がなくなり、トイレの回数も少し減ってきました。しかし、首と頭の痛みが出始めたため、漢方煎じ薬を変え、経過を見ることにしました。

処方:漢方煎じ薬(断痢湯、治打撲一方、神秘湯)、フラジール、ビオフェルミン、アシクロビル1日16錠。

6月24日(2回目の診察から2週間後)以降から7月下旬まで、腹痛、首痛、背中と腰の痛み、腕に少しの湿疹、吐き気、頭痛、立ち眩みがひどく、食欲も低下し疲れやすくなる症状が1ヶ月くらい続きました。お腹の調子は良くなってきたため、下痢の漢方煎じ薬と抗生物質を減らし、抗ヘルペス剤を増やして様子を見てみました。

以下、日付ごとの処方内容を示します。

6月24日  漢方煎じ薬(断痢湯、治打撲一方、神秘湯)、フラジール、ビオフェルミン、アシクロビル1日16錠。

7月8日   漢方煎じ薬(断痢湯、治打撲一方、神秘湯)、フラジール、ビオフェルミン、アシクロビル1日20錠。

7月22日 漢方煎じ薬(治打撲一方)、アシクロビル1日24錠。

8月5日、首痛が少し残り、すぐ眠くなってしまう以外は体調が良く、普通の生活を送れるようになりました。

処方:漢方煎じ薬(治打撲一方)、アシクロビル1日20錠。

8月18日、疲れや眠たくなるのはまだありますが、全体的に体調が楽になりました。

血液検査

実施日2017/62017/72017/82017/9
CRP(㎎/dL)0.340.050.050.05
血沈(㎜/h)201055
好中球(個/μL)3811318024013352
リンパ球
(個/μL)
2827234225712310
総蛋白(g/dL)7.47.67.67.7
総コレステロール(㎎/dL)210217265248
ヘモグロビン
(g/dL)
14.31515.215
血清鉄(μg/dL)861108475
血小板(μg/dL)31.425.724.627.8
HSV(抗体指数)2.1 2.2 
VZV(抗体指数)25.828.22727.1
EBV抗VCA
(抗体指数)
6.87.7  

この患者さんの検査データを上の表にまとめておきましたが、最後に残る敵はherpesなのです。特に、ほとんどの人に感染している帯状疱疹ヘルペスが永遠にあらゆる見えない病気の原因になり続けるのです。

症例報告11例目

症例:潰瘍性大腸炎

16年間西洋医療を続けられ、免疫抑制剤を勧められ、抵抗を感じ松本漢方クリニックを

受診されました。

患者:当時43歳、男性、会社員

1997年、当時大学院2回生だった患者さんは、毎日夜遅くまで研究に励み、心身ともに疲れとストレスが溜まっていたと思われます。そして同年12月頃、下痢によりトイレに行く回数が増え、1998年1月頃には血便が見られるようになり、腹痛も起こすようにトイレに行く回数がますます増えました。トイレに行くも便が少量の場合や血だけ出る場合もありました。症状が日に日にひどくなり15~30分に1回トイレに行くようになり、食欲もなくなってきました。

1998年2月、近所の病院へ行き、潰瘍性大腸炎と診断され、状態が悪かったためそのまま入院となりました。入院中の治療はサラゾピリン1日6錠を服用し、食事は低残滓食(全てのものを微塵切りにしたもの)で美味しいものではないのでますます食欲がなくなり食事をしなくなったため、エレンタール(栄養食飲料)を1日6缶に変えました。しかし、エレンタールも飲まなくなり、食事を全く摂らなくなりましたが修士論文発表と就職があったことと1ヶ月ほどで症状が治まったため退院できました。入院前までは63㎏あった体重が入院中には59㎏、退院後には50㎏まで減少してしまいました。

治療:低残滓食→エレンタール1日6缶。

処方:サラゾピリン1日6錠。

1998年4月、退院後はサラゾピリン1日6錠の服用を続けていました。新人研修の1ヶ月間は症状が安定し、5月から配属先で勤務することになりました。入社後は会社が非常に忙しく、体調を崩したりし少し安定したりを繰り返しました。

