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関節リウマチ完治の症例集Part2更新2021.11.26

投稿日:2021年11月19日 更新日:

症例報告14例目

病名:関節リウマチ、外反母趾、ヘルペス性紅斑、五十肩、流産(2回)、胃のむかつき、吐き気、頭痛、アトピー、倦怠感、神経痛、ヘルペス性黒皮症 

自分自身の免疫を上げて病気を治すことが標準治療でないことに嘆いている方です。

患者:当時41歳、女性

2010年1月頃、突然、右足の小指付け根に激痛が襲い、その後も左足首の痛みや両手のこわばりが続いて起こりました。また外反母趾が急激に進み、足指の付け根が真っ赤に腫れ、靴が履けなくなるほどの痛みが出てきました。そして、左肩が激痛で動かせなくなり、近くの整形外科を受診されたのですが、五十肩と診断されました。近親者にリウマチ罹患者がいたため、患者さん自身もリウマチかと思い受診されたのですが、五十肩と診断されてしまい、当時1歳半の息子さんを日常的に抱っこやおんぶをしていたためにあちこちに疲れが出てきたからなのかと無理矢理納得されてしまったのです。それらの症状はリウマチの症状の兆候だったのです。

そして半年後、足指の痛みが引かず別の整形外科を受診され、症状と血液検査の結果からリウマチと診断されました。その頃には炎症が落ち着き、変形が始まっていました。しかし、関節リウマチの治療を始めると抗リウマチ薬やステロイド剤などの強い薬で症状を抑え込むため、重症化する前に2人目の子供が欲しかった患者さんは治療を先延ばしにされました。

2011年9月、左手首に痛みが出てきました。物を持つこともズボンの脱ぎ履きもできないほどの痛みだったそうで、久しぶりに受けた検査でもMMP-3が63から165に跳ね上がっていました。翌年5月にようやく授かった子供を流産してしまいました。これまで2度の流産を経験されていたため、精神的にも肉体的にも限界を感じ、せめて幼い息子さんのためにも車椅子や寝たきりの生活にならないように思いリウマチの治療を始められました。

2012年6月、息子さんの幼稚園入園を機にリウマトレックスによる治療を開始されたとのことです。1度目のリウマトレックスの服用でMMP-3が120台まで下がり、薬の効果の強さに驚かれました。しかしそれ以降は一向にMMP-3の数値が下がらず、変わらず鈍い痛みが残り、受診毎にリウマトレックスを2錠ずつ増やされたそうです。しかしMMP-3の数値が思ったように下がらないどころか、胃のむかつきや吐き気を起こすようになり食事量が徐々に減っていき、体重が激減し、さらに体調を崩しやすくなってしまいました。

前医での処方:リウマトレックス。

リウマトレックスはメトトレキサートとも言い、葉酸を活性型葉酸にする酵素の働きを阻止することにより、核酸合成を阻止し、細胞増殖を抑制するので抗悪性腫瘍薬(抗がん剤)、抗リウマチ薬、妊娠中絶薬などとして使用される怖い薬です。葉酸代謝拮抗機序をもち免疫抑制剤に分類される薬剤であります。免疫グロブリン産出抑制、抗体産出抑制、リンパ球増殖抑制などにより免疫を抑制します。また、滑膜組織や軟骨組織の破壊に関係するコラゲナーゼの産出を抑制します。

治療を始めてから10ヶ月が経つと生物学的製剤であるエタネルセプトを勧められたそうです。リウマトレックスと併用して最低2年間は続けること、個人差があるので何とも言えないが症状が改善されれば減薬できること、副作用についてのパンフレットを熟読すること、と説明を受けられたとのことです。以前、2人目の流産の際に3度も病院をたらい回しにされたことと、高額な薬を勧められたため、患者さん自身の免疫で病気を治せないかインターネットで暗中模索してようやく「リウマチ完治」というブログから当院にたどり着いたのでした。治らないと言われたリウマチが治るのだという衝撃と、患者さんの手記を眼のあたりにされ、患者さんも自身の病気を治したい一心で、当院を見つけた翌日にすぐ受診されたとのことです。

商品名であるエンブレムは一般名はエタネルセプトで生物学的製剤と呼ばれる高価な薬です。炎症が発生するためには、炎症を引き起こすためのシグナルが必要になります。ヘルペスとの戦いで生ずるシグナルとしてTNF(TNF-αやLT-α)があり炎症に関わるTNFの作用を抑える薬です。関節リウマチなどの炎症性疾患を間違って治療できます。エタネルセプトは血液中を漂うTNFに対するレセプター(受容体)であり、血液中に存在するTNFと結合する働きがあります。つまり、おとりレセプターとして作用します。炎症を引き起こすTNFがエタネルセプトによって捕捉されるため、炎症反応を止めることができます。

また、TNFを作り出す細胞が存在しますが、エタネルセプトは「TNFを作り出す細胞」に対しても抑制できるので猶更怖い薬です。38億年かかって進化した遺伝子の働きまで変えていい薬だと言い張り治せる病気を治せないようにして喜んでいるおぞましい姿にへきえきしている毎日です。命を守る免疫細胞の遺伝子の作用は病気から命を守るために100%正しいので遺伝子の命令に従えば遺伝子が治してくれるのにその遺伝子まで変えてしまう医療ひとつがエタネルセプトです。1000%正しい免疫の遺伝子の働きを抑制して大衆を喜ばせる麻薬同然の薬を投与して悦に入っている医薬業界の人たちの生きがいは何でしょうか?

2013年4月に当院での治療を開始されました。最初は私の迫力に圧倒されたそうですが、最後に「絶対に治るから!!!」と言って握手をすると患者さんは思わず涙を流しました。リウマチに良い漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤のアシクロビル錠を処方し、帰宅される前に鍼灸師から鍼灸治療を受けてもらい自宅でのお灸のやり方を教えてもらうように指示しました。アシクロビルについてはここを読んでください。

初めの頃は起き上がれないほど体が重く、頭痛と赤黒く腫脹し痛みが走る足のリバウンドに悩まされましたが、絶対に治ると確信していたため何とか頑張れたと言われました。季節や天候や日々の生活でのストレスにより、常に痛みがあるものの激痛と寛解の状態が半年ごとにやってきておりました。頭痛と赤黒く腫脹し痛みが走るのもすべてherpesが原因です。

2014年9月、MMP-3が2桁まで下がると同時に赤い発疹が体全体に出てきました。翌日には痒みが引き、それ以上酷くなることはありませんでした。患者さんの場合はヘルペスによる頭痛や倦怠感や神経の痛みの方が強く現れたのです。クラススイッチが起きてリウマチからアトピーの症状に切り替わったのです。患者さんの今回の症状はヘルペスとの戦いによる頭痛や倦怠感や神経の痛みの方が強く現れたのです。かゆみが起きたのは抗体のクラススイッチが起きてリウマチからアトピーの症状に切り替わったのです。化学物質と戦うときにIgEで戦うとアレルギーとなり抗体がクラススウィッチしてIgGになって戦うと膠原病であるリウマチになるのです。免疫を抑制するとIgEにクラススウィッチできないのみならず免疫が抑制されている間、ヘルペスが増えているのでリウマチになると増えたヘルペスとも戦わざるを得ないのです。従ってリウマチはその結果、化学物質とherpesとの両者との戦いとなることを世界中の医学者は誰も知らないのです。

このリバウンドによる痛みや症状は自分の免疫が正常に働いている証拠だと頭の中で理解していても、いつまでこの痛みは続くのか、先の見えないトンネルから早く抜け出したいと不安で一杯だったそうですが、当院に通院して病気の本質や免疫の素晴らしさを学ぶことができたと喜んでおられました。どれだけリバウンドが起こり強いか続くかなどはどれだけsteroidが自分の免疫を抑えたかで決まりますが神のみが知りうるという領域のテーマです。

今ではリウマチもアトピーの症状も完治され、息子さんの喘息やアトピーも当院で治療して免疫を抑える薬を一切使わず普通の生活を送れています。

以下は血液検査の結果です。

以下の表は経時的にCRP、血沈、MMP-3、リンパ球VZVの6項目を治療中のリバウンドを経てリウマチが治る検査値の変化を表示しました。それぞれの項目の数値が上がり下がりしながらよくなっていくのをじっくり見ながら楽しんでください。

実施日2013/42013/52013/72013/82013/92013/102013/11
CRP0.11 0.40.470.550.660.36
血沈21302220352517
MMP-3102.5112.1114.8136.2129.7120.8142.2
リンパ球21.6 22.521.523.120.718.6
VZV18.6      
実施日2013/122014/12014/22014/32014/72014/92014/11
CRP0.30.240.350.580.250.440.27
血沈16201823142015
MMP-3108.1120.2102.1145.9153  
リンパ球20.1 23.2 23.621.222.1
VZV    22  
実施日2014/122015/12015/22015/42015/102015/112016/1
CRP0.240.30.120.540.10.280.08
血沈23201415102011
MMP-3122.7  135.67396.474.3
リンパ球25.232.924.723.331.62723
VZV15.9  17.938.7 21.9

