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気管支喘息完治の症例集Part1 更新2021.11.12

投稿日:2021年11月7日 更新日:

症例報告1例目

病名:花粉症、気管支喘息

職場の喫煙所によって喘息になり、当院を受診されて完治されました。

患者:当時48歳、女性、会社員

1996年、突然花粉症のような症状になり、しばらくすると治まることが2年続きました。しかし、花粉症の症状が治ったのではなく、他の医者からもらった免疫抑制剤で一時的に治ったように見えただけで、逆に免疫抑制剤で抑えられてきたIgE抗体自身は免疫が上昇し始めると徐々に上昇し、さらに大きなアレルギー反応を起こす準備をしているだけなのです。

花粉症という病名は花粉に対する侮辱です。正しい病名は花粉に付着した自動車排気ガス病と言い換えるべきなのです。

次の年では花粉症の症状が出ませんでしたが、11月頃に風邪のような症状が現れ、あまりにも長引いたために近所の病院で検査をされましたが、肺は綺麗な状態で肺炎でも結核でもないと言われ、結局、スギ花粉やハウスダストや色々なものに反応する喘息という診断を受け、喘息の薬を処方されました。後に詳しく話を聞いたところ、患者さんの職場の席の近くに喫煙所があり絶えずタバコによる汚染物質にさらされ続けられていたそうです。ちなみに患者さんとそのご家族には喫煙者はいませんでした。つまり、大気中にあるタバコによる汚染物質や化学物質を気管支から体内へ取り込んでしまい、正常な免疫の働きによりIgE抗体が大量に作られ汚染物質や化学物質を体内から排除しようとし、さらに最後は気管支を収縮させて汚染物質や化学物質を人体に入れないようにし、呼吸困難の症状が出てしまったのでしょう。

突然発症した花粉症の症状を他の病院からもらった免疫抑制剤で一時的に見かけ上、良くしても、免疫抑制剤の効果が切れれば今まで抑えられていたIgE抗体が一気に産生と活性化をし、さらに大きなアレルギーを引き起こしてしまうだけなのです。その証拠に、患者さんが当院に受診する8ヶ月前までは、呼吸が苦しく、仕事の疲れもあり、何日も寝込んで会社を休まれていました。

鼻炎が鼻の粘膜に侵入しようとすると異物を吐き出すためにくしゃみや鼻水や鼻づまりを起こすように、喘息は気管支に侵入した異物を排除するために起こる症状です。しかし、鼻炎の場合は鼻呼吸ができなくても口呼吸ができるので死ぬことはありませんが、喘息の場合は約3分以上息ができなければ死んでしまいます。このために何年か前までは日本で毎年7,000人の喘息患者が亡くなり、2019年時点では日本で約1500人、世界中で約25万人の喘息患者が亡くなっています。従って、いかに免疫を抑制せずに気管支を開いてあげるかが問題になります。ところが現代医学に両方同時にすることはできません。しかし、漢方煎じ薬はそれが可能です。最後に自然後天的免疫寛容を起こすと個々のIgE抗体も下がっていき、全てのアレルギーと縁を切ることができるのです。

喘息で苦しんでいる患者さんに患者さんの母親の知人の紹介により1999年11月に当院を受診されました。喘息に効く漢方を処方し、お茶のように1日に何回も飲むように指示しました。喘息の人は気管支での炎症産物を痰で吐き出すために水分がたくさん必要です。漢方煎じ薬を2番煎じ、3番煎じとドンドン飲めば残りの成分が摂取されると共に、水分も取り込めるので痰も出やすくなりより免疫が上がり治りが早くなります。

当院での処方:漢方煎じ薬。

患者さんは漢方煎じ薬を飲み始めた頃はよく咳をし、食後すぐに飲んだ時は吐いてしまうこともあったそうです。寝る時もよく咳をし、呼吸が上手くできるか不安な時もありましたが、咳をして痰やツバを飲み込まずに出し切ると胸が楽なりました。IgE抗体と結びついた化学物質を痰やツバで体内から排除しようとし、痰やツバを出し切ったことで胸が楽になったのでしょう。受診してから2週間後には咳が治まり、夜の寝る前と朝の通勤電車の中だけよく咳が出るようになられました。そのまま漢方煎じ薬を続けてもらい、朝の通勤前にも漢方煎じ薬を飲むように指示しました。1か月も経つと、朝の電車の中での咳もほとんど出なくなり、ほとんど咳も出なくなり完治され、もう通っておられません。

アレルギー性気管支喘息は、気管支という極めて限られた狭い場所がアレルギー反応を起こすため、リバウンド症状というのはほとんどの場合は見られません。しかし、強力なステロイド剤を長期に服用されてきた場合は、急に服用を止めてしまうとリバウンドが出ることがあるため、漢方煎じ薬を飲みながら徐々に強力なステロイド剤を減らすことができます。漢方煎じ薬の方がステロイド剤よりも気管支を拡張したり、気管支の炎症を除去したりする力がはるかに強いからであります。

症例報告2例目

病名:気管支喘息

小学生の頃からステロイド剤を使用し、中学生から当院を受診されました。

患者:当時17歳、男性、学生

患者さんは3歳頃から風邪をよく引き、小学校を上がる頃には鼻水や鼻づまりの症状が出始め、近所の小児科や耳鼻科を受診しステロイド剤や抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤などの免疫抑制剤を服用されていました。徐々に免疫抑制剤が多くなるに連れて、結果、小学3年生の時に喘息と初めて診断されました。抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤などの免疫抑制剤を数種類処方され、吸入タイプのものを1日1回、咳が出た場合は1日2回服用するように言われ、真面目に服用し続けておられました。しかし、患者さんの母親はこのままずっとステロイド剤を使い続けなければならないのかと不安に思いました。

前医の処方:ステロイド剤や抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤などの免疫抑制剤を数種類、吸入薬。

息子さんが小学5年生の時、別の病気を発症し通学も通院も困難になり、アレルギーの薬をもらわないことが多くなったそうです。しかし吸入薬はもらっていました。すると患者さんのお母さんはこれを機に、噂で漢方薬がよく効くと聞き、試しに漢方の錠剤や散剤を飲ませてみました。しかし、咳が出た時には漢方薬だけでは止まらず、吸入薬と一緒に服用されていました。息子さんが小学6年生になった頃、別の病気が回復し学校にも通えるようになった頃、薬局の薬剤師にステロイドは良くないからやめた方がいいと聞き、以前からステロイドをやめたいと思っておられたので今まで服用されていた薬を全てやめ、喘息が起きればステロイドではない錠剤をもらい、放置を続けていましたがやはり息ができずしんどいために息子さんはステロイドが欲しいと言いました。お母さんが病院を探している中、以前からアレルギー科の看板がある当院を知っていたため、息子さんを連れて受診されました。

当院のことを良く調べずに来院されたため、医院の入り口にステロイドは出さないと書かれた張り紙、医院の中から漢方の強烈な匂い、奥の診察室から私の大きな声が聞こえ、お母さんと息子さんは普通の病院でないことに戸惑い、別の病院へ行こうかと思われましたが、直感で当院に受診することを決めたそうです。何の下調べもせずにいきなり当院を受診したため、最初は怒鳴ってしまいましたが、どの患者さんにも伝えますが必ず治してあげる伝え握手をし、喘息に効く漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤を処方しました。抗ヘルペス剤を処方したのはステロイドの吸入薬をかなり用いたことが明らかであり機関誌の粘膜細胞にヘルペスが感染していることが分かっていたからです。このヘルペスが増殖しないようにしておかないと気管支の粘膜にヘルペス性気管支炎が起こるからです。

漢方煎じ薬は独特な苦味がありますから慣れるのに時間がかかったそうです。漢方煎じ薬を飲み始めて何日かすると今まで止まらなかった咳が次第に止まっていきました。そして喘息は出なくなり、風邪もひきにくくなり、学校も休まずに通えるまでに回復されました。息子さんも確実に免疫が上がってきていると実感していると言われました。今では当院に来て本当に良かったと心の底から思っていますと親子そろって言われ、完治されたため現在は通われていません。喘息漢方煎じ薬を飲み続けるとは出なくなり、風邪もひきにくくなるのは漢方の喘息用の処方と風邪の処方は共通の生薬が使われていますので当然のことなのです。