2001年11月、転勤となり転院することになるも以前と同じサラゾピリンの服用が続きました。

2005年7月、症状が急激に悪くなり入院することになりました。血便が出て30分に1回トイレに行くようになりました。治療にサラゾピリン1日8錠とプレドニン1日2錠を服用し、2週間で状態が寛解し退院となりました。ステロイドは患者さん希望で減量しながら、服用を止めました。退院後、会社に労働環境を多少変えてもらうも体調が悪くなったり少し安定したりを繰り返しました。

処方:サラゾピリン1日8錠、プレドニン1日2錠。

2008年11月、体調を崩したり少し安定したりを繰り返しているので、かかりつけの医者から白血球除去療法(LCAP)を勧められ、寛解すると思い白血球除去療法(LCAP)を5回1セットで受けました。LCAP療法とは、血液を一度、体の外へ出し白血球を除去するフィルターを用いて炎症にかかわる細胞を取り除き、浄化された血液を体に戻し免疫の活力を弱めて、腸の炎症を抑える療法です。白血球除去療法(LCAP)を受け、一時的に容態は寛解するもののやはり体調を崩したり少し安定したりを繰り返しました。

治療:白血球除去療法(LCAP)5回1セット。

2011年より、サラゾピリンからアサコールに薬を変え、少し状態が良くなりまたがやはり体調を崩したり少し安定したりを繰り返します。状態が悪化した時はペンタサ注腸やリンデロン座薬を処方されました。

処方:アサコール、ペンタサ注腸、リンデロン座薬。

数年後、医者より体調が寛解安定しないので免役調整薬や免疫抑制剤を勧められ、患者さんは免疫を抑えつけて他の病気にかかってしまうかもわからない、おかしいと思い、受診後、奥さんと一緒に色々調べるようになり、当院を見つけられました。患者さんと奥さんは当院のホームページを熟読し、2014年9月、当院を受診されました。遠方のため、来られないときには電話にて診察を行い、患者さんのご自宅にお薬を郵送していました。来院された時は必ず血液検査をし、何かあればすぐに連絡するようにして治療を行いました。

処方:漢方煎じ薬、漢方入浴剤、抗ヘルペス剤。

当院で処方した漢方煎じ薬を奥さんに煎じてもらってから服用し、漢方入浴剤を長く浸かってもらって、血行を良くするためにお灸などをしてもらうように指示しました。食事はファーストフード以外のものであれば何でも食べても良いと説明しましたが、患者さん判断により添加物が入っていない、免疫に良い食材を良く選ぶようにされていました。

1ヶ月ぐらいするとリバンドが出始め下痢が悪化し、1日20回以上トイレに行く日々が1ヶ月ほど続きましたが、食欲もあり体調も良かったようです。1ヶ月ほど経つと相変わらず下痢ではあったものの、次第にトイレに行く回数も減ってきました。CRPの値がだんだん良くなりCRPの値0.2を示すまでになりました。トイレに行く回数も1日に3~5回となり便も軟便になる日もあり快調に向かいました。その後どんどん快方に向かい完治となり治療も終了となりました。

症例報告12例目

症例:潰瘍性大腸炎、クローン病

9年間に渡りステロイドを合計72,000㎎も使用し、完全にステロイドから解放された潰瘍性大腸炎のちにクローン病になった患者さんです。

患者:当時42歳、男性

1999年、当時、患者さんはご両親と共に家業を手伝っていましたが、仕事上の人間関係をうまく築くことが出来ず、将来親の仕事の跡を継いだとしても上手く営んで行けないのではないかと思いつつ、何をすれば良いのかわからないまま気ばかりが焦っていました。そのうち、仕事を終えると車で高速道路で田舎から遠い都会まで出掛けては深夜未明、時には朝方まで遊び回る不規則な生活を繰り返しました。そんな生活を続けていたある日、腹痛と下痢が数ヶ月続くようになりました。日が経つにつれて腹痛も強くなり、トイレの回数も多くなっていき、便器が血で真っ赤になった時に初めて胃腸科のクリニックに受診しました。

