潰瘍性大腸炎・クローン病 症例報告

潰瘍性大腸炎やクローン病完治の症例報告Part71(コメントなし)更新2022.12.6

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症例報告169例目

完治された病名1)クローン病

患者:18

当時小学3年生だった患者さんは全く経験のない野球を習い始めました。しかし他の子との差が激しく、1日でも早くみんなに追いつくために、朝5時から一人で起きて壁当てをしたり、靴に穴が開くまで素振りをしたりして練習をしました。その必死な姿にご両親はとても心配されました。「もう程々にしたら?」「あまり練習のし過ぎも良くないんじゃない?」ご両親の口癖になるほどだったそうです。努力した結果、誰が見ても日々上達している様子が一目瞭然でした。そして息子さんが中学に入ると学校の部活だけでなく、地域のクラブチーム(硬式野球)へ所属し、更に厳しい環境・更に上を目指した野球をするため自分自身を追い詰めていきました。

息子さんは真面目で良い子過ぎるあまりに頑張り過ぎてしまったのでしょう。知らず知らずのうちにストレスを溜め込み、ステロイドホルモンを放出し続け免疫を抑制していたのです。

2011年10月(当時13歳中学2年生)お尻にしこりがあることに違和感を覚え始めました。

そして38度の発熱とお尻の激痛を訴えるのですぐに近所の肛門科へ受診されました。診断の結果、痔瘻であることがわかり手術を受けるように言われ紹介先の病院ですぐに手術をしてもらいました。この時、母親が原因を医師に聞くと赤ちゃんの時に下痢が酷くて良くオムツかぶれをしていたか、それ以外だと普通なら入らない菌が入り込んでしまい運が悪かったのだと言われたそうです。ちなみに息子さんが赤ちゃんだった頃は便秘ぎみだったそうです。

その後も定期的に病院へ通い痔ろうの説明をうけ、膿を取ってからは特に痛みもなく傷口も徐々に良くなっていきました。しかし色々なタイプの痔がある中で痔ろうだけは薬で治すことが出来ず膿を取る為の手術が必要になる事、そして菌の入り口を塞ぐ為に根治手術が必要である事を聞かされました。そしてもう一つ気になるのが、クローン病の疑いがあると言われたことでした。この時はまだ痔ろう以外の症状は特にありませんでしたが、年齢がクローン病発症年齢に当てはまっていたので、大腸内視鏡検査・細胞の顕微鏡検査を受けましたが異常は見つかりませんでした。

クローン病ではなかったので冬休みを利用して根治手術をする事となりました。しかし手術前日の検査入院の時にまた少し膿が溜まっており、血液検査の結果でCRPが2,20と高かった事により、根治手術は見送りになってしまいました。万が一クローン病であった場合に手術を行ってしまうと返って酷い状態に陥ってしまうと言われ、その為、今回は菌が溜まらないようにお尻に穴を開けてヒモを通すというシートン法の処置へと変更になりました。これでしばらく様子を見て、クローン病の疑いが無くなれば次は夏休みを利用して根治手術をする事に決めました。

お尻に穴が開いていてヒモが通っている為に、膿や分泌物が穴から出てしまいパンツがどうしても濡れてしまいました。ヒモの結び目も動くと傷口にあたり痛みが走りました。こんな状態になって10日足らずで野球の冬合宿がありました。息子さんは絶対に行くと言って聞かず、また医者も痛くなければ行っても良いと言ってくれましたが、母親はやはり心配でした。

穴から出る汚れは酷いときでは3枚のパンツとユニフォームまで付いてしまいます。不便な状態でも息子さんは誰に当たるわけでも無く文句一つ言わなかったそうです。野球が大好きであることと、レギュラー目指して試合に出る目標があったからこその頑張りでした。そしてその後は特に膿が溜まることもなく、何度か試合にも出られるようになりました。