症例報告3例目

病名:アトピー性皮膚炎、のちに気管支喘息も発症(アトピー性皮膚炎も、気管支喘息も原因は同じ化学物質ですが戦う人体の部位が異なるだけです。)

産まれてすぐにアトピーを発症、のちに喘息も起こし、母親が心身ともに限界だった時に当院を見つけ受診され、今では喘息の発作はほとんど起こらなくなりました。

患者:当時2歳、男性

 産まれてすぐにアトピーを発症したのは母乳に含まれているアレルゲンである化学物質を皮膚から排除する戦いが生まれてすぐに始まったからです。

第一子の長女はアトピーの症状がありませんでしたが、第二子の長男は生後3ヶ月頃から口の横がただれ、近所の病院からもらった薬をつけて良くなったり、悪くなったりを繰り返していました。兄弟でアトピーが出る子供と出ない子供がいます。これは同じような教育を受けさせているにも関わらず、全ての子供が東大に行けるわけではないのと同じです。もっと詳しく説明すると遺伝子が作らせるアレルギーにかかわる関わるMHC-2という蛋白を作る遺伝子が異なるからです。アレルゲンと結びつきやすいMHC-2を作る遺伝子を持っている人はアレルゲンを認識しやすいのでアレルギーを起こしやすいのです。

1歳を過ぎた頃、体全体に急激に湿疹が増え、お母さんはわからないなりにアトピーの本を読み漁って情報を集め、人に教えてもらった入浴剤を入れてみたり、厳しい食事療法をしたり、アトピーに良いと言われることを片っ端から試されました。しかし、その効果は特に出ず、費用だけがかかってしまいました。1歳頃から徐々に治まっていったそうですが、掻きむしった傷跡が痛々しくそのまま残ってしまったそうです。お母さんは長男が生まれる前から生産地や生産者がわかる無農薬野菜を食し、人一倍食品に気を使っていたために「何でアトピーになったんだろう。何が悪かったんだろう」と自問自答を繰り返し、自分自身を責め、何度も何度も涙されました。実際に日本において真実の無農薬野菜が存在するのかは極めて疑問です。しかもアトピーの治療のために無農薬野菜を食べるだけでは意味がないのです。

水や空気やお米には様々な農薬をはじめとする化学物質が充満しているからです。日本は世界有数の汚染大国です。従って日本を離れて完全に化学物質のないジャングルやアフリカやインドと言った後進国などで自給自足の生活をしない限りアレルゲンから逃げることはできないのです。それともこの汚染大国日本で一つ一つのアレルゲンに免役寛容を自分の免役に起こさせるしかありません。

長男のアトピーの経緯があったため、次男の妊娠中は特に気を付け、食べたいものを我慢し、魚や野菜や海藻を多く取り出産の日に備えられました。出産後、お母さんが次男の肌を見てアトピーを起こしそうな肌だと思っていると、悲しいことに予感は的中してしまいました。

生後2~3ヶ月頃から耳切れを起こし、顔にポツポツと湿疹が出てきたそうです。近くの薬局に行き、薬剤師からよく効きステロイドが入っていない薬と言われたため、安心して差し出された薬を使ってみると塗った翌日には肌がツルツルしており、後から薬にはステロイドが入っていることがわかりました。

なぜ医者はステロイドの入っている薬の中にステロイドは入っていないと噓をつくのでしょうか?ステロイドを出すのに罪の意識があるからでしょうか?それともステロイドを出さなければ飯が食えないからなのでしょうか?よく効く湿疹の薬には必ずステロイドが入っています。にもかかわらず、入っていないと言い切る嘘を薬局の薬剤師のみならず病院でも日常茶飯事に行われています。何故、医療の専門家が自分の出す薬に自身も持てないで医療の素人である患者さんに嘘をつくことが出来るのでしょうか?噓をつくのは医薬業界では許されているのでしょうか?私にはまったく理解できません。

市販の薬:ステロイド軟膏。

生後4ヶ月検診の時に医師からアトピー性皮膚炎と診断され、お母さんは大きなショックを受けました。先ほど説明したようにアトピー性皮膚炎もアレルギー性鼻炎も異物である化学物質を認識できる優れた遺伝子であるMHC-2というすぐれた遺伝子を持って生まれたという証拠なのです。何故ならば命を奪うような毒物になるような化学物質が人体に蓄積しないような自分の命を守る遺伝子を持っているのは喜ぶべきなのです。お母さんは高校時代にアレルギー性鼻炎と言われたことがあり、またお父さんも子供の頃に重篤な喘息により強力な免疫抑制剤の注射を何度も何度も受けたことがあったため、両親共々アレルギー体質では次男のアトピーは避けられないことだったのかと思い悲観的になってしまいました。

次男のアトピー症状は顔だけだったのがあっという間に全身に広がり、抱っこすると掻きまくるために血生臭いニオイをしていたそうです。生後6ヶ月からさらに悪化し、病院に受診しステロイド軟膏を何本か処方されましたが、ステロイドの恐ろしさを充分に知っていたために使いたくなかったそうです。ステロイドの以外の治療を探して、強酸性水という電気分解した特殊な水をかけて黄色ブドウ球菌を殺し、ただれた皮膚をさらに腐食させ、皮膚が剥がれる治療を試されてみたことがありました。しかし、フケのような皮膚が飛び散るだけで特に何の進展もなく、費用がかかる割には数か月経っても良くならなかったため、結局仕方なしにステロイド軟膏を使い始めてしまいました。この世の中に特殊な水は存在しないのです。水を電気分解してもH2OのH+イオンとOH-イオンがそれぞれ陰極と陽極に引き付けられているだけであって水そのものは何も変わっていないのです。さらに強酸性水は塩酸であり、塩酸を買ってきて少し水で薄めれば簡単に強酸性水を作ることができます。また、アトピー性皮膚炎の合併症を起こすブドウ球菌を殺すことはできますが、同時に皮膚の新陳代謝も遅らせ、皮膚の傷を深めることがしばしば起こします。したがって、軽度なアトピー性皮膚炎には有効ですが、重度でしかもステロイド皮膚症になっているアトピー性皮膚炎の患者さんには逆に有害となってしまうのです。

医者がまともな医療をしていないものですから無責任な素人療法に手を出してしまうのです。皮膚科医が、いや皮膚科学会がアトピーの治療はステロイドしかないと思い込んでいるからです。私の治療法を全世界の医者が真似てくれればすべてのアレルギーは治ってしまうのです。すべてのアレルギーは自分の免疫で自分の免疫細胞である制御T細胞(英語で regulatory T cell 略してT reg)に免疫寛容を自然に起こさせば治ります。T regを発見された阪大の坂口志文先生はその功績で文化勲章を授与されました。彼は制御T細胞(英語でregulatory T cell略してTreg)は自己免疫疾患を起こさないように自己に対して免疫寛容を起こしていると主張されていますが間違いです。そもそも自己免疫疾患は存在しないのですがTregは確かに存在しています。 regulatory T cell が免疫寛容を起こしているのは実は化学物質であるアレルゲンに対してであるのです。臨床家としての私の強みはアレルギーのみならずすべての自己免疫疾患を完治させている証拠を大量に持っていることです。その証拠が症例報告なのです。

治療:強酸性水

前医の処方:ステロイド軟膏。

次男が1歳の夏頃、夏になって皮膚の新陳代謝が亢進し皮膚の傷が治りやすくなったためかアトピーが徐々に良くなっていきました。夏の間はアトピーの症状が楽になります。逆に冬になると皮膚の新陳代謝が低下し、カサカサが酷くなりアトピーの症状が悪化してしまいます。ステロイドをすぐに止めて、このままアトピーが治まっていけばよかったのですが、秋頃になるとものすごいスピードでアトピーの症状が悪化してしまいました。ツルツルの肌は手の甲と足の裏だけという状態まで悪化し、またステロイドを塗り初めました。

ステロイド離脱する際に見られるリバウンドは一般的にはステロイドを使った回数だけ繰り返されます。しかもリバウンドは二つの敵との戦いであります。一つは化学物質であり二つ目はherpesであります。一つ目の化学物質は最後には免役寛容で戦いは終わりますが二つ目のherpesは終わりがありません。何故ならばherpesは殺しきれないウイルスである上に常在菌ではないので共存できないのです。共存しているようなそぶりを見せながら患者の免疫が落ちるのを細胞の中で遺伝子を環状状態で身を隠しながら虎視眈々と待っているのです。したがって最後の最後まで免役を落とさない限りはれながら遺伝子を環状状態、別名潜伏感染、別名エピソーム感染にしておけばherpesとの戦いによる症状は見られないのです。

環状感染、別名潜伏感染、別名エピソーム感染とはなんでしょうか?

