RNAウイルスのコロナウイルスの侵入と増殖のメカニズムについて詳しく説明しましょう。下にコロナウイルスが細胞の膜から侵入し、自分と全く同じコロナウイルスであるビリオンを感染細胞の機構を利用して複製した後、細胞外へ脱出するまでのライフサイクルの①〜11までの順序を示した絵図を掲載します。皆さんには見慣れない専門用語もできるかぎり詳しく説明しましょう。と同時に、その下にコロナウイルスのRNAの形状の絵図も掲載します。
ヒトに感染するコロナウイルス科の病原体には、1)ヒトコロナウイルス229E、2)ヒトコロナウイルスOC43、3)ヒトコロナウイルスHKU3、4)ヒトコロナウイルスNL43、5)SARSコロナウイルスがあります。ゲノムの形はssRNA(+)であり、“ss”はsingle stranded(一重鎖)のRNAの核酸(ゲノム)を持っており、(+)はプラス鎖という意味で、直接に相補鎖のRNAが作れ、それに対応するタンパク質が作れる(翻訳できる)のです。一方、RNAにはマイナス鎖というものもあり、これはプラス鎖に直してはじめて翻訳できるのです。
ゲノムサイズは25kb〜33kbであり、その意味はゲノムは25000〜33000個の塩基から成り立っているということです。
ウイルス粒子の大きさ(直径)は、120nm〜160nmです。“n”はナノと読み、ナノは10億分の1ですから、nmは10億分の1メートルの大きさですから、120ナノメーターは120×10億分の1メートルですから、0.12×103×1/109メートルとなり、0.12×1/106メートルとなり、0.12×100万分の1メートルとなります。100万分の1メートルは1ミクロンといい、ギリシャ文字でμと書き、現在は1ミクロンは1マイクロメートルと言われます。「1ミクロン」は「0.001ミリメートル」です。ちなみに、髪の毛は22ミクロンの太さです。コロナウイルスの大きさは髪の毛の1/100の大きさと覚えておいてください。
コロナウイルス粒子の構成タンパク質の数は5個です。その5個は1)スパイクタンパク質(Sタンパク質)、2)エンベロープタンパク質(Eタンパク質)、3)メンブレン(膜)(Mタンパク質)、4)ヌクレオカプシドタンパク質(Nタンパク質)、5)NSタンパク質(nonstructural protein、略してNSP、日本語で非構造タンパク質)の5つです。
コロナウイルス科を構成しているウイルスの数は20種類です。
主な宿主は哺乳類であるヒトと鳥類です。
ワクチンは現在作られていません。かつ抗ウイルス薬も現在作られていません。新新型のコロナウイルス、つまり現在世界中の全ての国に広がったCOVID-19(SARS-CoV-2)は、抗ウイルス薬はできる可能性はありますが、絶対にワクチンは作れません。作れたとしても本当のワクチンではない不完全極まりないエセワクチンとなるでしょう。言い換えると、そのエセワクチンを打っても再び再感染してしまうでしょう。その根拠は既に説明しましたね。
上の絵図の①は、細胞の表面にあるレセプターにウイルスの表面のスパイクが結合して細胞の中に入り込みます。ところがそのレセプターはコロナウイルスの種類によって異なるのです。今回のSARS-CoV-2のレセプターは人体のほとんど全ての細胞が持つアンジオテンシン変換酵素2、英語でangiotensin-converting enzyme 2で、略してACE2というレセプターに結合して細胞に侵入していくのです。アンジオテンシン変換酵素とは不活性体であるアンジオテンシン1を、生理活性を持つアンジオテンシン2に変換する反応を触媒する酵素で、アンジオテンシン2は、血管を収縮し血圧を上げる作用があります。す。したがって、ACE阻害剤という薬は血圧の高い人に対して降圧剤として世界中で使われています。①でACE2レセプターに結合したウイルスは、人体の細胞が外部の物質を飲み込むためにエンドサイトーシスの作用で小胞に取り込まれ、小胞とともに細胞質へと移動します。