症例報告15例目

病名:関節リウマチ、アトピー性皮膚炎 ヘルペス性紅斑 口唇ヘルペス ヘルペス性鼻粘膜炎 更年期障害 

病気により今まで普通にできていたことができなくなっていたことが当院で治療して心境の変化と体調に気を使うことになった方です。

患者:当時61歳、女性

2009年1月頃、起床すると両手がむくみ、両手のこわばりと第二関節に僅かな痛みですぐには手が握れない状態が毎日続きました。近所の病院で受診すると、リウマチの疑いがあるということで大学病院の膠原病科を紹介されすぐに受診されました。膠原病科は自己免疫疾患科、リウマチ科と同じです。しかし、担当医から血液検査の結果ではまだリウマチを確定する数値になっていないので、体質を改善する薬を処方するから1ヶ月後にまた来院するように指示され、リウマトレックス(月曜日と水曜日と金曜日に1錠ずつ)を服用されていたとのことです。リウマチを確定する数値自体なぜならば自己免疫疾患という病気は医者が捏造した病気であるからです。存在しない病気を確定できるわけはないからです。さらに体質を改善する薬はこの世に存在しません。何故ならば体質は遺伝子で決められているからです。

しかし、言われた通り1ヶ月服用するも変化が全く現れず、手はむくんだままだったそうです。また1ヶ月様子を見ると担当医に言われ、指示通りにさらに1ヶ月リウマトレックスを飲み続けました。しかし、全く変化が見られず、今度は1回に飲む薬の量を増やされてしまいました。ですが、良くなるどころか体調が悪化され、体に倦怠感を覚えるようなりました。それでも、担当医にもう1ヶ月様子を見ると言われ続け、このまま治療を続けてもいいのか真剣に考え直しました。

前医での処方:リウマトレックス。

そんな時に、リウマチ罹患者のご友人から当院での治療を勧められました。標準治療では症状が悪化しどんどん薬が強いものになること、またその薬の副作用で顔がパンパンに腫れあがり体がだるくて仕方なく、歩くのがとても困難になるなど、ご友人の現状を色々聞かせてくれたそうです。当時のご友人は指が曲がり、肘も人工関節の手術を別の病院で勧められていました。ご友人の体の状態を見て、話を聞いて、さらに西洋医学の薬の恐ろしさを痛感されたとのことです。

標準治療とは,何でしょうか?多くの臨床試験の結果をもとに専門家が集まって検討を行い,専門家の間で最善であるとコンセンサス(合意)の得られている治療法のことをいいます。しかし残念ながら真実の医療つまり病気を治せる医療ではないのです。真実の医療は専門家の合意で決まるものではないのです。標準治療は専門家にとって一番都合の良い医療であって患者さんにとって一番良い医療ではないのです。

2009年5月、両手のこわばりと右足指付け根に若干の痛みがありながら、当院を受診されました。患者さんは当初、私が聴診器も当てずまた体も診ないことに不思議に思われていたそうです。しかし、患者さんが受診を重ねていって、患者さんの話を聞きながら患者さんの目をのぞき込んで目の勢いや輝き度合いを見たり、私が必ず診察の最後に患者さんと手を握り、患者さんの握り返す手の力量で様々な症状を的確に把握しているのだと思ったそうです。その通りです。聴診したり触診したり脈診したりする必要がなくったのは現代の病気の原因は化学物質とヘルペスしかないからです。診察に際して必要な情報は過去から現在までのさらに今の今の心のストレスの度合いを私自身の心で患者さん自身の心の電磁波を私の心で受け取れば患者さんの心の在り方をすべてを感じ取れるからです。それに伴うように、大量の漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤を飲むことで今まで抑制されてきた免疫の働きを活性化させ、いずれIgG抗体からIgE抗体へクラススイッチさせてリウマチの症状からアトピーの症状に切り替えさせ免疫寛容を起こすという私の説明の通りに患者さんの症状に反応が起こっていたからです。ある日、風邪を引いてしまった時、いつも痛かった膝の痛みが消えて歩くのが苦にならなかったことがありました。

人間の免疫の能力も才能の一つで量や質が決まっています。免疫の能力というのは病原体を誰より早く見つけ出してを早く殺せる能力と言えます。病原体でない化学物質である異物の場合は一早く見出していち早く免役寛容を起こせる能力です。

風邪のウイルスが侵入すると量が決まっている免疫蛋白はリウマチの戦いに動員されるよりも新しい敵である急性の風邪のウイルスに向かうのでリウマチの痛みは一次的には減るのですがなおると慢性的な風邪のウイルスとの戦いに向けられます。風邪が治るとまた慢性的なリウマチの戦いの方へ戻るのです。

そして風邪が治るとまた膝の痛みが出てきました。しかし、患者さん曰く、この事で自分自身の免疫の大切さに目覚めたとのことです。

当院での処方:漢方煎じ薬、漢方風呂、抗ヘルペス剤。

治療:診察後に鍼灸師に施術を受け、自宅でのお灸のやり方を聞いてもらいました。

6月頃、左手の痛みがほとんど消えましたがまだこわばりがありました。

順調に快復されていき、2010年6月頃、ついに首回りと右手甲にアトピーが起こりました。7月頃にはアトピーが増殖し、顔の左頬に100円大の赤みが出てきました。風邪のため、鼻のかみすぎかと思ったら、鼻の中にアトピーが発生して鼻がパンパンに腫れていたそうです。皮膚にも粘膜にも細胞がありますから100円大の赤みも鼻がパンパンに腫れたのもそれぞれの細胞に感染したヘルペスのなせる業です。皮膚にも粘膜にも細胞がありますから100円大の赤みも鼻がパンパンに腫れたのもそれぞれの細胞に感染したヘルペスのなせる業です。

8月頃、首回りのアトピーが一気に治まっていかれました。しかし、それは患者さんがプラセンタが免疫を高められるとどこかで間違った説明を聞き、飲み始めたからでした。その事実を知ったのは4ヶ月経ったあとでした。

プラセンタとはなんでしょうか?プラセンタエキス胎盤抽出物胎盤漿は、胎盤から抽出した成分で胎盤に含まれている主要な性ホルモンである女性ホルモン(エストロゲン)であるエストラジオールや黄体ホルモンであるプロゲステロンと男性ホルモンであるテストステロンが含まれているので日本の処方箋医薬品としての注射剤の商品には更年期障害や乳汁分泌障害の適応があるメルスモンと、肝機能の改善のラエンネックがあり、プラセンタ製品最古の栄養剤ビタエックスなど、経口の一般医薬品や健康食品も流通しています。化粧品では日本の医薬部外品美白有効成分として使われています。しかし気を付けなければならないのはプラセンタに含まれている黄体ホルモンであるプロゲステロンは代謝されるとステロイドのコルチコステロンになるので免疫を抑制してしまい知らぬ間にherpesが増えるので長く使いすぎると自己免疫疾患になります。女性はプラセンタには気を付けましょうね。

10月、肛門に痒みが生じ、口唇ヘルペスが出てきました。

2011年1月、首後ろが赤くなり痒みが生じました。

2月頃、治療を始めて結構日が経つにも関わらず、血液検査の数値がまったく変化しないことに疑問を感じ、患者さんに当院で処方した薬以外で何か飲んでいないか指摘すると、プラセンタを飲んでいることが判明し即刻中止させました。すでに書いたようにプラセンタは女性ホルモンの一つである黄体ホルモンであり代謝されるとステロイドホルモンであるコルチコステロンになり免役を抑えることを世界中の医者は知りません。国家の標準医療を決定できる最高権力を持っている少数のトップの医学者はもちろん知っているのですがなぜか不思議なことに言えません。

9月、両手のこわばりと腫れが消えましたがときどきむくみました。首の後ろのアトピーは変わらず痒いままです。

2012年3月、ようやく首後ろのアトピーが治りましたが、10月頃にまたリバウンドが生じ、左膝に腫れと痛みが起こり、1週間後には正座ができなくなり、2週間後には足を引き摺りながら歩くようになりました。プラセンタをやめた後のリバウンドです。血流の流れを良くするために週に1回に鍼灸を受けてもらい、自宅でも毎日患者さんが苦手なお灸を膝にしてもらうように指導しました。手が時々むくむため、そのたびに指にもお灸をしてもらいました。

2013年2月、右膝にも痛みと腫れが起こり1年近く症状が続きました。階段が辛く、このまま歩けなくなったらと不安になることもあったそうです。

2014年2月、左膝の変化は見られませんでしたが、右膝の痛みが消え、腫れも引いてきました。4年前から続いている唇のヘルペスはまだ続いていましたが、肛門の痒みが治まりました。

2015年1月、首横、耳後ろ、唇周りにまでアトピーが広がり、痒みが酷くなり、さらに4月に入るとさらにアトピーの痒みが悪化しました。7月頃にようやくアトピーが治まりましたが、12月頃にまた首回りと首後ろにアトピーが起こりました。