ウイルス潜伏は、病原性ウイルスが細胞内で休眠 (潜伏) する能力であり、潜伏ウイルス感染症は、慢性ウイルス感染症とは区別される持続的なウイルス感染の一種であります。潜伏期とは、特定のウイルスの生活環(ライフサイクル)において、最初の感染の後、ウイルス粒子の増殖が停止する段階のことでありますが、増殖が停止しているだけでウイルスゲノムは根絶されていないのです。ウイルスは、宿主細胞が外部からの新しいウイルスに再感染することなく、宿主内に無期限に留まり、宿主の免疫が低下すると再活性化して大量のウイルス子孫 の生成を開始するのです。

エピソーム潜伏とは何でしょう?先ずエピソームとは何でしょうか? herpesウイルスは人間の細胞に感染して細胞に侵入したら、すぐに遺伝子を細胞質に放出します。細胞に気づかれないように自分の遺伝子の二重鎖直線のDNAを環状にして細胞に気づかれないようにします。このように自分のDNAを裸にしてむき出しにしてしまうと細胞の遺伝子にその裸のままの遺伝子を細胞の核のゲノムに入れ込むことがいつでも簡単にできる状態をエピソームと言い密かに隠れている状態でもあるのでエピソーム潜伏( episomal latency)といいます。この潜伏型では、ウイルス遺伝子は安定化され、細胞質または核内ラリアット構造(ウイルス遺伝子が投げ縄のように環状になること)の別個の物体として浮遊しています。Herpesウイルスはこの環状のラリアット構造になって細胞に気づかれないように隠れているのです。しかし細胞も手をこまねいているわけではありません。宿主である細胞もherpesの環状遺伝子を異物と認識されることもあるので宿主の遺伝子の働きで分解されることもあるのです。Herpesの環状遺伝子の最も安全な隠れ場所は宿主細胞のDNAに侵入して組み込まれてしまうことです。宿主細胞のDNAに侵入して組み込まれたherpesウイルスをプロウイルスといいます。しかしプロウイルスになったherpesウイルスはすぐに形質転換を起こすのではないので形質転換するまでをプロウイルス潜伏といいます。遺伝子とゲノムの違いは何でしょう?遺伝子とは一個のたんぱく質の情報を持っているDNAの一部分です。ゲノム(genome)は人間が持っている蛋白情報を含めたすべての遺伝情報です。

細胞の遺伝子に入り込む前の状態はエピソームの状態ですが、実際にこのエピソームの状態のherpesの遺伝子が、細胞のゲノムにも感染して細胞の遺伝子が異常になってしまうことを遺伝子変異(mutation)とか、遺伝子の形質転換といいます。こんな恐ろしいことを誰でもが罹ってしまうヘルペスが日常茶飯事にいとも簡単にやってしまう怖さが理解できますか?だからこそ不明な病気の原因はherpesではないかと考えるべきなのです。この真実を世界中の医者が誰一人口にしないことがもっと恐ろしいことだと思いませんか?例えば8種類のヘルペスウイルスのうち罹患していないherpesに女性が妊娠後に初感染のherpesに感染すると抗体ができていないので免疫の全くないで胎児に感染しやすく出産までに胎児の遺伝子が形質転換(変異)してしまうと先天性の脳障害や先天性の奇形を持った赤ちゃんが生まれるのもherpesウイルスが原因なのです。が世界中の医者は誰も警鐘を鳴らして最大の不幸をなくそうとしないのが不思議で不思議でなりません。妊娠前に8種類のヘルペスウイルスの抗体が作られているかを採決で簡単に調べられるのです。

Herpesは生まれてからの病気の難病のすべてはherpesが原因であるどころか先天性の遺伝子疾患も今説明したようにほとんどがherpesなのでもっと一つ一つ具体的に説明しましょう。ヘルペスウイルス科の8種類のヘルペスウイルスはすべて潜伏感染できます。ヘルペスウイルスには、水痘ウイルス(Vzv)および単純ヘルペスウイルス1,2 (HSV-1, HSV-2) が含まれ、これらはすべて、神経細胞においてエピソーム潜伏を確立し、herpesウイルスの遺伝子は元来、線状ですからは線状遺伝物質を細胞質中に浮遊させるか環状遺伝物質浮遊させを潜伏します。ガンマヘルペスウイルス亜科の、エプスタイン・バール・ウイルス(EBV)がB細胞などの、免疫系の細胞に感染するとエピソーム潜伏で隠れます。エプスタイン・バール・ウイルスは化学療法または放射線が原因で免疫が下がると元気になり再活性化して増殖をはじめ溶菌感染とか溶解感染と言われる細胞溶解を起こし細胞の機能が停止します。と同時に細胞が崩壊することがあります。単純ヘルペス (HSV) の場合、宿主細胞を破壊しない溶原感染(サイクル)になりますが、単純ヘルペスウイルス(HSV)は神経節の神経細胞など隠れている間に神経細胞のDNAと融合することがあります。HSVは、宿主の酸素や栄養が不足すると宿主のクロマチンがコンパクトになり、細胞に見つからない潜伏状態になります。宿主のストレスによって宿主の免疫が下がると宿主のクロマチンがわずかに緩むと宿主の遺伝子に侵入しやすくなるので再活性化しやすくなります。クロマチン ( chromatin )とは、人間の細胞である 真核細胞 内に存在する DNA と タンパク質 の複合体でありクロマチン( Chromatin) の機能は、DNA の配列と構成を保持しながら効率的に膨大な量のDNA と タンパク質 の複合体をクロマチンにして核に詰め込むことです。クロマチンは染色質とも呼ばれます。クロマチンは基本単位であるヌクレオソームから成り立っています。左にDNA二重らせんがヌクレオソームに巻かれ染色体が糸状になったクロマチン繊維から染色体になっていくプロセスを絵で示しました。

溶解感染と溶菌感染と溶原感染の主な違いについて述べます。それぞれ溶解サイクルと溶菌サイクルと溶原サイクルとも言いますが溶解感染と溶菌感染は同じことです。ヘルペスウイルスは、細胞に感染すると感染した宿主細胞内で隠れるか繁殖するかです。 元の一個のウイルスからの何千もの同一コピーが、異常な速度で宿主細胞の中で生成され繫殖する場合があります。 溶解感染と溶原感染は、ウイルス複製の2つのメカニズムであり、互換的に発生する可能性があります。 溶解サイクルと溶原サイクルの主な違いは、溶解サイクルが宿主細胞を破壊するのに対して、溶原サイクルは宿主細胞を破壊しないということです 。溶解サイクル のヘルペスウイルスは宿主細胞のDNAを破壊し、細胞の機能を停止します。 ただし、溶原性サイクルでは、ウイルスDNAが宿主DNAと融合する場合があります。

サイトメガロウイルス (CMV) は骨髄系前駆細胞に潜伏し、免役低下で再活性化し始め増殖します。免疫抑制敗血症などの重篤疾患 で強度の免役低下状態では、CMVの再活性化が起こることが多いのです。CMVの再活性化は、重度の潰瘍性大腸炎患者にもよく見られます。