2012年7月(14歳中学3年生)また痔ろうの痛みが襲いかかりました。ヒモを通している所とは違うところで痔ろう発生。これで膿を取る手術は3回目になってしまいました。穴ももう一つあいてしまいヒモは全部で3本になってしまいました。顕微鏡検査の結果はやはり白でしたが、お尻の傷の状態から見て典型的なクローン病だと診断をされてしまいました。2日後には大事な最後の大会、エース番号を背負った最後の晴れ舞台が待っていました。しかし今回ばかりは試合に出ることも、応援へ行くことも諦めるように医師から言われ、息子さんも大会開催場所がとても遠いことと、本当に痛みに耐えることが出来ない状態だった為、素直に医師の指示に従いました。

クローン病の治療の為、肛門科の関連クリニックでメサラジン・シプロキサン・リンデロン坐薬を処方されました。飲んだその日にすぐに下痢になり、処方された2週間分だけ飲んでそれ以降は飲みませんでした。患者さんもご両親も本当に患者さんがクローン病なのか信用していませんでした。インターネットでクローン病について調べると、調べれば調べるほど、薬の怖さ、副作用の怖さ、薬を一生飲み続けても決して完治はしない事。出来ることなら薬を飲むのをやめたいと思っている人が居る事も知りました。そこで検索内容を「クローン病・完治」のキーワードで検索したところ、松本漢方クリニックのホームページに繋がったのです。父親は私の理論や当時掲載されていた闘病体験手記だけでなく、私を批判する人たちの意見など色々な情報を探し出して熟読されました。そして母親も私の理論に納得し松本漢方クリニックでの治療を受けることに決めました。

松本漢方クリニックで治療することを父方の祖父母、母方の祖父母ともに理解と賛成をもらい、父親と父方の祖父、患者さんの3人で松本漢方クリニックへ受診されました。今までの血液検査の結果と、痔ろうの様子、そして野球をやっている事を聴きました。今までの血液検査結果は間違いなく増悪していました。私は真面目に一生懸命に野球をやりすぎてストレスになっていること、ストレスによってステロイドホルモンを出し続ける心の持ち方や生活の仕方を変えないと免疫を抑制されて病気が治らないことを説明しました。オーバーワーク・オーバースタディ・睡眠不足・不規則な生活を続けて頑張り過ぎてはダメです!病気を治すのは医者でも漢方でもなく、患者さん自身の免疫力と心の持ち方で治すのです!!野球を続ける限りストレスが取れないので、野球をやめなきゃいけないと非情な知らせを患者さんに言いました。ですがこの世に治らない病気はないのです!「絶対治してあげるよ!」と言って父親と息子さんに力強く握手をしました。

遠方の為、2週間に1回の電話による診察を行いました。漢方薬を30分煮出したものを食前・食後の2種類(1日3回)・お灸8箇所(3セット)・傷口の消毒、これを全て毎日、そして週に2・3回薬草を煮出した漢方風呂に1時間以上入ってもらいました。苦い漢方煎じ薬を鼻をつまんで飲み、その後すぐジュースで味を誤魔化して服用を続けました「俺なら絶対治せる!!」と言って毎日のお灸にも耐えてきました。患者さんが治療に意欲的だったのは、3ヶ月で治して野球推薦で高校に行くことを目標にしてきたからです。その目標があったため、あまり悲観的になることなく、とにかく治す事に意欲的だったのです。しかし野球をやめなければ病気が治らないことを何度も説得されてきました。クローン病が10万人に一人の難病であること。今は下痢・腹痛の症状がなくてもいずれ現れるかもしれないこと。痔ろうをこじらせると癌化・人工肛門の恐れもあること。クローン病患者は普通に生活を送ることがどれだけ大変か、普通でいられる事がどれだけ幸せな事か。何度も何度もご両親と話をしてきましたが、患者さんは希望の高校へ行って野球をやることを諦めようとはしませんでした。患者さんにとって野球をやらない事の方がものすごいストレスだったのです。ご両親も本当は野球を諦めさせることが苦痛でしたが、何度も息子さんに病気のことを説明して野球をやめるように言い続けました。