内視鏡検査を受け、潰瘍性大腸炎と診断されましたが、当時初めて聞いた病名であったため気軽に考えていたのと、医者からは「あまりこの病気を甘く見てはいけない」と言われたものの難病だと説明を受けていなかったため、患者さんは少し休めばすぐ治ると甘く考えていました。プレドニン1日2錠とサラゾピリン1日6錠を処方され服用していました。もちろん、ステロイドの知識もなかったので処方された薬を飲めば良くなると思い、素直に服用されていました。

しかし、なかなか良くならず、リンデロン座薬(ステロイド座薬)を使い始め少しの間は落ち着きましたが、次第に症状が悪化し、便の状態も水下痢になり出血することも多くなりました。物を食べるとすぐに便意を催し、トイレの回数も1日に10回以上になり、段々通っているクリニックに不信感を持ち始め、別の総合病院に行くことになりました。

処方:プレドニン1日2錠、サラゾピリン1日6錠、リンデロン座薬。

総合病院へ受診すると、即入院することになりました。この時、初めて潰瘍性大腸炎は厚生労働省指定の難病であることを説明されました。内視鏡検査を受けたところ、炎症は腸延滞に広がっており、とても酷い状態でした。入院した日から絶食をしながらステロイドの点滴を受けることになり、その治療が1ヶ月くらい続きました。ステロイドの点滴を使ったために下痢は少しずつ減り、便も固形状のものが出るようになりましたCを止め、プレドニゾロン1日6錠、ペンタサ1日6錠を服用するようになりました。しばらくすると出血も治まり退院されました。

処方:ステロイド点滴→プレドニゾロン5㎎1日6錠、ペンタサ1日6錠。

退院したから初めての診察日に担当医からステロイドは免疫を下げるから早く無くしたいと言われ、この時初めて患者さんはステロイドが免疫を下げる薬だと知り、免疫を下げてどうして病気が治るのか疑問に感じましたが、症状が治まっていたこともあり、難病だから多少のリスクは付き物だと勝手に解釈し、治れば飲まなくてなると思い、あまり気にせず飲んでいました。

しかし、1錠減らすと出血や下痢をしてしまい、1年間はステロイドを5~6錠を繰り返していました。2年目になると再熱をしなくなり、食事だけは気を付けていましたが普通の日常生活を送っていました。2年半でステロイドを4錠しか減らせませんでしたが、患者さんはこのままいけば順調に減らしていけると思っていました。

処方:プレドニゾロン5㎎1日6錠→1日4錠。

しかし、担当医が他の病院へ移動になり、別の医者に診てもらうことになり良くなればステロイドを減らし、悪くなればまたステロイドを増やすことを6年半も繰り返し使い続け、ステロイドの副作用により顔つきも変わってしまうほどステロイドを使ってきました。

患者さんのご自宅がインターネットのできる環境に整った際に、患者さんは潰瘍性大腸炎のことについて調べ始めましたが、もちろん現代医学ではどの治療法でも治すことができないどころか、ステロイドの恐ろしさを知り、何としてもステロイドを減らそうと担当医に相談しますが、強く反対されてしまい、患者さん判断でステロイドの量を体調に合わせて増減し、なんとか3錠まで減らすことができました。

処方:プレドニゾロン5㎎1日4錠→1日6錠→1日3錠。

しばらくすると、担当医から白血球除去療法を勧められましたが患者さんは治療をやっても意味がない事をすでに知っていたので断ると、「まぁ、この治療をやっても治る訳じゃないしね」と言われ、医者に対する失望と憤りを感じました。しかし、他に治療法がないので今まで通りにステロイドを服用し続けていました。積み重なってきたステロイドの副作用により、いつも体がだるく、顔は浮腫み、皮膚や血管も脆くなり、髪や爪なども数えきれないほど副作用が増え、顕著に現れるようになりました。些細なことにもイライラし、昼間はだるくて眠く、夜間になると頭が冴え、朝方まで眠れなくなりました。冬になると必ず風邪をひき、段々気が滅入るようになりました。