エピソーム潜伏の利点は、ウイルスが核に入る必要がなく、したがって核ドメイン10 (nuclear domain略してND10)がその経路を介してインターフェロン-αやインターフェロン-βを活性化することを回避できることです。エピソーム潜伏中のherpesウイルスは、細胞質にエピソーム潜伏をし続けると、細胞が持っている酵素によってウイルス遺伝子が分解のされてしまう可能性が高まることです。

Herpesウイルスの再活性化は、ストレスや、強い紫外線(UV)などで患者の免疫が下がると起こります。プロウイルス潜伏とは何でしょうプロウイルスとは、宿主細胞のDNAに組み入れたherpesウイルスのゲノム(遺伝子)のことで。プロウイルスになったherpesウイルスにとっての利点は、宿主細胞自身の遺伝子が分裂する時にヘルペスウイルスの遺伝子の複製をもたらすこと、および細胞を殺さずに感染した細胞に組み込まれたプロウイルスになったherpesを除去することはほぼ不可能であるのでプロウイルスになった状態でherpesは永遠に生き続けられることです。

このヘルペスがプロウイルスになる不利な点は、核に入る必要があることです。それを可能にするウイルス自身のタンパク質のパッケージング(包装)が必要であるからです。しかし、宿主細胞のゲノムに組み込まれたウイルスは、細胞が生きている限りそこに留まることができることはすでに述べました。

ヘルペスウイルスの潜伏期間の維持はどのようにおこなわれるのでしょうか?プロウイルスとエピソームの両方の潜伏は、継続的な感染とウイルス遺伝子の永続性 を保つために必要となることがあります。潜伏は一般に、主に潜伏期に発現するウイルス遺伝子によって維持されます。これらの潜伏関連遺伝子の発現は、ウイルスゲノムが細胞の持つ酵素で消化されたり、細胞の免疫系によって発見されたりするのを防ぐように機能することができます。特定のウイルス遺伝子産物であるノンコーディングRNARNA転写物であるタンパク質なども細胞がアポトーシスしてしまうと自分も死んでしまうので細胞のアポトーシスを阻害するか、あるいは細胞の増殖および分裂を誘発して、感染した細胞の複製をより多く生成するときに同時に自分の遺伝子を複製できるようにするのです。ノンコーディングRNAとは、タンパク質に翻訳されるmRNA以外のRNAの総称です。このようなherpesの遺伝子産物の例は、単純ヘルペスウイルスの潜伏関連転写物 ( latency associated transcripts、LAT) があり、主要組織適合遺伝子複合体 (MHC) を含む多数の宿主因子を作らせないように制御し、更にアポトーシス経路を阻害することによってアポトーシスを妨害してしまうことによってherpesが細胞内で生き残り続けるための戦略で特に単純ヘルペスウイルスの感染が一番多くみられるのです。

因みに特定のタイプの潜伏期間は、内在性レトロウイルスに起因すると考えられています。内在性レトロウイルス ( Endogenous retrovirus, 略してERV) もしくは内因性レトロウイルスとは、ウイルス以外の生物の例えば人間の生殖細胞ゲノムの中に存在する様々なウイルスのゲノムによく似た塩基配列内在性ウイルス様配列)のうち、レトロウイルスによく似た配列をいいます。レトロウイルス感染が4000万年前までさかのぼると推定されている太古の昔に感染したレトロウイルスが、生殖細胞に入り、世代を超えて動物の体の中に組み込まれて内在化したレトロウイルスです。レトロウイルスは遺伝物質として RNA をもち,感染細胞(宿主細胞)内で逆転写によって DNA を合成するウイルスの総称で肉腫ウイルス・白血病ウイルス・乳癌ウイルスなどがレトロウイルスです。尚、逆転写酵素を持つものはRNAウイルスとは限らず、DNAウイルスであるB型肝炎ウイルス (HBV)が一例であり B型肝炎ウイルスは転写でプレゲノムRNAを生成したのちに逆転写によってDNAを合成しています。

過去にレトロウイルスに感染した生物のゲノムにレトロウイルスのゲノムが取り込まれ、それが子孫に受け継がれたものと考えられています。これらのウイルスは、遠い過去にヒトゲノムに組み込まれ、現在は生殖によって感染が継続されているのですが一般に、これらのタイプのウイルスは高度に進化し、多くの遺伝子産物の発現を失っています。これらのウイルスによって発現されるタンパク質の一部は、宿主細胞と共進化して、正常なプロセスで重要な役割を果たしているのです。ウイルス潜伏感染を続けると様々な派生症状がみられます。ウイルス潜伏は活発なウイルス排出を示さず、病理症状を引き起こさないが、ウイルスは患者の免疫を低下させる外部の活性化因子 (すなわち日光、ストレスなど) を介して再活性化し、急性感染を引き起こすことがある。一般に、生涯感染する単純ヘルペスウイルスの場合、単純ヘルペスウイルスが時折再活性化して口唇ヘルペスを引き起こす。その痛みは免疫システムによって速やかに解消されるが、時折、小さな不快感になることがあります。水痘帯状疱疹ウイルスの場合、最初の急性感染である水痘発症の後、ウイルスは帯状疱疹として再活性化されるまで休眠状態にあるがステロイドを長期に用いてやめたときに帯状疱疹が必ずでます。潜伏感染のより深刻な影響は、細胞を形質転換し、患者の遺伝子によって制御されていない細胞分裂をherpesの遺伝子が強制することがたびたび見られます。これは、ヘルペスウイルスゲノムがherpesの遺伝子感染によって宿主自身の遺伝子にランダムに挿入されてしまい、ヘルペスウイルス自身の利益のために宿主細胞増殖因子が発現した結果です。介して再活性化し、急性感染を引き起こすことがある。一般に、生涯感染する単純ヘルペスウイルスの場合、単純ヘルペスウイルスが時折再活性化して口唇ヘルペスを引き起こす。その痛みは免疫システムによって速やかに解消されるが、時折、小さな不快感になることがある。水痘帯状疱疹ウイルスの場合、最初の急性感染である水痘発症の後、ウイルスは帯状疱疹として再活性化されるまで休眠状態にあるがステロイドを長期に用いてやめたときに帯状疱疹がかならずでます。潜伏感染のより深刻な影響は、細胞を形質転換し、患者の遺伝子によって制御されていない細胞分裂をherpesの遺伝子が強制することがたびたび見られます。これは、ヘルペスウイルスゲノムがherpesの遺伝子感染によって宿主自身の遺伝子にランダムに挿入されてしまい、ヘルペスウイルス自身の利益のために宿主細胞増殖因子が発現した結果です。

全身の肌からジュクジュクと浸出液が出てき、痒くて掻きむしっている次男を見て医者からあまり掻かないようにと言われたお母さんは掻いてしまうと悪化すると思い込み、次男をつい怒ったり、掻いている手を叩いたりしてしまったそうです。掻いては怒り、搔いては叩き、泣いてしまって掻きむしるの悪循環が長い間続きました。

ジュクジュクはアトピーの症状ではなくヘルペスの症状なのです。アトピーで痒みのないアトピーというのは全く存在しません。アトピーの症状は体にとって有害な化学物質を皮膚を通して排除しようとする正常な免疫反応です。掻くことによって早く体外へ出そうと本能的に掻いているのです。掻くことは気持ちのいい上に免疫寛容を目指しているのです。

顔や手足などの肌が露出している部分や服の中に手を突っ込んで、幼児とは思えない力で必死になって掻きまくり、衣類やシーツは血濡れ、1日に数回洗濯し自宅の物干しにパジャマやシーツやタオルケットのかかっていない日がないほどだったそうです。特に眠たいときは体温が上昇し痒みを感じやすくなるためか、痒い所を布団にこすりつけて血濡れにされていました。体温が上昇すると痒みを感じやすくなるのと同時に、眠る時には副交感神経が優位になり痒みを感じやすくなるようです。しかも寝るときには他に気を取られることがないので余計に痒みを強く感じます。次男も自分で付けた血の跡を指さして「チーチー(血のこと)」と早くから言葉を覚えるぐらい身近なものになっておられました。