②の絵をみてください。薄くピンク色が付いているのは小胞の中が次第に酸性になっていくのを示しています。小胞の中がピンク色の酸性になるとウイルスのスパイクによって小胞とウイルスの膜が融合し、小胞から外の細胞質へコロナウイルスの遺伝子が出ていく様子が見えますね。小胞は、細胞内にある膜に包まれた袋状の構造でエンドソームとも呼ばれ、細胞中に物質を貯蔵したり、細胞内や細胞外に物質や異物を輸送するために用いられます。小胞の膜の構造は細胞膜と類似しているため、酸性であるリン脂質からできています。ほとんどの小胞は特化した機能を持っており、その機能は小胞内に含まれる物質によって異なります。代表的なものに、液胞やリソソームがあります。
真核細胞である人体の細胞は、コロナウイルスを特異的なレセプターに結合させ、細胞内に取り込んだ後、取り込まれたコロナウイルス-レセプター複合体は、エンドソーム(小胞)に達するとコロナウイルスと細胞のレセプターが互いに乖離します。細胞小器官であるエンドソーム(小胞)は、元来、酸性なのです。従って、②のピンク色はもともと酸性であるので、小胞の中が次第に酸性化するという言い方はいささか語弊があります。この乖離のシグナルはエンドソーム内の酸性環境である必要があります。先ほど述べたように小胞の膜は酸性のリン脂質でできているので、小胞内に取り込まれたこのコロナウイルスは、徐々に小胞膜の酸性環境を巧みに利用して、今度は酸性度の強い小胞膜(エンドソーム膜)と新たに融合して、コロナウイルス遺伝子のプラス鎖RNAを宿主細胞の細胞質に放出します。
ちなみに細胞小器官で酸性である小器官には1)リソソーム、2)エンドソーム、3)コーテッドベシクル、4)ゴルジ体(ゴルジ装置)、5)分泌顆粒、6)液胞です。
本来、コロナウイルスは細胞のリソソームと融合して、リソソームに存在する加水分解酵素で融解されるはずであるのですが、リソソームと融合する前に小胞から細胞質へと逃げると同時に、RNAを細胞質に無事に放出することができるのです。従って、今話題になっているマラリアの特効薬といわれるクロロキンがSARS-CoV-2の抗ウイルス剤としての候補薬になっているのは、クロロキンが細胞の酸性化を阻害することができるからなのです。もちろんクロロキンがエンドソーム(小胞)の酸性化を阻害することまでやってくれるかは分かりません。いずれにしろクロロキンはコロナウイルスが好む酸性環境を阻止して、かつエンドソーム膜と融合してウイルス遺伝子RNAを宿主細胞の細胞質に放出し、コロナのRNAの複製ができなくなる日が来ることを楽しみに待ちましょう。
元来、人体の細胞にあるリソソームはウイルスなどを加水分解するための加水分解酵素を持ち、これらの酵素の至適phが酸性領域に保つことはウイルスなどを消化してしまうのに絶対に必要であるのです。ところがリソソームと融合する前にコロナウイルスはこっそり細胞質に逃げてしまうのです。
③の図は、細胞質に逃げ込んだプラス鎖RNAが宿主細胞のタンパク質合成システムを乗っ取ってタンパク質に翻訳されます。人間のDNAは必ずRNAに転写されてタンパク質に翻訳されますが、コロナウイルスはRNAが遺伝情報を持っているのです。RNAにはプラス鎖RNAと、このプラス鎖に相補的なマイナス鎖RNAがあります。相補的というのは、遺伝子は塩基からできています。例えば人間のDNAは二重鎖になっていますね。一本は父親からのDNAであり、もう一本は母親からのDNAですね。DNAは4種類の塩基から成り立っています。アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4つですが、1本のDNAのAは二重鎖になる一方の塩基は必ずTと繋がり、Gに対しては必ずCが繋がります。これを相補的といいます。ただRNAのときは4つの塩基は、DNAのチミン(T)がウラシル(U)に変わります。従ってプラス鎖の塩基の並びがAUGCであるときに、相補的なマイナス鎖RNAの塩基の並びはときにはそれが二重鎖になるときに、必ずUACGになる関係を相補的といいます。コロナウイルスはプラス鎖のRNAなので、RNAが細胞質に入るとすぐに宿主細胞(感染細胞)のタンパク質合成システムを最大限に利用して、タンパク質の合成(翻訳)にとりかかるのです。