2月、左膝の調子が良くなり、腫れと痛みが少し引いていかれました。しかし6月頃にまた両手がむくんでしまいました。

2016年1月、左膝の調子が良くなり、スローランができるようになり日に日に距離が延びていきました。そして2月頃に正座ができるようになり、徐々に正座の時間が伸びていきました。

私に貴方が病気になるのはストレスが最も大きな原因であると言われた患者さんは、昇格して仕事内容がより高度になり慣れない業務と過度の緊張で毎日気持ちが張り詰めていたのでストレスが大きかったと患者さんは言いました。そして毎月正常にあった生理がピタリと止まり、更年期障害が起こり突然噴き出す汗や動悸と戦いながら過ごした半年後に手のこわばりが出始めたとのことです。更年期障害という言葉は例のごとく医者が作った医者にはに都合がよい病名です。というのは生理の終わりをつたえてくれる更年期はすべての女性が一生に一度はどんな女性も経験せざるを得ない極めて自然な事象であって障害ではないのです。ちょうど出産の痛みを出産障害というでしょうか?先ほど述べたように黄体ホルモンも作られなくなるので免役のリバウンドが出てherpesとの戦いが強くなると自己免疫疾患になる人がたくさん生まれます。更年期障害のすべての症状はherpesが原因なのです。ここを読んで下さい。またの手のこわばりが起きた後も勤務地の異動や新任地での人間関係や仕事環境に慣れようと必死で患者さん自身の体のことを考える余裕がなかったとのことです。

しかし、突然仕事に対して集中力がなくなり考えもまとまらなくなり、更年期障害になってしまいました。このままにしてはリウマチがますます悪化し、心も潰れてしまうと改め、仕事にかける時間を見直し、与えられた業務を無理のないように調整されました。上司や周りの人に助けを求めるようにし、焦って頑張ってもできないものは仕方ないと切り替えたら心が軽くなったと言っておられました。

本部勤務に異動になり、当直回数が減ったこと(定年退職でラスト1年は当直も外してもらえた)や仕事の進め方を考え直したことで、随分ストレスが軽減されたそうです。そして定年退職を迎え、一切の責務から解放されたことで心が本当に嘘のように軽くなったことで、仕事をしながらストレスを失くすというのは本当に難しいことだと再確認したとのことです。仕事を辞めても家庭内での些細なストレスはありますが、足や手の腫れ具合が予想できるので出来るだけストレスを感じないように息抜きをしながら、ウォーキングや食事に気を付けながら生活をされています。


現在は左膝に若干の腫れが残っているものの、日常生活に支障は全くなく、長時間足を伸ばした状態で膝を曲げる時に膝が固まってスムーズにすぐに歩けないが、2012年のリバウンドの頃のように足を引きずって歩いていません。屈伸運動もできるようになり立ち上がりも支えなしで出来、階段も手すりを持たずに普通に上り下りできます。歩くスピードも周囲の人と何ら変わらず、歩き方も正常でヒールを履いて歩けるようになられました。両耳の裏側と口回りと目の下の両頬と鼻とおでこにアトピーが発生されていましたがすべて完治されました。

上表は赤字がCRPで青はMMP-3の継時的な変化を表しています。リバウンドを乗り越えていくと両社ともよくなっていくのが一目瞭然でしょう。下の写真の紅斑はすべてherpes性紅斑です。

症例報告16例目

病名:関節リウマチ、アトピー性皮膚炎、口内炎、倦怠感、herpes性皮膚炎(ひりひり感)

リウマチ治療で抗がん剤の一種のメトトレキサートという抗がん剤服用に疑問を抱き、当院を受診された方です。

患者:当時47歳、女性

2005年、右足小指に痛みを覚えました。朝起きて階段を降りる時に痛みで一段ずつ慎重に降りなければなりませんでしたが、それ以外の痛みはなく仕事にも影響がなかったため、会社帰りに整骨院に通って痛みも治まったとのことでそのままにしておりました。

しかし2012年10月、今度は右足中指に痛みを感じ、以前の右足小指の痛みのことも考えて念のため整形外科を受診されると担当医に関節リウマチと診断されたそうです。リウマチの指標は低値で痛みも右足の中指だけでしたが、10年前に右足小指に骨のびらんの形跡があったためリウマチと診断されたそうです。しかし数値が低かったため、専門の大学病院で判断してもらう方がいいと言われ、翌年の2月に大学病院に受診されました。

骨びらんとは何でしょうか?関節リウマチ(RA)でみられる骨びらんとは、X線検査によって見られる骨皮質の虫食いのような不連続像のことを言います。慢性関節リウマチの場合は、発症初期からこの骨びらんが、手指、手関節、足趾関節に見られます。これは、炎症が引き起こされて関節 の 滑膜 細胞が増殖して形成されたパンヌスという組織が生じ、関節軟骨や関節を包む滑膜や軟骨に覆われていない骨を破壊することで骨びらんが見られます。

大学病院で整形外科のデータとレントゲン写真と大学病院で新たに取られた血液検査の数値を照らし合わせた結果、ギリギリだったそうですが関節リウマチと診断されました。進行を遅らせる抗がん剤の一種のメトトレキサートを週に1回服用されました。しかし患者さんは、リウマチに根本的な治療法がないという事に納得されておらず、ましてや診断の指標スレスレでリウマチと診断されたのに抗がん剤を飲まないといけないことに疑問を感じておられました。しかし、医者から現在の医療ではこれが第一選択薬だと言われるとその治療方針に従うしかありませんでした。

抗がん剤の副作用の説明を受けてますます不信感が募らせましたが、この治療しかないので無理矢理恐る恐る飲まれておりました。初めのうちは気付かなかったのですが、いつの間にか薬を飲んだ翌日は必ず昼寝を何時間もするようになり、昼寝をしないと体がだるく、また胸か胸骨の痛みや口内炎まで出てきました。口内炎が出てきたら薬を止めなければならなかったのですが、医者から副作用を抑えるフォリアミンを処方され誤魔化しながら飲み続けておられました。しかし、ある日医者から「この薬が合わなければもっと強い薬があるのでそちらを検討してもいいから」と言われ、患者さんはこのまま進行を抑えるだけの治療をしても治らないばかりか逆に副作用で身体を壊すと思いました。自分の体は自分で守ろうと何か他に治療がないかと、もともと興味があった漢方治療を中心にインターネットで色々調べ、やっと当院に辿り着きました。

前医での処方:メトトレキサート、フォリアミン。

フォリアミンとは葉酸でありビタミンB9であり、ビタミンB12と共に赤血球の合成、アミノ酸やタンパク質の合成に作用し細胞の生成を助けることから胎児の成長に必要で特に妊婦は十分な量の葉酸摂取が必要となります。なぜフォリアミン(葉酸)を使うのかというと関節リウマチにおける薬物療法がんに対する化学療法などにおいて副作用として葉酸が減るので減った葉酸を補充するための補充療法薬として使用 します。補充療法は. 体に不足しているものを補う治療を補充療法と言います。副作用とは、医薬品を指示どおりに使用したにもかかわらず、患者に生じた好ましくない症状のことを指します。 人により副作用の発生傾向は異なります。記載されている副作用が必ず発生するものではありません。 また、全ての副作用が明らかになっているわけではありません。

前医での処方から丸2年が過ぎていた2015年3月初め、当院を来院されて入口に入ってすぐの漢方の匂いや私のパワフルな声に驚かされつつも、すでに当院のホームページや私の論文を読んで「自分の免疫で病気を治す」ということについては理解されていたとのことで、今まで服用されていた薬は一切止めて、大量の2種類の漢方煎じ薬とお灸のもぐさと赤い漢方塗り薬と漢方風呂と抗ヘルペス剤を抱えて帰宅されました。受診後に鍼灸を受けてもらったのですが、帰りの電車の中で何とも言えない倦怠感と眠気に襲われながら無事に帰られました。受診された夜から漢方煎じ薬を飲み始め、毎晩煮だして食前と食後に飲まれ、お灸は朝にしてから出勤されておりました。患者さんの場合、痛みを感じていたのが右足指先だけでしたのでお灸をする箇所が非常に少なく、両手両足をしても20分ぐらいで終わることができました。

当院での処方:2種類の漢方煎じ薬、お灸、赤い漢方塗り薬、漢方風呂、抗ヘルペス剤。

治療:鍼灸

1週間後、右足の痛みはお灸をすると治まりますが、仕事中に時折背中にだるさを感じるようになり、軟便ぎみになられました。早速、リバウンドが現れたのです。軟便ぎみになられたのは漢方はセルロースという消化されない繊維成分が多いので便通をよくするからです。

2週間後、会社帰りのバスの中でお酒に酔ったように頭がフワーッとなることが起こりました。夜寝る時も熱でくらっとしたような軽い眩暈に襲われとのことです。寒さの為か左足指の関節が痛み出し、顔を無意識に掻くようになりました。頭がフワーッとなったりする眩暈(めまい)の種類を大きく分けると、ふわふわするタイプの“浮動性めまいと”ぐるぐる回るように感じる“回転性めまい”の、2つがあります。回転性めまいは耳の病気で起こることが多く、浮動性めまいは脳血管障害、低血圧や貧血などで見られます。このかんじゃさんの症状はいずれもホッとする休みの態勢に入ると交感神経から副交感神経が優位となり高い血圧が低くなり始めたからです。