その後の体調ですが、CRP3.65(H23・10月痔ろう発生時)→2.30(H24・8月当院の初受診)→1.11(H24・9月当院2回目の受診)→0.82(H24・10月)と、順調に数値が下がって行きました。下痢は相変わらずほとんどありません。食べ物は毎日何を食べたか記録をして体に合わない物を調べていったそうで、この頃は特に問題なく食べられていました。体重も少しずつ増えていき、当時身長176センチ・体重66キロになりました。傷口の方は、治療後1ヶ月弱の時に一度、膿の量が増えてきて匂いも周囲の人に気付くくらい不快な匂いがありました。母親は学校でいじめられないかとても心配されました。制服のズボンも毎日洗ってあげていました。担任の先生にも常に色々な事を相談にのってもらい情報共有をしていました。そのお蔭か息子さんの学校での生活も色々と気に掛けてもらい、心配するような事は特に何も無く毎日元気に過ごせたとのことです。そして気づくと匂いがあまり気にならなくなり、パンツの汚れも随分変わってきました。その頃では制服のズボンは週末に一回洗ってあげている程度に減りました。

治療を始めて約1ヶ月経ち、お尻の糸を取って貰うように言いました。患者さんたちは今まで通っていた大腸肛門科にて相談されました。大腸肛門科の医師からは、本当はもっと痛みがなくなってからの方が良い。糸を抜いてしまうとまた膿が溜まるリスクが高く、また最初からやり直しになると言われたものの、お尻の糸を1本抜いてもらえました。そして医師は「また痛くなったらいつでもすぐに来なさい。お尻の様子はこっちでちゃんと見てあげるからね」と言ってもらえたそうです。肛門科の先生がクローン病の治療を関連クリニックで行わないで、漢方でやっている事に理解をしてもらえて、その後の対応も変わらず診断を受けられることは非常に稀なことでした。なので、クローン病の治療は松本漢方クリニックで受け、痔ろうの様子は横浜の大腸肛門科で受診されました。

その後、糸を取ってからちょうど1ヶ月後に37.4度の熱を出しましたが、風邪と言うわけでも無く元気な様子だったので様子を見るように指示しました。また少しだけ足の所にカサカサした感じが出てきて痒みも多少起こりました。また頭からフケが良く出てしょっちゅう頭を掻いていました。免疫が上がってIgEにより異物の入ったフケを体外へ出していたのです。一時期、おならの匂いがとても臭い時もありましたが、しばらくして気にならない程度に変わりました。そして約2ヶ月後に2本目の糸も取ってもらいました。

その後も特に問題は無く息子さんはどんどん良くなっていきました。しかし約3ヶ月目(2012年11月)の血液検査の結果がCRP2.20に少し戻ってしまいました。糸を全部取ってもらってから20日ほど経ったので肛門科を受診されました。すると少し膿が溜まっていました。今すぐ手術をして膿を取り除くと言う程ではなかったものの、本当なら又糸を入れた方がよいと言われたそうです。母親は説明を聞いて不安になりました。

患者さんが、膿が少し溜まっているところを触ると痛みもあると言うのでまた糸を2本入れる事にされました。処置の後に大腸肛門科の医師から、当時開いていた3つの穴の部分の皮膚(約10×5cm)を切除し、約1~3週間で新しい皮膚が再生させます。これによって以前より糸を短くすることができ、患者本人への負担が減るはずだと切開開放術を勧められました。一旦持ち帰って検討すると言い、家族や私に相談して納得の上で手術を断ることにされました。手術をしなくても余計な糸を取ってしまえばちゃんと穴は塞がるのです。ちゃんと入り口と出口の両方とも塞がるのです。

2012年12月、血液検査の結果はCRP0.58と今までで一番下がりました。その結果を持って手術を断る為にまた大腸肛門科へ診察に行きました。すると心配されていた空洞が狭くなってきていて良好な状態になってきていました。血液検査の結果も合わせた結果、手術はせずにこのまま様子をみて、更に良くなっていけば糸を1本ずつ外すことになりました。