③で作られるのが、まずRNAの複製に必要なタンパク質が数珠繋ぎになったポリタンパク質なのです。③から④の間にポリタンパク質が存在していますね。このポリタンパク質のポリというのは「多くの」という意味ですから、実は合計16種類もの多くのタンパク質が繋がっているのですが、そのままでは機能できないため、ポリタンパク質を16種類のタンパク質に切り離す必要があります。このポリタンパク質自身を正しく切り離すハサミの役割を果たすのはコロナウイルス自身が持っている2つの酵素であります。ひとつは3CLプロテアーゼであり、もうひとつパパイン様プロテアーゼの2つのプロテアーゼであります。
④は、この2つのハサミである3CLプロテアーゼとパパイン様プロテアーゼでポリタンパク質を切断し、16種類のNSP(英語でnonstructural protein、日本語で非構造タンパク質)のタンパク質を自分のRNA複製のために作るのです。
⑤の説明をしましょう。先ほど述べたように、人間はDNAを鋳型にしてmRNAに転写し、さらにそれを翻訳してタンパク質を作りますが、コロナウイルスはRNAを鋳型にして、mRNAを作らなくても宿主細胞中でタンパク質に翻訳できるのです。なぜならばプラス鎖RNAウイルスのゲノムは同時にそのままで伝令RNA(mRNA)としても働き、自分と全く同じRNAを合成することができるのです。しかしながら直接RNAを合成するといっても、全く同じ自分のRNAを作るのではなくて、まずプラス鎖のRNAから様々な長さのサブゲノムと呼ばれるRNAを作ります。
⑥は、このサブゲノムRNAを鋳型にして、プラス鎖のRNAを作るときに、このプラス鎖RNAを遺伝情報として用いて、様々なタンパク質を作るのです。このタンパク質がスパイクやエンベロープやメンブレンやヌクレオカプシドなどのRNA以外の殻の成分となるのです。
⑦は、マイナス鎖を鋳型にして、次世代のプラス鎖RNAを合成するのですが、コロナウイルスはプラス鎖の一本鎖RNAがゲノムでありますが、マイナス鎖RNAを持っていることを不思議に思いませんか?それについて説明しましょう。コロナウイルスはプラス鎖の一本鎖RNAをゲノムとして持つため、感染細胞の細胞質でそのままmRNAとして機能することは既に述べました。コロナウイルスのRNAは感染細胞が持っているリボソームに結合して、RNA合成酵素を含むウイルスのタンパク質を作ります。ところがコロナウイルスのRNAが持っている合成酵素はウイルスのゲノムのRNAの配列以外は複製しないのです。つまりRNAの配列以外のタンパク質の暗号はウイルスのゲノムRNAを鋳型にして、マイナス鎖のRNAとしてまず複製します。複製されたRNAの配列に対する相補的なマイナス鎖ウイルスゲノムRNAから遺伝子ごとにひとつずつプラス鎖RNAが合成され、それらが感染細胞のリボソームに結合し、それぞれからウイルスタンパク質が作られるのです。さらにまたマイナス鎖ゲノムから、ウイルスを構成する元のプラス鎖ゲノムが全体として複製されるのです。ちょっと難しいですが何回か読み返してください。上の絵図の⑤をしっかり見てもらいたいのです。⑤の「ウイルス独自のRNA合成システム」の絵は、水色の短い遺伝子と黒の長い遺伝子の2種類のRNAが作られていますね。⑤の黒は、コロナウイルスのRNAが持っている合成酵素はウイルスのゲノムのRNAの配列だけを複製しているだけです。つまり自分のRNAの配列全体をそのままストレートにプラス鎖のRNAとして複製しているだけです。ところが、⑤の水色はRNAの配列以外のタンパク質の暗号はプラス鎖で作り上げたコロナウイルスのゲノムRNAを鋳型にして、まず⑤から⑥にいく経路でマイナス鎖の長さの異なるサブゲノムRNAを作ると同時に、⑤から⑦にいく経路でマイナス鎖を鋳型に次世代のプラス鎖RNAを合成しているのです。
本来ゲノムはRNAとDNAしかないのにもかかわらず、なぜサブゲノムRNAという言い方をするのでしょうか?サブというのは、「下位の」とか「亜型の」という意味がありますが、タンパクを作る遺伝子の設計図であるのでゲノムRNAであることは間違いないのですが、コロナウイルスの元のゲノムRNAでない上に、プラス鎖RNAでもないので「マイナス鎖の長さの異なるサブゲノムRNA」という表現になったのです。