3週間目、左右の足の関節の痛みも変わらず、右足裏や背中が時々痛んでおりました。頭がフワーッとなり、顔を無意識に掻いている時もありました。朝にお灸をすると痛みが軽くなり楽に過ごせるので毎朝お灸をするようになられました。

3月末、朝方に寝汗をかくことが続き、右腕上腕や左足ふくらはぎの外側のだるさや左足関節の痛みが強くなっていき、あまりのだるさに会社を一日休むことにされたほどでした。だるさは免疫が上昇しだしてherpesとの戦いが始まりだしたからです。

4月初め、右手首と右腕上腕部が変わらず痛み、会社でホッチキスを扱うのも一苦労だったそうです。リバウンド症状が強くなりだしたのです。

4月半ば右足関節の痛みが変わらず、下痢の状態が悪化され、次の1週間後には朝起きる時に身体全体が倦怠感を覚えるようになりました。

4月終わり頃、腰痛が出てき、首の髪の生え際にボツボツと湿疹が出てきました。左足付け根の関節と背中に痛みが走り、歩くとき左足のふくらはぎにこむら返りのような激痛が起こりました。ボツボツと湿疹が出てきたのはクラススィッチです。

以上のようにメトトレキサートを止めて当院で治療を始めた最初の2ヶ月は薬で抑えていたリウマチの痛みがリバウンドされた月でした。しかし、以前のメトトレキサートを服用後の副作用として何時間も昼寝をされていたのが全く無くなりました。あのまま投薬を続けていたらと思うと本当に恐ろしいと当時を思い出すたびに身震いされるとのことです。3か月以降はゴールデンウィークや旅行などで元気に過ごせていました。もちろん、旅行中もお灸や漢方煎じ薬を途切れささずにきっちり飲まれておりました。そして初診から5か月目を過ぎた頃にクラススイッチが起きてアトピーの症状が出てきました。

風邪を引いてしまい、右手と肩に激しいアトピーが出始めました。のちに左手にもアトピーの症状が出てき、両手首までアトピーが広がり、特に左手の指が猛烈に痒くなられました。

8月頃、両手首のアトピーを搔きすぎて痛み、シルクの手袋の着用を始められました。ときどき体が痛むようになり、仕事中に体に倦怠感を覚えかなり辛く、アトピーも盛大に現れていたそうです。HerpesとIgEで化学物質との戦いがますます強くなっているのです。

9月、指を掻きすぎて痛みで指を曲げにくくなり、背中に痛みが継続し、疲れやすい状態でした。それから1週間過ぎた頃、アトピーが少し落ち着いてきましたが、足に少し痛みが継続して起こり、痒みがきつく掻き過ぎてヒリヒリ感が出ておりました。手には赤みを帯びており、掻き過ぎて左手指関節が痛くなったり、手の痒みで夜中に必ず目が覚めていたそうです。右足も痛み出したのでお灸をされるとお灸の痕が丸い傷跡に変化されました。

10月、左手親指の付け根に時々違和感を覚え、左手親指を庇うように過ごされておりました。お風呂に入ると両膝あたりに痒みが出てきました。少し抗ヘルペス剤を増量して様子を見ていたのですが、患者さんが気持ち悪くなって体調を悪くしてしまいました。しかし、1週間後には体調が元に戻り、さらにアトピーの症状も軽くなってきたため、そのまま抗ヘルペス剤の量を継続してもらい、10月末には手首の痒みだけになりました。

11月、左手の甲のところに少しアトピーがあるくらいで、アトピーの症状はかなり落ち着いていき痒みを時々起こす程度まで快調されました。シルクの手袋もはめなくなりました。しかし、再び右足に痛みが起こり始め、右足の膝上あたりと肩が痺れるような痛み起こり、唇にできものが出てきました。唇のできものは口唇ヘルペスです。

患者さんの場合、痒みは両手のみに現れ左右交互に痒みが起こりました。患者さん曰く、以前毎年花粉症の時期になると手荒れを起こしていたので市販の薬もちろんステロイドを塗っていたそうです。

今ではリウマチの痛みは完治されましたが、会社勤めでストレスを溜めることも多く、アトピーが出て痒くなることはありますがリバウンドの時に比べて極めて軽い症状とのことです。

症例報告17例目

病名:関節リウマチ、甲状腺機能低下症、肩軟骨消失変形、右肘軟骨消失変形、左手首軟骨減少、右足首炎症、左股関節軟骨消失変形、右股関節炎症、蕁麻疹ヘルペス性紅斑, 関節周囲炎, 失禁、うつ状態、倦怠感、耳鳴り、難聴、胃炎、steroid性白斑症、歯槽膿漏

18年間、関節リウマチで肉体的にも精神的にも追い詰められていましたが、当院の治療を行って完治されました。

患者:当時56歳、女性

1988年、手首と右膝の関節部分が真っ赤に腫れ、痛みで全く身動きが取れない状態になり病院に行くことすらできないほどでした。しかし腫れは2~3日で跡形もなく引いていきました。整形外科へ受診すると、関節周囲炎と診断されしばらく経過を見てみましょうと湿布薬だけ処方され、その後腫れも起きなかったために忘れていたそうです。手首と右膝の関節部分が真っ赤に腫れた症状をヘルペス性紅斑です。痛みで全く身動きが取れない状態はherpes性神経炎です。

1990年、甲状腺機能低下症になり、チラージンS錠を服用されておりました。甲状腺機能低下症は橋本氏病と言われる世界で初めて見つけられた噓の病気である自己免疫疾患ですが本当は自己の免疫が甲状腺の細胞に感染したヘルペスを攻撃して甲状腺の細胞の機能がなくなったからです。そして翌年の1991年春頃、早朝に突然体がこわばって今まで体験したことのない異様さに驚き、すぐに近所の内科で診察を受け血液検査の結果から関節リウマチだと診断されました。内科の医者から、原因不明の難病で治すことができず一生薬漬けで体の変形や寝たきりになるかもしれないなどと足早に病気の説明を受けられました。医者たちが根拠が何もないのに自分たちの言いたい放題やりたい放題の病名、病気を捏造しているだけです。

前医での処方:シオゾール2錠、ロキソニン1錠。

シオゾールは 金チオリンゴ酸ナトリウムという金製剤ですから本来懐の財布に入れるべきなのに体に注入するものですから異物であるので物凄い副作用が出ます。かゆみ、発汗、呼吸困難 、ショック、アナフィラキシー様症状、皮膚が赤い腫脹、蕁麻疹、発疹、発熱、剥脱性皮膚炎、皮膚粘膜眼症候群などです。何故、シオゾールがリウマチの症状を一時的に減らすかというとリウマチはherpesが原因であるのでヘルペスに向くべき戦いがきわめて強いアレルゲンでありアンチゲン(抗原)である金に向けられるからです。

シオゾール2錠、ロキソニン1錠を飲み続けて半年が過ぎた頃、体中に蕁麻疹のようなものが出てきました。リウマチは治らないと言いながら処方される薬に疑問を感じ、リウマチの痛みが出ていなかったので患者さんは蕁麻疹を理由に患者さん判断でリウマチ薬を止めました。その後3~4年は痛みがあっても病院へは行かず痛み止めだけを服用してなんとか過ごされておりました。当時、幼い子供を育てながら仕事も抱えていたこの時期は一番痛みに耐えていた時期だったとのことです。しかし、左股関節の炎症で立てなくなり病院に受診されました。骨頭付近が炎症を起こし軟骨の消失と共に骨の変形が始まっておられました。プレドニン注射をされ、あっという間に痛みがなくなった初めてのステロイド体験に恐怖と快感を得たとおっしゃっておりました。

プレドニン注射はステロイドですからますます軟骨の消失と共に骨の変形が酷くなるのに症状さえとれば無知な患者さんは満足してくれるので医者稼業は気楽なもんです。これが医者が薬が病気を作っているという証拠の一つです。

シオゾール2錠とロキソニン1錠の処方を再開され、また痛くなればプレドニン注射をされていました。しかし1年後、両方の肩軟骨の変形が始まっていると言われステロイド注射を4本投薬されました。まるで麻薬のように抗リウマチ薬を飲みステロイド注射をされ、ますます変形は進行していきました。患者さん曰く、この頃になって一生治らないと言われたことが重くのしかかってきたとのことです。初めて関節リウマチの説明を受けていた時は、このリウマチという病気は患者さん自身によって発症させたのだと思い、事実を受け入れるように努めていたそうです。歩くのに左足を引きずらせておりましたが辛うじて自転車に乗れていた、痛みに対して我慢強くなってしまった頃、できる限り薬を飲みたくなかったので再びリウマチ薬を患者さん判断で止めてしまいました。