さて、ストレスの原因である野球の件ですが、患者さん本人の意思は硬く、野球を諦めさせることはどうしてもできませんでした。高校の野球推薦の件も、難病であることを監督に説明された際に推薦を取り消しなるかと思われましたが、監督も推薦先の学校の校長も病気のことに理解してもらえたことによって推薦取り消しということにはなりませんでした。しかし本人にとって推薦先に進学することが本当に良いのか、よく考えるようにギリギリまで選択できる時間までもらえたそうです。何度も何度も家族で話し合いをして本当に野球を続けていくのか、そもそも本当にできるのかどうか真剣に話し合いました。結果、本当にダメな時は息子さんの説得をすると言っていただけた監督の親身な対応に押され、推薦を受けることにされました。

息子さんがここまでの強い意志を持っていることを知った私は野球を続けても良いと言いました。ただしストレスを感じると病気がいつまでも治らないので、将来は絶対にプロ野球選手になる!とか、絶対にエースを取る!と言う気持を持つのでは無く、自分の才能をどんどん伸ばす事に喜びや楽しみを感じながらやれば大丈夫だと伝えました。私が「野球を諦めないと病気は治らない」と言っていたので、治療を断られてしまうのではないかとご家族は心配されていたそうです。

そして強豪校へ入学し、毎日の野球の練習は想像以上にとても厳しいものでした。朝は4時に起きて始発で学校へ行き、帰りも夜の11時過ぎになりました。当然漢方風呂に入る時間も無くお灸をする余裕もありませんでした。漢方だけは何とか飲み続けましたが疲れてすぐに寝てしまう事もありました。食事面では体重増加にも厳しく指導されプロテインも取り入れていました。睡眠不足や疲労の蓄積はありましたが、お腹が痛いとか、下痢をすると言う事もなく、痔瘻の方も落ち着いた状態を保てていたので練習内容や食事面、全てにおいてみんなと同じ取り組みをすることができ、体重も一年で10キロも増加しました。身長180センチ体重75キロの申し分の無い体格になりました。

ピッチャーとしての腕前も頭角を現し、1年生の秋から硬式戦のメンバーとして背番号を貰うことが出来ました。冬の厳しいトレーニングも何とか無事に乗り越え、2年生になると甲子園出場をかけた夏の大会のメンバーに入るためにより必死に練習に励みました。怪我をしたり、体調が悪くてもそれを隠す為にギリギリまで我慢をしていたり、病院へ行く時間も無ければ、休む暇もありませんでした。そんな厳しい世界の中で息子さんは2年生の夏の大会でもメンバーに入る事が出来ました。しかし無理をしてきた付けがここにやってきたのか、2年生秋の大会メンバー発表の前日に体調が急展開してしまいました。

その日は野球の練習がたまたま無く、家でお好み焼きと鯛焼きを食べた後、急に激しい腹痛と嘔吐があり、掛かり付けの病院で診察してもらったところ急性胃腸炎と言われ、薬を飲みましたが全く効かず、お腹の痛みに耐えられない息子さんが「救急車を呼んで!」と言うのですぐに救急病院へ行きました。レントゲンの結果で腸閉塞と判明し、鼻から管を入れて中のものを取り除きました。その後、お腹の痛みはだいぶ楽にはなった様子でしたが、クローン病の持病がある事で、万が一手術が必要になったときに IBD の専門外来のある病院でないと手術が出来ない事を説明され、大学病院へ転院となりました。

食べる時にあまりよく噛まずに飲み込む癖があり、たまに吐いてしまう時があったそうですが、それ程気にもしていませんでした。息子さんのクローン病の症状は痔瘻しかなかったので、再発したり悪化するとしたら痔瘻という形でまた現れるのかなと思い込んでいたからです。ローン病である事すら忘れてしまいそうなくらい体調が良好でしたので、クローン病が小腸や大腸あらゆる消化器に炎症が生じる可能性があると言うことを、正直忘れていたとのことでした。しかし誰よりも驚き辛いのは息子さんでした。またもや大事な大会前日に入院になり、しかも今回の大会のエースナンバーは息子さんに任せるつもりでいたことを監督さんから告げられ、責任とショックで息子さんの精神状態は尋常ではありませんでした。