ステロイドを使い始めて8年が過ぎた頃、足を滑らせ机に脇辺りを強打した後、痛みが2~3日続いたため病院でレントゲンを撮ってもらうと肋骨に少しヒビが入っていました。ステロイドの副作用に骨粗鬆症があったため、骨密度の検査をしてもらいました。結果は正常値ではありましたが、ギリギリの最低ラインでした。

外出もあまりできなくなり、体はいつもだるく、寝てばかりいました。患者さんは何もやる気がなくなり、何のために生きているのか分からず、このままだとステロイドの副作用で死んでしまうのではないかと思うようになりました。

通院生活が9年目に入ると、日に日にステロイドの効き目も悪くなり、ステロイド以外の治療法が他にないかインターネットで調べ、やっと当院を見つけることができました。当院のホームページにある私の書いた理論を読むと、なぜ潰瘍性大腸炎やクローン病が現代医学では治せないのか、病気の原因まで詳しく書かれており今まで疑問に思っていたことの答えが全て納得でき、強い衝撃を受け当院への受診することに決めました。

2008年6月17日、初めて当院を受診された患者さんの問診票を確認し、私は今まで投与されてきたステロイド量に驚きと怒りを通り越して呆れてしまいました。9年間で72,000㎎(7万2000㎎ですよ!!!プレドニン一錠はたったの5mgですよ!)ものステロイドの量を投与され続ければ副作用で顔も変形し、脳も内臓もぐちゃぐちゃになり萎縮していきます。脱ステロイドをやりきることができるか、果たして病気を自分の免疫で治しきれるかどうかわからないと思うほどに今まで何万人というステロイドを大量に服用してきた患者さんを診てきたにもかかわらずびっくり仰天でした。今までの患者さんの中でステロイドを内服投与された量が世界一の記録の持ち主でした。患者さんには、9年間飲み続けてきた72000㎎のステロイドの量を止めるのはとても大変なことと、リバウンドで死ぬ理由はないのですが命の危機だと感じた場合はすぐ近くの救急病院に行くこと、何かあれば私の携帯電話にすぐ連絡することを正直に伝え、患者さんにも承諾を得ました。

漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤を処方し、血液検査を行い、ステロイドの飲む量を徐々に減らしていくように指示ました。食事はファーストフード以外であれば好きなものを食べても良いことを伝え、最初の診察を終えました。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤。

受診してから次の日、プレドニゾロン5㎎1日4錠からプレドニゾロン5㎎1日3錠に減らし、漢方煎じ薬を1日4回、朝昼晩、寝る前に飲んでもらいました。すると今まで抑制されてきた免疫が働き出し、大量のヘルペスとの戦いが開始され始め38℃の発熱、頭の痺れだし、脳が宙に浮いているような感覚になり、夕方ごろになると寒気が止まらなくなり、夜は眠れなくなりました。しかし、便の回数は減り始め、便も水下痢から塊で出るようになり安定してきました。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、プレドニゾロン5㎎1日4錠→1日3錠。

受診してから3日後、プレドニゾロン5㎎1日3錠から1日2錠に減らし、ペンタサ1日6錠から1日3錠に減らしました。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、プレドニゾロン5㎎1日3錠→1日2錠、ペンタサ1日6錠→1日3錠。

受診してから1週間後、患者さんの血液検査の結果を見てみると、患者さんの年齢ぐらいのリンパ球の正常値は40%ぐらいなのに対し、患者さんのリンパ球の値は2.4%しかなく、改めてステロイドの恐ろしさを知りました。リンパ球の値は2.4%も世界一の最少記録です。こんなに少なくても人間は生きられることも彼は教えてくれました。最高の医者は患者さんであり最高の医学部の教授は患者さんなのです。