前医での処方:シオゾール2錠、ロキソニン1錠、プレドニン注射。

2002年、手首と指と足の指と右肘と股関節など、体中の変形が進行していたとのことです。プレドニンが作っていくのにもかかわらず医者と製薬メーカーが責任をとる必要がないのが現代の医療法です。左股関節が痛んで歩けなくなり、夜も眠れなくなったので転院されました。自転車に乗れなくなり、台所に立つことも包丁を握ることもできなくなり、トイレが間に合わず何度も粗相をして旦那さんに後片付けをしてもらう日が多くなっていきました。毎日少しずつ変形していく個所を眺めながら日々を過ごされておりました。

肩軟骨消失変形、右肘軟骨消失変形、左手首軟骨減少、右足首炎症、左股関節軟骨消失変形、右股関節炎症、体中の関節が悲鳴を上げていました。患者さんの病状がどんどん悪化していくと前担当医は手術の話を頻繁にするようになったそうです。

担当医から手術の話を受けるたびに、いずれ手術をしていずれ全身ロボットのようになるのだと宣告されている気持ちを抱き、以前にも増して不安と絶望が溢れていき、もう狂ったように絶叫したい思いでした。リウマチで変形して醜い姿で生き恥をさすことの苦しさと相まって、幼い息子さんとの葛藤で毎日自殺と隣り合わせの状態でした。

前医での処方:シオゾール錠からリマチル2錠に変更されました。

抗リウマチ薬であるリマチルは一般名はブシラミンで「炎症に関わるT細胞の増殖を抑制する作用」や「免疫の働きを抑えるサプレッサーT細胞の上昇」、「抗体産生に関与するB細胞の作用低下」をもたらし関節破壊の進行を抑制する抗リウマチ薬は、どれも効果が表れるために数週間の時間が必要になります。これは、免疫細胞に作用して炎症を止め、さらには関節破壊に関わる複雑な経路を抑制しようとしているためです。リウマチの治療に抗リウマチ薬を投与するのではなく抗ヘルペス剤を使えば関節破壊が起こらないどころかリウマチが治ってしまうのに残念で残念でたまりません。抗ヘルペス剤を保険で使える日は世界が資本主義体制が続く限りは不可能でしょう。

前医にステロイド剤を勧められましたが、骨の変形を早めるだけだと患者さんは断り続けました。しかし我慢できないほどの痛みがある時は投薬してもらい、気づけばステロイド注射を10本以上打っていたそうです。この時には、元の体に戻れない、戻りようもないと思うと痛みから解放される方を選択するようになっていきました。以降、歩行困難になり、自宅で寝たきりの状態が続きました。

左股関節の悪化で人工関節の手術を受けるしかないと思い、手術ができる病院をインターネットで調べている時、偶然にも当院のホームページが目に留まりました。当院のホームページを見た瞬間、患者さんの目から涙が溢れ、後から後から流れてくる涙をぬぐいながら私の論文を読み進めました。免疫は抑えてはいけないこと、IgG抗体からIgE抗体へクラススイッチすること、サプレッサーT細胞(現在はレギュラトリーT細胞に名前が変わりました。)の存在とメカニズムなど、医学用語はさっぱり分かりませんでしたがそれでも医学の真実は伝わってきたと患者さんに言われました。ステロイド剤で狂わされた免疫細胞は休むことなく働き続けていることを自分自身の体をもって痛感されたとのことです。患者さんはなぜ他の病気ではなくリウマチになったのかと疑問に感じておりましたが、私が書いた松本理論を読んで病名などどうでもいいという的確な答えに納得がいったようです。患者さん曰く、松本理論は医学博士でなくても頭脳明晰でなくても医学に精通していない一般大衆でも真実にかすかなりとも触れさせてもらえる場だったのでした。上から物を落とせば下に落ちる、免疫を下げれば病気は治らない、真実は誰でも分かる簡単なことなのです。

松本理論に出会う前は子供の問題、離婚、仕事、異性とのトラブルなど本当に多くのストレスをかけ続けていたそうです。とくに子供の問題では何度も鬱になりいつ死んでもおかしくない状態で日々を過ごされておりました。あの当時の患者さんを支えていたのが患者さん自身の副腎皮質から作り出されたステロイドホルモンだったのだと松本理論で学ばれ、当時は信じがたい真実を知り、ただただ号泣されたのでした。お昼に読み始めた松本理論を患者さんの中でエネルギーとして取り込ませ夕方になるまで一滴の水も飲まずに読み進めたのでした。

2009年4月末、旦那さんと患者さんのお姉さんとの3人で当院を受診されました。初診時に私がもっと早く当院のホームページにたどり着けばそこまでに酷い状態にならなかったのにと伝えると、患者さんは私に優しさで溢れているように感じたそうです。

処方:漢方煎じ薬、漢方風呂、抗ヘルペス剤、お灸。

毎朝、起きたら漢方煎じ器で煎じ薬を作り、出来上がるまで丹田呼吸をして瞑想を楽しんでいたとのことです。1番煎じ、2番煎じと毎日飲み続けているとお通じが良くなっていました。

初めてのお灸の熱で体が力んで肩が凝ってしまいましたが、灸をすると痛みがかなり良くなっていったため、いつしか体も熱に慣れていき毎日2時間ぐらいかけてお灸を楽しんでいたそうです。

漢方風呂は1時間かけてゆっくり入っておられました。ベッドでは寝返りもままならなかったようですが、お風呂の中では水を得た魚になった気持ちで自由に向きを変えながら溺れないように気を付けて楽しんでおられました。

初診後、鍼灸を受けてもらったのですが、リウマチによって体が硬くなっており鍼を刺すと痛むため、初めのうちはいつも鍼を刺す痛みで大声を出していたようでした。体が硬くなるのはあえて病名をつければリウマチ性多発性硬化症です。しかし鍼を終えると体が別人のように軽くなり階段を楽に上り下りできるようになっておりました。お灸も同様にお灸をした箇所は真っ赤になっていたそうです。余談ですが、歯医者で奥歯を抜いた日にいつものようにお灸をすると、夜中に出血して止まらなくなってしまったことがありました。あまりにも大量出血して不安になり救急車を呼んで出血を止められました。これほどまでに体が反応して血流がよくなる効果を知ってお灸や鍼の効果に感激したと後になって言われました。

治療を始めて2日目、口の中がネバネバして何度も唾を吐いていました。患者さんが鏡で口の中を見ると舌が真っ白でネバネバしていたそうです。Herpes性舌白斑症です。症状は2~3日ほどで治りましたが、次に治療を始めて5日目にも患者さんを驚かされたことが起こりました。漢方風呂に入っている時に耳の中からドロ~っとしたものが出てきたのです。患者さんは慌てて耳の中に手を入れてみましたが耳の中はいつものように乾いており、以降同じような症状は起こらなかったそうです。

初診から2週間目、リウマチ特有のこわばりが起こりました。一日中倦怠感があり何をするのも億劫でした。家事などは再婚した旦那さんにまかせて患者さんは安静にして過ごせておりました。

他にも左足首の腫れと頭皮におできのようなものが出来て痒くなりました。Herpes性皮膚炎です。以前、リンデロンを塗っていたそうなのでそのリバウンドが起きたのです。くたばれリンデロン!!!患者さんに消毒液や赤い漢方塗り薬や黄色い漢方塗り薬を塗ってブドウ球菌に感染されないようにしながら掻いて楽しんでもらいました。

こわばりが消えた頃、お灸をしている時や漢方風呂に入っている時に特に体全体が痒くなり、耳鳴りが酷くなっていきました。Herpes性耳鳴りです。特にお灸をしている時はまるで耳の中にセミを飼っているようにうるさく感じられたとのことです。患者さんは免疫が上がっている証拠だと思いむしろドンドン出ておいでと思っていたそうです。その通りです。すべての症状は病気を治すために免疫が頑張っているのです。症状がすべての病気の原因だと言わんばかりの医学会はいったい何者でしょうか?これらの症状は医者が意図なしに免疫を抑えたのでherpesが増えた後始末を患者さんはさせられているので。病気を治す医師免許証をもっていない患者さんが病気を治してしまうと医師法違反で捕まる日がいずれ来る事がないことを祈りましょう。

6月に入り、体のだるさと難聴の右耳から聞こえてくるセミ風味はその後も相変わらず続いていましたが、リウマチ特有の痛みはなくなっていました。以前までは毎年梅雨の季節になると気圧の変化で両手首右足首や右肘、股関節などすでに変形していた箇所に痛みを感じ横になっていることが多かったそうですが、その頃は朝早くに目覚め動けるようになっていたのです。鍼灸でも一番痛いところはと聞かれて返答に困るほど良くなられました。最も嬉しかったのが早くも変形した箇所が本来の姿に戻ろうとしていたことです。特に右足首の変形でばね指になっていたところや地面から浮いて不格好だった指達は少しずつですが真っ直ぐに伸びようとしているのが感じられたと患者さんに言われました。いつも靴下を履かせてくれる旦那さんから見てもわかるくらいに真っ直ぐに伸びようとしていたそうです。