確かにコロナウイルスがプラス鎖をRNAと言えるのは、コロナウイルスのRNAが持っている合成酵素はウイルスのゲノムのRNAの配列だけを複製していることは確かであるからです。その後でマイナス鎖を作って⑤から⑥にいく経路と⑤から⑦にいく経路は従属的な経路ですから、コロナウイルスはマイナス鎖RNAウイルスと言う必要はないのです。いずれにしろ、こんな複雑なプラス鎖RNAであるコロナウイルスの複製が生まれたのも38億年の進化の不思議という言い方しかできないのです。
⑧は、⑥でウイルスの殻を構成する様々なタンパク質を小胞体の膜の上で集め、ウイルスのエンベロープ、スパイク、メンブレン、ヌクレオカプシドなどの殻を形成し始めます。
⑨は、⑦でウイルスの遺伝子である合成したプラス鎖RNAを殻の中に取り込みます。
10は、膜がくびれた分泌小胞の中にウイルス粒子(ビリオン)が生み出されます。
11で、ビリオンが細胞の外へ放出され、新たなる細胞に同じようにコロナウイルスが侵入し、さらに増殖を繰り返して、最後は肺胞の1型肺細胞まで感染が起こると肺炎で死ぬことがあるのです。
さぁ、ここで、コロナウイルスに乗っ取られた宿主細胞の様々な機構をRNAウイルスであるコロナウイルスはどのように利用するのかを詳しく説明しましょう。(+)ssRNAウイルスであるコロナウイルスは、ゲノムと伝令RNAの両方として働く遺伝物質を持ち、宿主細胞中で宿主リボソームを利用し、直接タンパク質に翻訳されます。感染後に最初に発現するタンパク質はゲノム複製に関わり、感染細胞内膜と(+)ssRNAウイルスゲノムが合わさってウイルス複製複合体(viral replication complex、略してVRC)を形成します。VRCは、ウイルス由来と宿主由来の両方のタンパク質を含み、また粗面小胞体の他、ミトコンドリア、液胞、ゴルジ体、細胞膜、オートファゴソーム等に由来する様々な細胞小器官の膜と結合しています。多くの場合、複製の際にサブゲノムmRNAも作られます。コロナウイルスでは、細胞性mRNAの翻訳を開始するのに必要な構成要素がウイルスのプロテアーゼによって分解されるため、感染細胞の宿主の通常のタンパク質合成はさらに低下します。全ての(+)ssRNAウイルスゲノムは、RNA鋳型からRNAを合成するRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)をコードしています。 (+)ssRNAウイルスが複製の際に必要とする宿主タンパク質にはRNA結合タンパク質、シャペロン、膜再構築タンパク質、脂質合成タンパク質等があり、細胞の分泌経路がウイルス複製のために利用されるのです。
少なくとも2つのコロナウイルスゲノムが同一の宿主細胞に存在するとき、多くの(+)ssRNAウイルスで遺伝的組換えが起こります。RNAの組換えは、コロナウイルス科におけるゲノム構造の決定とウイルスの進化過程の主要な駆動力となってきました。SARSは組換えが起こって生じたと考えられます。RNAウイルスの組換えはゲノムの損傷に対処するための適応であると考えられます。組換えは同一種の異なる系統の(+)ssRNAウイルス間でも稀に起こります。その結果生じた組換えウイルスは、SARSやMERSのように、時としてヒトでの感染のアウトブレイクを引き起こす可能性があります。(+)ssRNAウイルスのゲノムは、RNA依存性RNAポリメラーゼ、英語でRNA-dependent RNA polymerase、略してRdRPを含めて、通常3個から10個の比較的少数の遺伝子を含みます。コロナウイルスのゲノムサイズはウイルスの中でも最大で、32kb長と既知のRNAゲノムで最も大きく、他のRNAウイルスが持たないエキソリボヌクレアーゼ等の複製校正機構を持つと言われています。
ワクチンが出来ないヘルペスウイルスのライフサイクルとヘルペスウイルスのビリオンの絵図を書き添えておきます。コロナウイルスのライフサイクルとビリオンと見比べてください。
今日はここまでです。2020/05/14