2週間後、ペンタサを止め、プレドニゾロン5㎎1日2錠で3週間ほど続けてもらいました。下痢便であったものの、お腹の緩さはなく、便の回数も1日2~4回ぐらいでした。しかし、喉の詰まりが強く、食べ物が急に飲み込めなくなったり、頭がボーっとすることがあり、腕が強烈にだるくなったり、体のいたる所に症状が現れてきました。すると次々に起こる症状に恐怖心が強くなり、患者さんは精神的に不安定になっていきました。あとになって、ただの鼻づまりで息苦しいだけだったそうですが、当時患者さんは精神的に不安定だったので次第に息苦しさが強く感じ、このままでは呼吸困難で死んでしまうと思い、私に連絡してきました。遠方から来ておられた患者さんに家の近くの病院で検査を受けるように言いました。結果、どこにも異常はなく、パニック障害だと告げられたそうです。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、プレドニゾロン5㎎1日2錠。

2008年8月、ステロイドを1日置きに2錠と1.5錠(1錠と1錠の半分の2つ)に減らしました。2度目の来院にて患者さんの症状を確認したところ、また死ぬような危機的な状況にならなことを患者さんに伝え、この世に怖い病気なんかない!全部免疫を抑える薬を投与する医者が病気を作っとるんや!その間違った医者の後始末を私がしているだけと冗談のように言って患者さんを励ましました。

処方;漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、プレドニゾロン5㎎1日置きに2錠と1.5錠(1錠と1錠の半分の2つ)。

9月18日から10月1日はステロイドを1日1.5錠だけにし、10月2日から11月3日はステロイドを1日置きに1錠と1.5錠に服用してもらいました。その間は特に症状に異常がありませんでした。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、プレドニゾロン5㎎1日1.5錠→1日置きに1錠と1.5錠。

11月15日、お腹が緩くなり、1日2~4回の便の回数が1日10回くらいに増え出し、出血するようになったため、ステロイドを1日1錠に戻りました。また、アミノバクト4本、タンパク含量約80%のプロテインを63g、水分補給にポカリスエットを栄養療法として患者さんに指示しました。リバウンドが始まろうとしていました。リバウンドは何回も繰り返されるのです。

栄養療法:アミノバクト 1日4本、タンパク含量約80%のプロテイン63g、水分補給にポカリスエット。アミノバクトは蛋白製剤です。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、プレドニゾロン5㎎1日1錠。

11月23日、ステロイドを1日置きに1錠と0.5錠(1錠の半分)に減らしました。下痢止めの漢方煎じ薬を飲み始めるも下痢は止まらず、便の回数も1日15~20回とさらに増え、毎日続くようになり、1日中トイレに時間を取られて睡眠不足になりました。段々、全身の関節が痛み出し、(この痛みも関節の痛覚神経に感染したヘルペスが原因です)特に肩、肘、手の指、膝、足首の痛みが激しくなり(ヘルペス性リウマチ)、足首から下が強烈に腫れあがり(ヘルペス性浮腫)、足の甲の皮膚が裂けてしまうのではないのか思うぐらい腫れました。次第に、痛みで歩行が困難になり、杖がないと歩けなくなりました。部屋にポータブルトイレを置き、熱も39℃を軽く超え(ヘルペス性発熱)、体重も身長180㎝で46~47㎏にまで激減しました。全身の痛みのため(ヘルペス性リウマチ)、ベッドに横になることもできず、ベッドの上に布団を10枚くらい積み重ねてようやく横になることができましたが、痛みで寝返りを打つことはできませんでした。さらに普通の掛け布団では重くて息苦しくなるため、軽い羽毛布団に変えましたが、当時12月で寒かったのと、異常なほど寒気を感じたため1日中ストーブをたいていました。患者さんは栄養不足にならないように食事だけは必死に食べていました。食事中、何回もトイレに行きながら食べました。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、プレドニゾロン5㎎1日置きに1錠と0.5錠(1錠の半分)。

上記の状態が15日続いたため、一度、血液検査と対面診療をして適切な治療を行いたいので無理を言って遠路から来院していただきました。診察を行ったところ、このままの治療方針で経過観察することにし、「大丈夫や、治らん病気なんかない、ステロイドを抜き始めたから出てきたリバウンドやから心配することはない」を患者さんに伝え励ましました。