次男を寝かしつけるのに1~2時間かかり、やっと寝たかと思ったら10~15分で起きて泣きながら掻く、また寝かしつけるの繰り返しにより、お母さんは睡眠不足と疲労で次男が必死になって掻いているのを見ても怒る元気もなくボーっと見ていたり、夕方には目がかすんで見えないほど疲弊されていました。麻薬である ステロイドを離脱するときに見られるリバウンドは一番症状が酷くなるのは免疫寛容を最後におこすための試練です。

外に出ると好奇の目で見られ、指さされたり、振り向かれたり、小さい子供には「その子どうしたの?怪我したの?血でてるよ。」「その子アトピーなの?」としょっちゅう聞かれてしまい、だんだん外出するのも億劫になり、どうしても出かける用事がある時はなるべく手足の出ない服を次男に着せ、目深に帽子をかぶせて肌を見えないようにされていました。次男が掻いているとお母さんがイライラし、怒鳴って手を出し、さらに長女と長男にもあたってしまう終わりのない毎日に次男もお母さんも精神的に肉体的に限界を超えている状態でした。

12月、次男が1歳4ヶ月の時にさらに追い打ちをかけるように、外出中に喘息の発作が起こりました。急いで帰宅し、しばらく自宅で様子を見ておられましたが、どんどん早くなる次男の呼吸と初めての事態にもうお母さんはパニック状態でした。しかし明け方だったために、救急病院も他の病院もどこも断られ、無理を言ってやっと個人病院で診てもらうことができました。次男に聴診器を当てながら「長いこと喘息の患者は診てないなぁ。」とさらに二人を不安にさせるようなことを言いながら喘息の薬を処方されました。ステロイド剤による免疫抑制剤のため、嘘のように呼吸が落ち着いていき、お母さんの精神状態も落ち着いてきました。肌もツルツルになりましたが、数日経つと元のジュクジュクの肌に戻ってしまうとまたお母さんのイライラも戻ってきてしまいました。あらゆる症状は免疫が戦っているから出るので免疫を抑える最高の威力を持っている麻薬と言っても許されるのがsteroidですから医者に一番重宝されている人気一番の薬となり続けているのです。だからこそひとたび使いだすと恋しくてやめられない薬となるのです。

年が明けた2月頃、2回目の喘息の発作が起こりました。夜中に主治医に見てもらうと病院で吸入され、帰宅できましたが酷いアトピーに加え喘息の発作が度々起こるようになってしまったことにお母さんは大変ショックを受けました。

そんな苦しい日々に、近所で当院に通っておられた1歳の女の子のアトピーが会うたびに綺麗な肌になっていくのを見て、すぐさま当院を受診されました。

院内に入ると漢方の独特な匂いと機関銃のように話す自信に満ち溢れた私の迫力に圧倒されたそうです。常にすべての患者さんに何度も伝えることですが、絶対に治る!と言い、お母さんと握手をして、漢方煎じ薬と赤い漢方の塗り薬と漢方風呂と抗生物質の飲み薬と軟膏(テラマイシン)と消毒液と抗ヘルペス剤顆粒を処方しました。消毒液は傷口に感染している細菌と傷口にいるヘルペスウイルスを殺すために用います。

当院での処方:漢方煎じ薬と赤い漢方の塗り薬と漢方風呂と抗生物質の飲み薬と軟膏(テラマイシン)と消毒液と抗ヘルペス剤顆粒。

早速、消毒液を塗ってしばらくしたらお風呂場で洗い流して、準備した漢方風呂に浸かったそうです。漢方風呂を煎じると初めての煎じ薬の色に家族全員驚いたそうです。子供達には痒いのが治るお風呂と言い聞かせ、朝晩2回入浴し、なるべく長めにお湯に浸かってもらうように指示しました。お風呂から上がったらひっかき傷から細菌が感染しないように傷を早く治せる漢方の赤い塗り薬と抗生物質を私の言われたとおりに塗っていると、次男がウトウトしだしました。

組織に深いひっかき傷や切り傷やすべての傷を意味する創傷などの皮膚や粘膜の細胞の一部やマトリックスが欠損した場合、傷はどのように自然に治癒していくのでしょうか?三段階に分けられます。一段階目は血小板の凝集と、血管収縮による止血とマクロファージによる死んだ細胞と壊れたマトリックスからなる壊死組織の貪食。二段階目は繊維芽細胞が分泌するコラーゲンを主とした肉芽組織の造成。三段階目は肉芽組織の瘢痕組織への変化による正常組織の再生。以上をまとめると創傷により炎症反応が生じ、上皮や表皮が再生されるとなります。傷を治すことを専門用語では肉芽組織を作るといいます。肉芽組織は「にくがそしき」とか「にくげそしき」と読み、鮮紅色の軟らかい毛細血管に富む新しい細胞外基質(マトリックス)が満ちている結合組織が肉芽組織であります。この新しい基質(マトリックス)を構成する物質はその性質により三つに分けられます。一つ目はマトリックスの構造の基盤となるコラーゲンとエラスティンであります。二つ目はヒアルロン酸でありそれに加えて、コンドロイチン硫酸、ヘパラン硫酸、ケラタン硫酸、デルマタン硫酸の四つのグリコサミノグリカンのそれぞれに、タンパクが結合して作られたプロテオグリカンの四つがあります。従ってヒアルロン酸を入れると二つ目のマトリックスは合計五つとなります。三つめは新しくできた細胞と新しくできた細胞外マトリックスを接着させるフィブロネクチンやラミニンです。新しく再生された肉芽組織には、線維芽細胞、組織球、さまざまな白血球、リンパ球、Bリンパ球が分化した形質細胞といった多種の細胞成分が見られます。組織球とは結合組織に初めから定着して住み着いているマクロファージであって、血管から組織に漏れ出てきたマクロファージではないのです。ですからもともと組織にいるマクロファージという意味で簡単に組織球と名付けたのです。

慌ててパジャマを着せてお布団に連れていくと5分もしない内に眠り、そのまま朝まで一度も起きずに10時間も眠り続けました。今までは寝かしつけるのに1~2時間もかかり、夜中に何回も起きて泣いていたのが嘘のようで、お母さんの方が夜中に目が覚めて次男の様子を見てしまうほどだったそうです。リバウンドを乗り越えるためには絶対に家族の手助けが必要です。子供の場合はなおさらです。

次の日、次男は起きてから首辺りを少し搔いただけで全く掻かなくなり、とにかくご機嫌でニコニコ、ニコニコしていました。初日は寝てしまい飲めなかった漢方煎じ薬を飲ませてみました。次男には苦かったのか漢方煎じ薬を一口飲むとべーッと舌を出してしまいました。不安になって私に連絡してきましたが、何も心配することはないのでそのまま続けて下さいと言い、また何かあったら連絡するように伝えました。

受診して3日後、朝お風呂上りで喉が渇いていたのか、お茶で薄めた漢方煎じ薬をストローで飲むことができました。以前までは笑うことが少なかった次男がご機嫌でニコニコ笑っているのを見て、今まで使っていたステロイド剤を引き出しの奥にしまい込みました。

受診して4日後はやたら掻いて体からジュクジュクと浸出液が出てきましたが、食欲は旺盛で、次の日には全く掻かなくなり腫れてボコボコだった肌が少し平坦になっていきました。ジュクジュクと浸出液が出てくるのは細胞に感染したヘルペスが細胞の作ったインターフェロン-αとインターフェロン-βによって細胞自身が細胞自殺したため細胞が崩壊したときに細胞内の浸出液が出てきたためです。

6日後、発熱、嘔吐、下痢を起こし、他の病院の小児科を受診し腸炎と診断されたそうです。入浴してもすぐ下痢便が出るためあまり漢方風呂に入れない日が10日間続いてしまいました。