初診から3ヶ月が過ぎて7月の暑さとともに症状がものすごく楽になっていきました。左足首の腫れは多少残っていたものの足を引きずりながらサッサと歩けておりました。朝起きて洗濯も掃除も普通に出来ていました。

ある日、夜中に痒くて目が覚めました。お待ちかねのアトピーでした。患者さんは思いっきりボリボリと掻いていたそうです。明日になったらきっと湿疹だらけになっていると予想するも、朝目覚めると患者さんの皮膚には何もなく夢か幻かと思うほどに消えてしまっていました。

耳鳴りは相変わらず続いておりました。時々右まぶたの上がピクピクしていたそうですが既に私から原因はヘルペスだと聞いていたのでお灸をして免疫を上げるのに努められました。リウマチ特有の痛みを意識することすら感じられなくなっておりました。ステロイド剤で皮膚が薄くなっていた手や足には年相応のしわが出てきました。

初診から4回目の血液検査の結果でなんとRF定数だけが正常値で20なのに対し27と少し高めでしたがほぼ全ての項目が正常値に戻っておりました。あまりのことに患者さんは他の患者さんのと間違えているのではと疑うほどだったと言っておられました。

8月、5回目の血液検査の結果、少し高めだったRF数値が正常値に入ってきておりました。その頃、体がだるくリウマチの名残がまだまだ残っていたようです。気が緩んでまた症状がぶり返さないように患者さんは私の論文を週に1回読み込んでおられました。特にリバウンドしても乗り越えらえるように一番肝心な根っこの理論だけでも繰り返し読み返していたとのことです。それに合わせて他の患者さんの手記もドンドン読まれました。激しいリバウンドを乗り越える様は想像を絶します。しかも皆さん痛々しくも必死で耐えておられるのが文面でも十分すぎるほど伝わってくるので、患者さんも例に漏れず勇気をもらっておられました。しかし、患者さんに現れる症状が辛いと感じる間もなくあっという間に通り過ぎていくので、患者さん曰く肩透かしを食らった気持ちになり心構えだけが空回りした気持ちになったそうです。

9月、6回目の血液検査の結果、血沈12と正常値になっていました。単純ヘルペスが76.4(正常値2.0未満)と高値でしたが、水痘帯状ヘルペスは前回42.7から17.1(正常値2.0未満)へと減少しておりました。リウマチの症状がからヘルペスの治療に移ったため、2週間おきの診察と漢方風呂2日に1度に変更しました。

10月半ば頃、以前から多少胃が痛むことがありましたが、患者さんがとくに気に留めず快適な生活を過ごせていたとのことで私には相談されませんでした。しかし体が冷えてしまい、急にリウマチの煎じ薬が飲めなくなりました。しばらく漢方煎じ薬を止め、飲めるようになったら胃の漢方煎じ薬を処方しました。また鍼灸師に教わったお灸の温灸治療をお腹と背中と足の先にするように指示しました。

11月頃、好酸球が25.4もあり、ヘルペスの数値も上がったり下がったりしておりましたが、徐々に症状が楽になり最後は食事ができるようになりました。好酸球は白血球の一種で、アレルギー反応、喘息(ぜんそく)、寄生虫感染に対する排除の役割を果たしています。先進国では寄生虫が根絶されてしまったのでアレルゲンを排除する仕事がもっぱらです。好酸球は肥満細胞から出されるIL-5によって活性化します。好酸球が25.4とたかいのはリウマチを起こすIgGの世界からアレルギーの世界へクラススィッチしたのです。IgEもあり、頭の痒みが少し範囲を広げてきました。胃の煎じ薬は止めて、塗り薬の紫雲膏と抗ヘルペス剤(アシクロビル錠)を処方しました。11月後半、iPodで勉強動画を観ていると、突然ツーンと音を立てて聞こえなかった右耳の難聴が治りました。ご夫婦で歓喜されました。

12月頃、リンパ球が21.2(正常値18.0~59.0)と今までで最も高い数値でした。本来ならリンパ球の数値がもっと上昇するのですが、患者さんはステロイド剤や痛み止めなど免疫が下げる治療を長期にしてきたため、リンパ球の幹細胞を殺してしまい元に戻らなくなり、リンパ球が低値のままでした。

それから年が明けて4月頃、前医の治療による後遺症により、左股関節の骨頭が変形して右足よりかなり短くなってしまいました。真っすぐ歩いていても斜めになっているのがわかるくらいです。そのため階段は左手で手すりを頼りに1段ずつ上がっていました。立つ時には介護してもらい、正座はできなくなりましたが少し高めの椅子なら座れるようになりました。靴下を履くときも補助具を使ってなら一人で履けるようになりましたが、ほとんど旦那さんに助けてもらっている状態です。右股関節は一番最初に炎症が起きた時に戻りました。ステロイド注射を打った分、可動域が狭く無理をすると痛みが走りました。お風呂に長めに入って体を温めてから運動をするようにされました。足先の変形は目に見えて元に戻りつつありました。両肩軟骨の消失が随分良くなり、右腕はお箸で食べることはできませんが手のひらが顔に着くところまで届くようになりました。何よりもリウマチ特有の痛みから解放されて体が身軽になったことが嬉しかったとのことでした。

ステロイドの後遺症により、顔の皮膚や体の一部分が白いまだら模様になってしまいました。ステロイド白斑症です。ヘルペスが一番感染しやすい細胞はメラニン色素細胞で免疫が上がるとともにメラニン細胞が崩壊した後に色素を作れなくなった部分が白くなってしまうのです。特に目の周りや両端の口元が顎にかけて線ができたように白くなっていました。また、リウマチの治療中に歯槽膿漏で2本抜歯してしまっていました。

歯槽膿漏は歯周炎や歯肉炎も言い、歯周病菌によって発症します。口の中には700種類の細菌がすんでいますが、その多くは無害です。この細菌には、酸素を好むものと好まないもの、糖分をエネルギー源とするものや血液をエネルギー源にするものなど様々いますが、歯周病菌と呼ばれる細菌はそのうちの10種類をいいます。そのうちの3種類は特に歯周病を増悪させます。その三つにP.g.菌(Porphyromonas gingivalisポルフィロモナス・ジンジバリス))や Td.菌(Treponema denticolaトレポネーマ・デンティコラ)、T.f.菌(Tannerella forsythensisタネレラ・フォーサイセンシス)の三つが三大悪人です。

それでは歯周病はどのようにして起こり治せるのでしょうか?

1)歯周病菌は毒素をだすため、歯ぐきの骨が溶けて歯周が痩せます。

2)歯周病菌が生き続けるには普通にいる細菌の存在が必要です。

3)歯周病菌はうつる可能性があります。

4)プラーク(歯垢)を取り除き続ける習慣(プラークコントロール)が治せる生命線となります。

5)細菌をプラーク(歯垢)、バイオフィルムの塊にしないことです。歯垢(しこう)とは一般に表面に付着した黄白色を帯びた粘着性の微生物叢を指します。
バイオフィルム(Biofilm)とは、菌膜(きんまく)と訳し、固体や液体の表面に付着した微生物が形成する生物膜です。プラークコントロールと細菌を成熟させないで早期に破壊(取り除く)することです。具体的には自分で行うプラークコントロールとしては、基本的な歯磨き、デンタルフロスや歯間ブラシによる清掃、マウスウォッシュによるうがいのほか、砂糖の摂取制限です。

現状、リウマチの症状が完治され、時々近くのスーパーや散歩に出かけられるようにまで回復し普通の生活を送れるようになりました。全て完治されたので当院へは来院されていません。

以下に血沈、MMP-3、RF定量、CRPの血液検査の表を掲載します。値は上下しますがリウマチの指標と呼ばれるMMP-3と血沈が正常になっていくことがお判りでしょう。

症例報告18例目

病名:関節リウマチ、耳鳴、めまい

リウマチが快調し、スッキリしなかった他の症状も完治されました。

患者:当時58歳、女性

リウマチによる関節痛や体の痛み、だるさなどがあり、当院に受診される前は大学病院で6年間治療を受けていました。しかしリウマチ治療薬アザルフィジンを処方され2週間飲み続けたところ、体が動けないくらい重く、しんどくなったのをきっかけに大学病院での治療を止められたそうです。その後、別の漢方治療のクリニックに通ったり、オゾン注射、高濃度ビタミン注射、栄養素療法など、良くなると聞いたものはいろいろ試されていきました。しかし、どの治療もリウマチの症状が進行しないものの良くなりませんでした。

2016年1月頃に風邪に罹った後、全身の関節痛が酷くなった事と、2015年から耳鳴とめまいが続いていたため、以前から当院のホームページを閲読して頂いていたのを機に最後の望みをかけて当院へ来院されました。最初は私に圧倒されて緊張されておりましたが、私の気さくな態度と何より「全身関節痛、めまい、耳鳴りは全てヘルペスが原因や。」「絶対治るよ!」と言い最後に握手をする頃にはリラックスされていました。漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤を処方し、診察後は鍼灸を受けてもらい自宅でもお灸をするように指示しました。鍼灸後は久々に体がスッキリしたのでなお治療に前向きになって帰途につきました。