栄養療法:アミノバクト1日5本、プロテイン1日12杯、水分補給にポカリスエット。

処方:漢方煎じ薬(腸を整える漢方と下痢止めの漢方)、抗ヘルペス剤、プレドニゾロン5㎎1日置きに1錠と0.5錠(1錠の半分)。

翌日から処方した漢方とエレンタールとアミノバクトをしっかりと飲んでもらい、毎日電話するように指示しました。少しずつ症状が治まっていき、1ヶ月後の2009年1月25日には、下痢便の回数が1日6回くらいになりました。2ヶ月後、熱が37.5~37.3℃に下がり、便も少し固まり出し、1日5~6回と治まってきました。体重は51㎏に戻りましたが、腸に狭窄ができたのかガスが溜まり、腹部膨満感により辛く、便の出が悪くなり、30分~40分かかるようになりました。その後、ステロイドを1日0.5錠(1錠の半分)に減らし、大きなリバウンドが起きず下痢便が1日5~6回でした。

栄養療法:アミノバクト1日5本、プロテイン1日12杯、エレンタールさらに水分補給にポカリスエット。

処方:漢方煎じ薬(腸を整える漢方と下痢止めの漢方)、抗ヘルペス剤、プレドニゾロン5㎎1日置きに1錠と0.5錠(1錠の半分)→プレドニゾロン5mg1日0.5錠(1錠の半分)。

治療を始めて9ヶ月後、ステロイドを1日置きで0.5錠に減らしました。便の回数が多くなり始め、1週間後には1日20回以上の下痢が1週間以上続き、熱も39℃以上まで上がり、睡眠もできない状態になったため、ステロイドを1日置きで0.5錠と0.25錠(1錠の4分の1)に戻しました。リバウンドというのは具体的にはherpesとの戦いを繰り返すということです。

栄養療法:アミノバクト1日5本、プロテイン1日12杯、水分補給にポカリスエット。

処方:漢方煎じ薬(腸を整える漢方と下痢止めの漢方)、抗ヘルペス剤、プレドニゾロン5mg 1日置きで0.5錠→プレドニゾロン5㎎1日置きで0.5錠と0.25錠(1錠の4分の1)。

その後、少しずつ量を減らし、その都度リバウンド症状に耐え(herpesとの戦いに耐え)、治療を始めて1年5ヶ月が経った2009年11月7日、ようやく完全にステロイドを止めることができました。関節の痛み(ヘルペス性リウマチ)が完全になくなりました。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤

2010年~2015年の6年間、ステロイドを減量していた時のような激しいリバウンドは起こりませんでしたが、リバウンドを何度も繰り返しました。体力的にも精神的にも疲れてしまい、諦めかけたこともあったようですが、そのたびに家族に励まされ私が潰瘍性大腸炎は自分の免疫で必ず完治させることが可能であるからと励まし何とか乗り越えてきました。初めの4年間は特につらい日々が続き、外出がほとんどできませんでした。食後は必ずお腹が緩くなり便意を催すと我慢ができず、良く漏らしていました。また、1回の排便に1時間~1時間半がかかり、最初の方はすぐに出ますがその後はマッサージをしないと出なくなりました。下痢が酷くなるほどトイレにいる時間が長くなり、2時間~3時間は当たり前で、酷いときは5時間くらいトイレに居たこともありました。それでも出切らないので1日中残便感に悩まされていました。トイレを済ませると疲労困憊し横になっていたため、便の回数が減っても生活はあまり変わりませんでした。

2014年10月頃、少し便意を我慢できるようになりましたが、排便時間と残便感は良くなりませんでした。しかし便の回数が1日3~4回ほどになり、体力的には少し楽になり始めました。

2016年1月頃、便の回数は2~3回ほどで落ち着き、便の状態は軟便、下痢便で排便時間もあまりよくなっておらず、残便感もまだありました。腸のどこかで出血しているため貧血であり、腸に狭窄がある可能があり腹部膨満感がありますが抗生物質のフラジールを服用すると落ち着きます。血沈やCRPは正常値の範囲内ですが、リンパ球が19%と低値です。しかし初診のリンパ球の値は2.5%を思い起こすと免疫がいかに回復したかがお分かりになるでしょう。帯状疱疹ヘルペスや鼻水やアトピー性皮膚炎などのアレルギー症状が出ていました。患者さんの免疫が正常かどうか白血球の一つであるリンパ球の数(%)を見ればすぐにわかります。