1ヶ月半後、顔や腹部や背中の症状が随分良くなり、2ヶ月後に夜中に起きることはほとんどなくなり、5か月後には手足も随分良くなり、プールに入って思いっきり遊べるようになりました。ついでに一緒に治療していた長男のカサカサしていた肌も艶が出てきたそうです。漢方風呂は外から皮膚の免疫を高めて傷を治し皮膚の新陳代謝も高め皮膚の状態を正常に戻してくれるのです。

半年後、引っ越しにより新しいアレルゲンに出会ったため、泣きながら搔きむしったことによりせっかくツルツルだった頬が一時的に荒れてしまいました。

今ではアトピーだったとはわからないぐらいに肌が綺麗になりました。私が「掻いても良い、どんどん掻かせなさい。」と指示されてからは次男が掻いていても以前のように怒鳴って叩いたりしなくなり、「もうすぐ治してあげるからね。もう少し頑張ろうね。」と心の余裕ができるようになっていました。良くなられて治療は終わりました。

症例報告4例目

病名:気管支喘息

他の病院で「一生治らない」と言われ、知人の紹介により当院を受診されました。

患者:当時56歳、男性

ワクチンと抗生物質が存在する現代において癌以外に死ぬような病気や治らない病気はありません。現代の病気の原因はただ二つ、化学物質とヘルペスだけです。

3月頃、インフルエンザにかかり、激しい咳が治まりきれない内にゼーゼーヒューヒューと喘息の発作のような症状が起こり、横になれないほどの苦痛だったそうです。自宅にあった気管支拡張剤を飲むと少し楽になりましたが、しばらくするとまた息苦しさで横になれなくなってしまいました。病院を転々とされましたが、どこも治ると言わないどころか、とある病院では喘息は一生もので免疫抑制剤を使って症状を抑えるしかないと言い放たれ、病気を治そうともしない医者の言動に患者さんはハンマーで殴られたようなショックを受けました。治らない病気はなくても免疫を抑えて病気を作っている医者がいる限りは永遠に病気はこの世からなくなることはないでしょう。こんな間違った考えを言われた患者さんは、別の病院に変えようとし、ちょうどタイミングよく当院を会社の知人から紹介されました。

喘息の漢方煎じ薬と高血圧もあったため、血圧の薬も一緒に飲むように指示しました。初診したその日のうちに漢方を煎じて服用すると、ゼーゼーと喘息の発作がピタッと止まり患者さんは驚いたそうです。患者さんは漢方煎じ薬の味が思ったよりも苦くなく、ハーブのように感じてこれなら続けることができると確信されました。その後、患者さんも完治され来院されておりません。

症例報告5例目

病名:気管支喘息

息子さんをステロイド漬けにしないという信念で夜間の発作を乗り越えられました。

患者:当時14歳、男性、学生

息子さんは生後8ヶ月の時、気管支炎によりお母さんのお乳が飲めず入院されていました。その後、1歳半過ぎにまた気管支炎を起こし、発症する間隔が狭くなり、結果、気管支喘息と診断されてしまいました。

お母さんは以前アトピー性皮膚炎で当院を受診し10年かけて完治された患者さんで、子供にもアレルギーが出た時は当院に受診すると決めていたそうです。

喘息に効く漢方煎じ薬と発作時に使うポンプ式の吸入薬の気管支拡張剤を処方しました。喘息のため、化学物質を痰やくしゃみで排除するのにたっぷりの水分が必要なので、漢方煎じ薬は1番煎じ、2番煎じとお茶のように飲んでもらうように指示しました。それでも発作が治まらない命に関わるほどの酷い発作の場合は夜間救急に行き、気管支拡張剤の点滴治療を受けるように指示しました。

処方:漢方煎じ薬、吸入薬。

夜間救急に行くと入院を勧められることがよくあったようです。入院すると約1週間ステロイド漬けになってしまうと聞き、ステロイドの恐ろしさをアトピー性皮膚炎により身をもって知っていたお母さんは何度も何度も入院を拒否されました。当直の医者から「こんなに苦しんで可哀想なので、お願いします。入院させてあげて下さい。」と頭を下げられたこともあったそうです。可哀そうだから病院は入院させてくれるところですか?違うでしょう。病気を治すところでしょう。考え違いも甚だしですね。はたから見れば育児放棄の虐待に見えていたのでしょう。不安を煽られるお母さんは息子さんの発作が治まるまで何度も恐ろしい夜を過ごされましたが、翌朝には息子さんは咳をしながらも機嫌よく遊んでいたそうです。

お母さんは体を鍛えることも大事だと思い、スイミング教室に通わせたり、縄跳びをさせたり、とにかく体に良いことを色々されたそうです。

徐々に喘息の発作も小さくなり、間隔も開くようになっていきました。今では喘息も完治し、来院されていません。喘息なんて簡単に免疫寛容を起こすことができる小児や学童や学生は簡単に治ります。何故ならば大人に比べて病気を治せない最高の薬であるsteroidの使用量が少ないからです。

症例報告6例目

病名:気管支喘息 花粉症

花粉症から喘息になってしまった患者さんの症例報告です。

患者:43歳、女性

40歳頃から花粉症の症状により内科や耳鼻科で処方された抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤を服用し続け、徐々に咳が頻繁に出るようになっていったようです。夜中に息を吸うのが苦しくなったり、仕事中も息が吸いにくく、貧血のようなフラフラした感覚になったため、患者さんは更年期障害と思い婦人科を受診されましたが何も解決できませんでした。

別の総合病院へ受診されると、アレルギー性喘息と診断され、花粉症の薬やシムビコートやオルベスコなどの吸入薬、キプレス錠や咳止めの薬を処方されました。医者から「喘息は一生付き合っていかないといけない」と言われ、2~3ヶ月に1回、定期健診を兼ねて薬も一緒に処方され2年間服用されていました。「喘息は一生付き合っていかないといけない」などと無責任な言辞を根拠もなく言う医者の頭をかちわってみたくなることがあります。やはり医学部の教育が間違っているのでどうにもなりません。どんな体制やシステムも指導層が間違えばその間違いは永遠に続くのです。

しかし、良くなるどころか咳の頻度が多くなり、痰もずっと絡んだ状態が続き、仕事中に何度も席を立ったりと支障をきたしていました。このままではいけないと思っていた時、会社の同僚に当院に通われていた方がおり、患者さんは家で当院のホームページと今までの患者さんの手記を読み、当院に受診されることを決めました。

初診で私が「あなたの喘息は治ります!あなたの免疫が治すんだからね!」と患者さんに言うと今まで喘息は一生治らないと言われて続けたために驚かれました。喘息に効く漢方煎じ薬と顆粒タイプの漢方と抗ヘルペス剤を処方しました。喘息に効く漢方煎じ薬とは何でしょうか?まず漢方煎じ生薬は気管支を広げる成分が煎じている間に自然に抽出され飲むと気管支が開き呼吸が楽になります。しかも免疫が上がるので様々な気管支の粘膜に感染するウイルスも殺しやすくなるので気管支炎性喘息の根本治療ができるのです。

処方:漢方煎じ薬、漢方顆粒、抗ヘルペス剤。

早速、受診された晩に煮出した漢方煎じ薬と粉の漢方を飲んでみると、その日の夜は咳をほとんどせず、朝までぐっすり寝ることができたそうです。次の日も会社に行っても咳の回数が激減し、患者さんは何度も驚かれました。その後、4ヶ月ほど体内の化学物質を排除しようと痰が絡む状態が続きましたが、日が経つにつれて徐々に痰が絡む頻度も減りました。