当院での処方:漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤、お灸。

漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤とお灸を毎日欠かさず続けていき、激しい眠気に襲われましたが、順調に日に日に体の痛みが薄れていかれました。

3月頃にはリウマチ特有の痛みがほぼなくなり、めまいも気づいたら症状がなくなっていたそうです。耳鳴りも生活に支障がないくらいまで良くなりました。当院に罹られる前まではリウマチもめまいも耳鳴りも治らないものだと諦めかけていたため、長年かかっていたリウマチが完治されたことに喜びつつ、もっと早く当院を受診したらもっと早く楽になっていたと思う後悔されたぐらい歓喜されたとのことです。この患者さんも完治されたために当院へはもう受診されていません。

症例報告19例目

病名:関節リウマチ、アトピー性皮膚炎、関節炎、筋痛、ヘルペス性紅斑

リウマチとヘルペス症状を6年半にわたり完治された方の詳細な症例報告です。

患者:当時68歳、男性

2008年10月、左手人差し指第2関節に腫れが出てくるもすぐに症状が消えました。翌年2009年2月に再発され、翌月6月に右手人差し指第3関節が腫れ、7月頃に労災病院の整形リウマチ担当医にて関節炎と診断され治療を開始されました。痛み止め注射をされたので痛みは減ったものの、腫れは残り患部を押さえると痛みがありました。また同時進行で趣味のテニスの最中に痛めた右足薬指の治療のため、近くの鍼灸院で治療を受けられており、2010年8月に当院へ受診されるまで週1回通われておりました。

9月、整形リウマチ担当医により、リウマチと診断され、抗リウマチ薬アザルフィジンを処方され飲まれていました。12月左右手中指の第2関節の腫れと7月にテニスで痛めた右足薬指第3関節の痛みが継続していたため、かかりつけの鍼灸院にてお灸と鍼治療を受けていました。しかし症状は変わらず、年明けて2010年2月頃アザルフィジンを1日1錠から2錠に増量すると、右手中指第2関節の腫れが大幅に良くなりました。また左足薬指第3関節に腫れと痛みが起こるものちに大幅に改善されました。しかし、右手首の腫れが起こり酷くなると共に膝を曲げると筋痛が発生するようになりました。CRPにまだ変化は起こっていませんでした。

労災病院での処方:アザルフィジンを1日1錠から2錠へ増量。

2010年3月、症状の変化が思わしくなかったため、アザルフィジンに加え、リウマトレックスを週末に2錠を追加されますが、左手小指にこわばりが出てきました。5月~6月の間に右手中指、人差し指、中指、薬指、右肘にこわばりが起こり、腫れが大きくなったり、小さくなったりを繰り返したため、リウマトレックスを中止し、しばらく経過観察されたそうです。

労災病院での処方:アザルフィジン1日2錠、リウマトレックス週末に2錠。

7月、左右肘の突っ張り感が増し、左手首の痛みが酷くなっていき、両手指の腫れも大きくなっていきました。また椅子から立ち上がる時に生じる膝の違和感も増し、症状がますます悪化していったため、担当医からステロイド治療を勧められたそうです。しかし副作用の説明を受けたのでステロイド治療を断り、ステロイドを飲まない治療法をインターネットで調べたところ当院を見つけられました。松本理論と当時掲載されていた患者さんの手記を読み、2010年8月に当院へ受診されました。

初診時、患者さんに必ず治してあげると言い、強い励ましの握手をしたのでよほど痛かったらしく、いつまでも握手の時、手指が痛かったと患者さんに言われてしまいました。漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤、週に3日漢方風呂に入ってもらい、診察後に鍼灸を受けてから自宅でのお灸のやり方の説明を受けてもらいました。

当院での処方:漢方煎じ薬、漢方風呂、抗ヘルペス剤、お灸。

9月~10月の間、右手親指、左右手首、左肘のリウマチの痛みが良くなりました。しかし左足薬指の痛みはまだ継続しておりました。ヘルペスの症状と思われる胸部筋の伸縮はしやすくなり、左足裏と左膝の歩行時の痛みは徐々に良くなっていきました。

11月~12月の間、ヘルペス症状と思われる左膝の痛みと違和感、左足薬指裏の違和感が良くなりました。また関節部のリウマチ部分はお灸の後、痒みが出てき、痒みが大きい部位の治りは一層早かったそうです。痛みが大幅に良くなったのを機に、定年退職後の2009年4月から2010年10月まで仕事をせず過ごされておりましたが、11月から週3日で仕事を再開されました。

翌年2011年1月、仕事を再開した影響か、1月のCRPが前回の0.7から1.5へと上がり、血沈も30から60へと増悪していました。右手甲の人差し指から手首の間の筋が腫れたようになり、手指の曲げ伸ばし時に痛みが増しました。リウマチは化学物質とのIgGの戦いと同時にヘルペスとの戦いも激しくなり歩行時に両足踵裏の痛みが酷くなり、歩行が辛くなってしまいました。

2月、膝関節、踵筋痛はヘルペスの影響であったため、抗ヘルペス剤を処方しました。

以下は患者さんによって作られたリウマチとヘルペス発症の推移概要まとめを載せておきます。

リウマチの症状は2013年末で概ね軽微になりましたが、2015年まで症状が残っていたので治療を続けられました。手指の症状が発症から完治するまで約1年程度でしたが、足首や踵や膝や肘の関節が大きい部位の完治は2年超かかりました。また、両肘、両膝から全指まで順次発症され長期の治療を要しました。そして、完治したと思っても少し腫れが残る状態が続きました。2016年12月頃、右足親指に違和感を覚え、患部を押すと痛みが出ていましたが、これは免疫がたたかうてきがヘルペスに移行したために見られる症状だったので、抗ヘルペス剤を増量することで大幅に症状が良くなりました。また春から晩秋までの暖かい時期は症状が比較的良好であり、冬の寒い時期は悪化するパターンが毎年繰り返されました。

リウマチ発症部位と治療推移

  1. 親指を除く手指は治療開始から6ヶ月後で痛みが軽減し、10~12ヶ月後に痛みが解消されました。
  2. 親指や肘は、痛みが治るのに約2年近くかかりました。
  3. 足踵、足首、手首の痛みも同じく2年を超えました。
  4. 以上の関節リウマチ特有の痛みが治った後も少しの腫れが残り、腫れた部分を押すと若干の痛みが出ました。この場合はヘルペスの症状へと移行されたために発症したのでしょう。

CRPと血沈の数値は、リウマチ症状とヘルペスによる炎症と痛みとほぼ同期しており、なお、リンパ球が全体的に低値になっておりました。これは当院に受診する前に使った痛み止め注射やアザルフィジンやリウマトレックスを服用していた事と、11月に仕事復帰をしたので仕事でのストレスに対応するため、患者さん自身の副腎皮質からステロイドホルモンを放出し免疫を抑制したのです。そのため、患者さんは治療が長期になってしまったのです。

血液検査結果と抗ヘルペス剤摂取量推移

上記の表図を見ても、2010年11月からCRPと血沈が落ち着いており、左右手親指、右手薬指、左右手中指、左右肘のリウマチの関節筋の痛みはほとんど感じられていませんでした。しかし11月に仕事を再開してからは値が増悪し、リウマチの症状も再発されてしまいました。特徴的には冬の1月~5月頃に症状とともに血液検査値が悪化し、春~年末ごろまでは改善することを繰り返し続けました。

2011年3月~7月の間、CRPが3.5、左手親指、左手人差し指、左手小指、右手甲、左右手首、右肘の腫れと筋痛が起こっていました。

2012年1月~7月の間、CRPが4.0、左手親指、左手人差し指、右手小指、左右手首、左手首、左足中指、左足薬指、左足小指、左足踵、両足首が腫れて痛みました。

2013年3~6月の間、CRPが3.8、右手人差し指、右足中指、右足小指、左足踵、両足首に腫れと痛みがありました。ここから徐々に症状が減っていきました。

2013年1月~2014年4月の間、CRPが3.0、左手人差し指、右足中指、右足小指に腫れと痛みがありました。

2015年1月~5月の間、CRP2.8、左手薬指、左胸ヘルペス性筋痛が起こり、リウマチの症状は2015年10月頃、CRPが1.5、血沈が60程度で高値だったのは、これはヘルペスによる炎症であったためです。のちに2016年12月頃に右足親指を抑えると痛みが出ることがありましたが、抗ヘルペス剤を増量して様子を見ました。

患者さんのヘルペスの症状は、筋肉と筋に痛みが発症する場合と、関節部のリウマチ治療完治後に発症したと思われる若干の腫れと関節の曲げ伸ばしで筋痛が生じる場合と、IgG抗体からIgE抗体へとクラススイッチしたためにアトピーが発症し、肌荒れが広範囲で皮膚がカサカサに盛り上がる場合の3つの症状がありました。アトピーは痒みを伴い、痒い部位を掻いてアトピーの範囲が広がり、肌のカサカサがさらに盛り上がっていました。患者さんが作成した年代別と発症した部位別に表示された下図を掲載します。