処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、フラジール、フェルムカプセル(鉄剤)、メチコバール(鉄の吸収を高める)。

しかし、2015年12月頃の冬の寒い時期になり出すと下半身の冷えが気になり、特に足先の冷えが酷くなり、足の指、足の甲、足の裏の感覚が鈍かったり、敏感になったり、違和感が出てくるようになりました。地面に足をつけた時、足の裏が分厚くなったような感覚になり、足の指が曲げづらくなりました。しかし患者さんは季節の寒さにより血流が悪くなって起こったもので暖かくなれば良くなるだろうと思い、私に患者さんの足の症状について相談されたのは2015年4月になってしまいました。診察した結果、ヘルペスウイルスである単純ヘルペスも帯状疱疹herpesもさらにEBウイルス(エプシュタイン・バール・ウイルス、略してEBV)の抗体価がすべて高値であったので患者さんの免疫が上がりあちこちの組織で激しい戦いが進行していたのでとりあえず、アシクロビル量を増やし漢方煎じ薬は免疫を高めて症状を強くするので漢方煎じ薬は飲まず経過を見ることにしました。

この時の血液検査でCRPと血沈が正常値であり、貧血も快調したことで炎症の漢方煎じ薬とフェルムカプセル(鉄剤)を止め、下痢止めの漢方煎じ薬だけにしました。しかし、再びリンパ球は19%から14%に低下していました。患者さんによると残便感により精神的に不安定になっていたため、ストレスに対抗しようと副腎皮質からステロイドホルモンを患者さん自身が放出し免疫を抑制していたからでした。

処方:漢方煎じ薬(下痢止め)、抗ヘルペス剤。

2016年10月、当院で対面診療を行い、ヘルペスの漢方だけ服用し経過を見てみることにしました。血液検査でCRPと血沈ともに正常値、度々繰り返していた貧血も正常値でした。リンパ球は14%から18.6%と少し上昇しました。しかし、単純ヘルペス抗体価(HSV)は83.1、EBウイルス抗体価(EBV)は9.7と高値でした。腸の状態は、1日の便の回数は2~3回ですが、ほぼ2回に治まってきました。便の状態は、基本軟便ですが下痢便、固形便も出るようになりました。残便感はまだ残っていますが排便時間が少しずつ短くなってきました。また、便をした後にお腹が緩くなる感覚、腸管が引っ張られるような違和感が出ますがガスが出ると治ります。ガスが溜まると腸管を圧迫するのか便意を感じますがガスが出ると治ります。足の状態は変わりなく違和感が残っています。また酷い症状ではありませんが耳鳴が1日中するようになりました。耳鳴りの原因もherpesです。ちなみにメニエールの原因もherpesです。

処方:漢方煎じ薬。

2017年2月頃、ヘルペスの漢方とアシクロビル1日8錠に変えました。腸の神経細胞に感染しているヘルペスウイルスの増殖が抑えられ排便時間が徐々に短くなりました。

2017年7月、排便時間が徐々に快調に向かっており、残便感も少しずつ良くなってきていました。1日の便の回数は2~3回、まだ軟便や下痢気味な時もあり、ガスも溜まりますが抗生物質のフラジールで改善していました。足の違和感と耳鳴による身体の倦怠感の症状は変化が見られませんでした。鼻づまりがよく起こるようになりました。とうとう化学物質の戦いがIgGからIgEに変わり始めたのです。潰瘍性大腸炎の症状はほとんど出なく最後まで抗ヘルペスに効果のある漢方の煎剤と抗ヘルペス剤だけ投与し最後は治療終了となりました。

ここに極めて詳しく詳しく説明したコメント付きの「潰瘍性大腸炎、クローン病完治の症例集(コメントあり)」も載せておきますので難しいですが是非是非読んでください!

-アトピー性皮膚炎, 潰瘍性大腸炎・クローン病, 症例報告, 関節リウマチ
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