当院に通って半年後、痰が出なくなり、喘息の咳もすっかりなくなりました。この患者さんも完治され、今では来院されていません。

症例報告7例目

病名:慢性蕁麻疹、気管支喘息、クローン病、肛門周囲膿瘍、筋肉痛 

5つもの病名を持った患者さんですが原因はすべて化学物質とヘルペスが合併しているのです。だから5つもの病気持ちの患者にされてしまうのです。

ご家族のステロイド治療を見てきて恐怖を感じ、ステロイド剤を一切使わない当院を見つけ受診されました。

患者:当時62歳、男性

25歳の時に蕁麻疹が発症し、当院に受診するまで抗ヒスタミン剤を毎日1錠服用されていました。(蕁麻疹ほど簡単に治せる病気がほかにないのに30年間も飲む必要のない抗ヒスタミン剤飲まされ続けていた患者の忍耐力に乾杯です。)そして約30年後、運動した後に胸の痛みと呼吸がしにくくなり、他の病院に受診されると喘息と診断されました。脈拍が上がるように運動をすると胸の痛みと呼吸がしにくい症状が必ず起こるようになりましたが、普通の生活には全く支障がありませんでした。喘息の発作も起きたことがないそうです。患者さんは病院と薬に嫌悪感を抱いており、気管支拡張剤を数回使用しただけで処方された薬を一切服用されませんでした。30年間も治らない治療をやり続けた上に新たなる病気を薬が作り出したと感じたので病院と薬に嫌悪感を抱いたのでしよう。

しかし、長年抗ヒスタミン剤によって排除のIgEの世界から殺しのIgGの世界にさせてクローン病を発症してしまい、のちに肛門周囲膿瘍の切開手術を受けたり、右腕と右肩と右肩肩甲骨周辺に筋肉痛のような激しい痛みが出始め、痛むところが毎日変わっているという症状が起こりました。それでも痔瘻にならないようにする処置や服用は一切せず、筋肉痛のような痛みには当院に受診するまで何もされませんでした。元々、下痢気味だったのも加え、さらに便が極端に細くなられたそうです

このように他の病院からの薬を拒否されていたのは患者さんの愛犬がステロイド剤によって死にそうになりステロイドをやめて九死に一生を得たことと、奥さんの病気が当院で治療し完治されていたからなのです。愛犬(超大型犬)がアレルギー症状により体中に発疹ができ、獣医に診てもらうとステロイド剤を処方され服用されていました。しかし、ステロイド剤を飲ませるようになってから元気だった愛犬が日に日に衰えていき、患者さんも含め周りの全ての人達が愛犬の死を覚悟されていました。藁にも縋る気持ちで別の獣医に相談すると、ステロイド剤を含め薬を一切止めるように指導され、食事も体調に合わせて変えてみると愛犬は元気になりました。

さらに、翌年に奥さんがリウマチ性多発筋痛症と診断され、愛犬のことがあったためにステロイド剤を使わない病院をインターネットで調べ、当院にたどり着くことができました。半年で不治の病と言われたリウマチ性多発筋痛症が跡形もなく消え去って、私にとっては当然のことでしたが、患者さんはまるで奇跡のようでひどく感謝されてしまいました。

以上の経緯があったため、24時間続く原因不明の筋肉痛の原因がヘルペスウイルスであると確信された患者さんは、早く鈍痛、激痛から解放されたいと思い、当院に受診されました。

喘息に効く漢方煎じ薬、肛門の膿瘍に効く漢方煎じ薬、漢方風呂、抗ヘルペス剤(アシクロビル)1日8錠を処方しました。患者さんも漢方煎じ薬の独特な苦味に苦戦されていましたが、毎日一気に飲み干しておられました。すると、受診してから10日で原因不明の筋肉痛が完全に消え、痒みを1ヶ月我慢されると35年間苦しんだ蕁麻疹の症状も綺麗になくなりました。喘息も以前までは速足で歩くと、胸の痛みのため途中で必ず休憩をとっていたそうですが、徐々に痛みがなくなっていき休憩を挟まずに歩き続けることができるようになられました。クローン病も良くなり、便は太くなり、下痢もしなくなり、今では完治され、来院されていません。

症例報告8例目

病名:気管支喘息

長年、喘息を患っておられましたが、漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤で完全に治りました。

患者:当時68歳、女性

元々、救急車に数回運ばれたことがあるほど重度の喘息を患っており、ご主人が難病で亡くなられた後、さらに喘息が悪化されました。当院に来られるまでは娘さんが見つけた市販の漢方薬を飲んでいたようですが、夜中に喘息の発作と息苦しさが悪化し、十分に睡眠を取ることもできず、夜中に何度も椅子に腰を掛けて息苦しさと戦っていたそうです。市販の漢方薬は濃度が薄いので加工していない生薬の漢方煎じ薬がはるかに免疫を上げる効果が大きいのです。しかも3000年の漢方薬の歴史は漢方生薬を患者さんが自ら成分を炊き出して服用する面倒さを乗り越えるから本当の効果があるのです。便利さよりも命のほうがはるかに大切なのです。しかし娘さんから病院に行くように促されても、患者さんは自分の症状を楽観視して他の病院に行こうとしませんでした。それは患者さんのお父さんも重度の喘息だったため、患者さん自身の喘息がそれほど重症だったとは思わなかったそうです。

そんな夜が1週間ほど続き、見かねた娘さんが電話帳を引いて、アレルギー科があり、駅の近くで通いやすく、また診察も時間をかけてやってくれる医院があるからと半ば無理やり娘さんに連れてこられました。その電話帳に載っていた医院は松本医院のことなのですがね。ですが、当院のドアを開けてすぐに香ってきた漢方のニオイに親子は当院が漢方煎じ薬を処方する所とまでは調べて来てなかったために戸惑いました。漢方のニオイがあるからこそ本当の漢方生薬である証明なのです。エキスに臭いがありますか?というのも、亡くなられたご主人も漢方薬や健康食品を使っていたため、その当時の大変辛い思い出を思い出してしまったそうです。しかし、せっかくここまで来たからと当院を受診されました。

何回も書き連ねてきましたが、患者さんに「必ず治してあげるからね」と伝え、今まで服用してきた薬を一切止め、喘息に効く漢方煎じ薬を1週間分と抗ヘルペス剤と緊急事態に対処するために念のため吸入薬を処方しました。自宅に戻ると早速漢方煎じ薬を煎じて飲まれました。漢方煎じ薬の独特な匂いと苦味に苦戦されましたが何とか飲み、就寝するといつもの発作が起こったそうですが、あらかじめ煎じておいた漢方を飲むと以前に比べて早く横になることが出来たそうです。それから夜中に喘息の息苦しさや咳き込んでも漢方を飲むとすぐ眠れるようになり、発作で夜眠れないということは一度も起こらなかったそうです。吸入薬は一度も使われることなく、この患者さんの喘息は完治されました。

症例報告9例目

病名:気管支喘息、アトピー性皮膚炎 花粉症 花粉喘息

長年、くしゃみと鼻水に悩まされ、のちに喘息に変わった患者さんの症例報告です。

患者:当時45歳、女性

毎年、春と秋の気候の頃にくしゃみと鼻水が出て悩まされてきました。そして2年後の春に突然息苦しくなり、近所の内科医に行くと「花粉喘息」と診断され、ステロイド含有の内服薬と注射を打って、その場では喘息の発作は落ち着かれたそうです。ですが、処方された薬を飲み続けている内に薬の副作用で手が震えるようになってしまいました。このままで良いのかと不安を抱えながらも喘息の発作が起きれば注射を受け、薬も服用し続けていました。

そんな悩んでいるときに、友人に相談していると漢方のことを教えてもらい、まだ半信半疑のまま当院のところまで来られました。漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤を処方して1週間目には呼吸が楽になり、半年後には喘息の症状は全く起こらなくなりました。

その後、喘息の症状からアトピー性皮膚炎の症状に変わってリバウンド症状が起こり、肩に湿疹が出て痒くなり徐々に徐々に体全身まで範囲が広がりました。順調に完治へと向かっていたため、このまま治療を継続してもらいましたが、3か月程はアトピーの症状によって痒みと痛みで夜も眠れず、搔きむしってシーツは血塗れてしまう日が続いてしまいました。精神的に不安定になっていき、本当に治るのか?一生このままなのではないのだろうか等、考えるときもあったそうですが、ご家族の協力と励ましにより何とか治療を続け、この頃に始めてもらった鍼灸治療により血流を良くし免疫力を上げて少しずつアトピーの症状が良くなっていきました。また、疲れやすかった体の調子も良くなり、綺麗になった皮膚は以前よりも綺麗になられました。今では喘息、アトピー性皮膚炎も完治され、来院されていません。喘息も、アトピー性皮膚炎も原因は化学物質なので免疫寛容を起こせば簡単に治ります。