ヘルペス症状の推移

ヘルペスは大量の抗ヘルペス剤と大量の漢方煎じ薬で治療効果が得られます。最も早くて1週間から10日で効果を得られる場合もあります。また発症部位が短期で良く移動するのが特徴で、同じ部位に再発したり、良くなったり悪くなったりを繰り返す特徴があります。また、関節部のリウマチ完治後に少し腫れが残る場合では、部位を押さえると痛みを伴うのも特徴です。

患者さんの場合、ある程度症状が良くなると抗ヘルペス剤を中断したり、摂取量を患者さん判断で減らしたりしていたので、長期にわたって治療が必要となってしまいました。抗ヘルペス剤を1日2錠では効果が薄く、1日4~6錠でも症状を良くできましたがリウマチ完治後の関節部にある少しの腫れは完治できず、1日6錠以上を継続して摂取してかなり症状が良くなりました。

リウマチ初期からの症状として筋肉や筋に発生した痛みはほぼ完治されました後、リウマチ初期からあるヘルペスの症状として左胸筋が2016年初期まで時々起こったり良くなったりを頻繁に繰り返していました。抗ヘルペス剤を1日4錠~6錠に増量すると痛みが4日程度でなくなりました。その結果、1週間後に他院でX線を受けると炎症に伴う水分が見られ、1ヶ月後X線を受けると水分が大幅に減少していました。また両膝や左右土踏まずの筋痛は歩行時、特に階段の上り下りの際に痛み、両膝は2012年~2014年末頃まで、左右の土踏まずは2011年~2012年前半まで続いていました。その後2015年以降は抗ヘルペス剤を1日6~9錠まで増量すると趣味のテニスができるぐらいまで良くなりました。また左足すねが2015年春ごろに一時的に腫れましたが10日程度でなくなりました。

リウマチ完治後の関節部でのヘルペス発症は2014年から発症され、2016年9月以降1日5~6錠の抗ヘルペス剤を処方し、同年12月中旬に1日6~9錠に増量して下記の部位の症状が良くなりました。

1)右手中指、薬指に筋痛が起こり、2014年春頃~2016年春頃まで発症していました。

2)左手薬指第3関節掌部に若干の腫れと筋痛、2016年春頃~同年夏頃まで発症していました。

3)左手薬指第2関節に若干の腫れ、現在、痛みは解消されましたが手を握るとこわばりが残るときもあるそうです。

4)右手人差し指甲に腫れと若干の腫れ、2016年10月~同年11月前半まで発症しました。

5)左右手首に負担をかけると若干の痛みが走り、2014年~2016年10月まで続きました。

6)右足首外側に若干の腫れと捩じると軽い痛みが走り、2015年春から2016年春まで発症しました。

7)左足薬指裏に2016年10月頃に腫れが生じ、歩行時に若干の違和感と痛みがありました。

8)左足踵と土踏まずに若干の筋痛が12月中旬に発症されました。左足薬指、踵、土踏まず、右足親指対策として1日6錠の抗ヘルペス剤を処方していたため、生活に支障は非常に少なかったそうです。

1)と2)と4)と5)と6)は症状がなくなって完治され、3)の左手薬指第2関節部にこわばりや7)の左足薬指裏に腫れと違和感と痛みや8)の左足踵と土踏まずに筋痛が若干残っていましたが、非常に軽微でした。後にさらに抗ヘルペス剤を1日9錠にして改善されました。

2014年頃からリウマチの症状が発生していない肌にぶつぶつとアトピーが出てきました。そして2014年秋頃から2017年1月頃まで肌のぶつぶつはカサカサと荒れて盛り上がったようになりました。塗り薬の紫雲膏と中黄膏と抗ヘルペス剤軟膏を処方し、その後徐々に肌のカサカサ部分が薄くなって綺麗になっていきました。下図にアトピーの良くなる過程を載せておきます。

例に漏れず患者さんが作成してくれた抗ヘルペス剤摂取量とヘルペス抗体IgG値推移のグラフ表を下記に掲載します。

ヘルペスの症状は2011年~2012年10月頃まで胸、両膝、両足踵、両足土踏まずの筋痛で最も悪い状況であり、その時期のCRPが3~4、血沈が80~100、IgGが150~220程度と高値でした。

2015年~2016年6月頃まで単純ヘルペスの抗体価の検査をしていませんが、CRP、血沈値から推測するに単純ヘルペスの抗体価は100超程度であったかもしれません。

2016年6月以降、11月に初めて単純ヘルペスの抗体価が80に低下しました。また12月末には60と低下していきました。これは抗ヘルペス剤を1日6錠程度を継続して使用していたためです。

ヘルペスの治療は長期的になる可能性が高いので、大量の漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤を服用しなければなりません。またストレスを溜め込み過ぎて対抗しようと自分自身の副腎皮質から放出されたステロイドホルモンによって免疫を抑制しないように、心穏やかにコントロールすることが大切です。また、冬の季節で体が冷えてしまうと症状が悪化する傾向があるので、お灸や漢方煎じ薬や漢方風呂などで体をよく温めて血行の流れを良くしなければなりません。

また、関節リウマチの患者さんは関節の痛みが解消した際、関節周囲の筋、筋肉の可動域が大きく狭くなってしまうので、痛みが伴いますが早めにリハビリ的に関節部の曲げ伸ばしをして関節部の筋や筋肉の柔軟性を良くすることは重要です。

リウマチやヘルペスの症状が完治された後、7年ぶりに念願の趣味のテニスを再開でき、当院で治療した当初に抱いた希望の生活が実現された患者さんは歓喜されました。

症例報告20例目

病名:関節リウマチ

リウマチの症状が出てすぐに当院に受診され、1年5か月で症状が良くなり、完治されました。

患者:当時46歳、女性

2015年12月、朝起きると両手の指にまるでずっと足で踏まれたような痛みとこわばりが起きました。知人にリウマチ罹患者がいたため、患者さんはすぐにリウマチだと思われましたそうです。のちに判明したのですが、リウマチを発症したきっかけは発症する1年前にストレスがかかることが重なったのと、患者さんは幼い頃から体が弱く、しょっちゅう風邪を引いては薬を長期間飲んでいたりされていたそうです。マラソンの練習中にアキレス腱を痛め半年以上整形外科に通っていたため、その整形外科の紹介により総合病院で血液検査と関節の痛みを調べられ、1週間後、数値やリウマチの条件を満たしていたことからリウマチと診断されました。抗リウマチ薬やステロイドの恐ろしさを事前に調べて知っていたのと、知人から当院の存在を知っていたため、すぐに当院に受診されました。

2016年1月中旬、当院を受診され、水痘帯状ヘルペス値が110.4と高値、リンパ球が19と低値でした。患者さんに病気を治すのは自分自身の免疫であり、リウマチもアキレス腱の痛みも大量の漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤を服用すれば必ず治ることを伝え、鍼灸を受けてもらってから診察を終わりました。

当院での処方:2種類の漢方煎じ薬、抗ヘルペス剤(アシクロビル錠)を1日16錠、お灸。

薬の服用を始めてすぐにリバウンドが来ました。手の指がパンパンに腫れ、両肩、肘、手首、両膝、股関節、足の指へと痛みが広がっていきました。手のひら全体が痺れ、鉛筆も握れませんでした。肩や足が上がらず、着替えに苦労されました。外出されるにはクッション性の他界ジョギングシューズを履き、膝や足の痛みのために階段の上り下りは出来るだけ避けていました。

朝3時~4時に肩の内側がギリギリと痛み、歯を食いしばりながら夜が明けるのを待つ日もありました。しかし、この痛みは自分の免疫が頑張っている証拠だと理解されていたので、痛みが酷い時は「頑張れ、私の中の免疫!」と自分を励ましながら気持ちを前向きに過ごされました。

2016年3月末、風邪による発熱により3日間寝て過ごされました。4日目、熱が下がると共に全身の痛みが良くなり体が楽になっていました。熱で免疫が上がり、風邪の菌を殺すついでにヘルペスウイルスも殺したのでしょう。全体的に10だった痛みが半分の5くらいまでになりました。アキレス腱の痛みも気づけはすっかり治っていたそうです。

4月~8月、日によって部分的に痛みが起きたり、マシになったりを繰り返しました。痛みの度合いは4~5ぐらいの痛みで、手指は半分くらいは曲げられるようになりました。

8月~12月、痛みの度合いが4くらいと少しずつ良くなり、翌年2017年1月~5月頃に痛みの度合いが2~3くらいの痛みに減り、膝の痛みがなくなりました。肩は調子の良い時は痛かったことを忘れるくらい良く、夜やストレスのかかることがあった日などは少し痛くなるぐらいまで良くなりました。指の痛みとこわばりはまだありますが、最後まで握れるようにまで良くなっていました。

現在は、リウマチは完治され、好きなジョギングも再開され、日常生活にも支障なく過ごされています。

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