詳しい検査を進めていくと、回腸に狭窄があり手術は避けられないとのことです。すぐに松本漢方クリニックに報告の電話がかかりました。現状を確認した後に当院の治療を続けるのか聞いたところ、当院での治療も、野球も続けるときっぱり宣言されました!アハハ!しかし、今までのかかりつけの病院とは違い、大学病院の医師相手に説得は難しいと心配しましたが「大丈夫です。ちゃんと理解して貰えるまで頑張ります!」とここでもはっきり言われ、私もそれに答えるためにこれからもちゃんと当院で面倒見ることと、困ったことがあったらいつでも電話してくるように言い、野球もこれからは無理しすぎないようにして少しにするように忠告しました。最後に、手術も切らないといけない状態なら切って貰った方がいいと伝え、また中心静脈栄養法をやって貰うことや、受け身の治療にならないようにアドバイスをして安心させました。

その後、手術を行い、回腸を30センチ切除されました。大学病院の医師から、狭窄の部分以外は特に問題はなかったそうですが、術後の痛みが女性の出産もしくはそれ以上だったり、100万円払ってもいいから痛みを取ってくれ!と言いたくなるほどの痛みだと言われました。息子さんの痛がりようは見ていられないくらい辛そうだったそうです。そして痛みがあっても腸の癒着を防ぐ為や、早く元の状態に戻す為に歩かなくてはいけないので、手術の翌日には病室とナースステーションの周りを2周歩き、二日後には9周、三日後には56周も歩かれました。普通は三日目でも頑張って9周位歩いた人が今までの最高だったらしいのですが、主治医も看護師も56周にはとても驚いていました。五日目からやっと水が飲めるようになり、6日目からエレンタールが始まりました。約一ヶ月の入院生活を送り、体重は10キロも減ってしまいました。退院時に今後の治療方法についての話し合いになり、色々本当に大変だったと思いますが松本漢方クリニックの漢方をベースに後はエレンタールと食事療法でしばらく様子を見るというかたちで、今後も定期診断とエレンタールの処方だけしてもらえる事になりました。患者さんもそのご家族も本当にすごいです!!

退院して約10日後に海外への修学旅行がありました。しかし、息子さんはみんなが修学旅行に行っている間に一人でグランドに行って少しでも早く体力を戻したい!という選択をされました。10キロも体重が減り筋肉も落ちた状態だったので復帰後のトレーニングは初歩的な事から徐々に練習量を上げて行くように十分気をつけるようにし、体重の方も少しずつ戻していくようにされました。そして厳しい冬トレが終わり、暖かくなりピッチング練習もやり始めるようになり練習試合にも出られるまでに回復してきました。しかしまたもやここで致命的とも言える程の肩の故障をしてしまいました。MRI を取り軟骨損傷と言う事がわかりました。

それを治すには手術という選択肢もったそうですが、手術をした場合はおそらく夏の大会には間に合わなくなるだろうと言われ、監督さんとも相談した結果、鳥取県にある有名なスポーツ医療施設へ10日間の集中治療&トレーニングへ行くことに決めました。主にマッサージと筋トレマシーンみたいな機械を動かして劇的に痛みが取れて、短いイニングだったら投げられるようになりました。こうして次から次へと起こる最悪な事態にも負けず、その時に出来る最善の努力を行い決して諦めること無く立ち向かいました。高校球児として一番の目標としていた3年生最後の夏の大会にも何とかメンバー入りすることが出来、マウンドへ立つ事が出来ました。甲子園の夢は叶いませんでしたが、神奈川県ベスト4という成績をみんなの力で勝ち取る事が出来ました。

夏の戦いの後の症状は、術前のようにまるで病気がないかような普通の生活に戻られました。食事も添加物の多いものは避けていましたが、から揚げ、先肉、カレーライスなど何でも食べていました。息子さんは一切弱音を吐かずに高校球児の野球人生を立派にやり遂げました。今度は毎日猛勉強をしています。今回もあまり無理しすぎないように、頑張りすぎないようにして勉強も野球と同じくらいとは言いませんが、ほどほどに頑張ってくれたら幸いです。

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