症例報告10例目

病名:気管支喘息

決死の覚悟で当院へ来院された重度の喘息の患者さんです。

患者:当時46歳、女性

患者さんは3歳の頃に当時開催されていた大阪万博から帰宅後、声が出なくなったのが喘息の症状の始まりだったそうです。物心ついた時から特に秋口に年に数回喘息の発作を起こし、その度に車で40分かかる病院に駆け込んでは太い注射器で免疫抑制剤を打たれていたそうです。小学生3~4年生の時には同じ喘息を患っていた友達の紹介で片道2時間半かかる隣県の病院に二月毎に通い、5~6種類の薬を飲んでおられましたが、遠距離であることと症状の変化が見られなかったため、2~3年で通うのをやめました。引っ越しによって環境が変わり、新しいアレルゲンに出会ったためか、小学高学年で酷い喘息の発作が起こり初めて喘息で1週間ほど入院されたそうです。

当院を知るまで、喘息のために神経質なくらい生活に気をつけていたそうで、酷い発作は滅多に起こさなかったものの、吸入器は手放せず、ちょっと疲れたり、急に冷え込んだりすると喘息の発作を起こし、病院に駆け込むのを繰り返しておられました。そんな生活を続けていくうちに喘息にかかっている患者さん自身に劣等感を覚え、サプリメントや断食や気功法や健康寝具など喘息に効くと言われているあらゆるものを試されたようですがやはり良くなりませんでした。逆に人の倍も健康に気を配っているのにも関わらず、一向に喘息が良くならない状況に落ち込みました。

吸入器でだましだまし日々を過ごされていましたが、30代半ば頃の秋ごろからステロイド剤の点滴を数回受けないと季節を乗り越えるのが難しくなってしまいました。危機感から点滴の治療を受けていた病院の医者に何度も相談されましたが、ステロイド剤を勧めるだけで何の解決にもなりませんでした。またステロイド吸入が一般的な治療であったこともあり、医者から「喘息に使うステロイドはアトピーに使うステロイドに比べたら量が非常に少ないから大丈夫」と事あるごとにステロイド吸入を勧めてきたそうです。患者さんは永遠にステロイド剤を使い続けなければいけないことに納得できずいつも拒否しては医者に嫌な顔をされていたそうです。

当院に通う1年前、近隣環境が変わったことによるストレスからか、夜眠れなくなってしまい、夜間、特に夕食を食べた後に喘息の発作が治まらなくなる日が続き、秋から冬にかけて3ヶ月ほどの間に20回のステロイド点滴に通うことになってしまいました。救急車でも2~3回運ばれたこともあったそうです。点滴を行うとすぐに喘息の発作は治まりますがその分体への負担が大きく、あまりの辛さに今まで拒否してきたステロイド吸入を使ってしまいました。しかし、ステロイド剤を使っても喘息の発作が治まるどころか咳が止まらなくなってしまい、ますます増悪し続けました。

前医の処方:セレベント、アドエア、メプチンエアー、ホクナリン。

アドエアは吸入ステロイドとβ2刺激薬とステロイドの合剤の吸入剤です。セレベントはサルメテロールキシナホ酸塩の軽度の長時間作動型で吸入で用いるβ2アドレナリン受容体刺激剤です。メプチンエアーはβ2刺激薬で主に喘息の発作時の気管支拡張剤吸入剤です。ホクナリンは喘息、気管支炎、肺気腫等の治療に用いられる交感神経β2受容体作動薬で気管支を拡張します。これらのくすりはすべて一時的に症状を楽にしますが根本治療である免疫寛容はおこせません。

2時間おきに吸入を使っても症状が治まらなくなってメプチンエアーやホクナリンの他に病院にあるような吸入器を使ったベネトリンの吸入も自宅で行っていました。ベネトリンは一般名はサルブタモール硫酸塩でβ2アドレナリン受容体刺激剤です。しかし、ベネトリンを使うとかえって一瞬息苦しさが悪化してしまうこともあり、吸入をするために呼吸を整えてから使うという本当に本末転倒な状況が続いたそうです。他の薬でも使うと一瞬息が出来なくなり、その後に何とか一息つけるというような状態になってしまい、もし吸入が効かなくなってしまったらと言葉では言い表すことができない不安が募るばかりでした。

当時の生活は、朝目が覚めて身体を起こす前にメプチンを使い、少し呼吸が楽になったところで、普通に歩けばわずか2~3歩の場所に置いてあるペネトリンの機器があるところまでゆっくりと布団から這い出して決死の思いで毎回向かっておられました。お風呂にも入れず、数メートル先のトイレに行くのもいつも命がけだったとのことです。頻脈気味で速い動悸がいつも治まらず、少しでも無理をすると不整脈が出るまでになってしまいました。

薬もどんどん強いものになり、吸入以外に飲むステロイド剤を処方されていたこともありました。しかし、ある日の夜、不安が現実に起こってしまいました。何をしても喘息の発作が治まらなくなってしまいました。ステロイド剤を飲んでみても治まるどころか、それまでに経験したことのないものすごい息苦しさに襲われ、すぐさま病院に駆け込みました。点滴が効いてくるまでの苦痛とショックは一生忘れられないそうです。

しかし、もっと信じられないことに、薬を使ってかえって症状が悪化したのにも関わらず、医者は「そんな話は聞いたことがない」と薬が効かないのがおかしいと言わんばかりに患者さんを責め立てたというのです。患者さんはあまりの理不尽さに呆れて返す言葉もなく、このまま西洋医学で治療を続けても廃人になってしまうと確信され、他の治療方法がないか息苦しさを押し殺してパソコンにもたれかかるように毎日インターネットで調べられました。この息苦しさから解放されるならば何でもやるつもりで毎日毎日インターネットで調べてもすぐに見つかることもできず、希望が見えずに目の前が霞むことも何度もあったそうです。そんな落胆と焦燥感だけが日に日に大きくなっていく日が1週間くらい続いた3月下旬ごろ、やっと当院を見つけることができました。

ホームページに掲載されている論文を読み終わると患者さんはここしかないと確信し、3日後に本当に決死の覚悟で電車を何回も乗り換えて、道に迷いながら、本当に死ぬ思いで当院に来られました。ドアを開けて、真っ先に漢方の匂いが飛び込んできて患者さんは直感的に当院なら治ると感じたそうです。

全ての患者さんに言いますが私が「必ず治してあげる」と伝え、熱い握手しますが、患者さんは今まで患者さんを診てきた医者達全員から「治る」と言ってもらえたことがないので、ここまで確信をもって言ってもらえたことでもうすでに治ったも同然の気持ちになられたそうです。血液検査を行い、漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤を処方し、遠方のため次回からは電話診察をすることにしました。気管支の粘膜の炎症をとるためにsteroidを大量に使われた患者さんの気管支の粘膜の細胞にはherpesが大量にが感染しているので私は抗ヘルペス剤を投与します。ステロイドを使いすぎて抗ヘルペス剤を飲まない喘息患者は治りにくいのです。患者さんは帰りも青息吐息ながらも治ると言ってもらえて気持ちは前向きになっていたとのことでした。しかし、前日は睡眠不足と長時間の移動に無理がたたったのか2日後に点滴を受けなければならなくなってしまいました。免疫を抑え続けた患者さんは多かれ少なかれリバウンドという一時的な症状の悪化が見られます。リバウンドをとる漢方は存在しません。何故ならばリバウンドは免疫が上がりだしたという証拠だからです。免疫を下げる漢方はこの世には何一つありません。

患者さんは診察を受けてから、漢方煎じ薬の独特な苦味と戦いながら抗ヘルペス剤と一緒に何とか飲み続けられました。しかし患者さんは吸入が効かなくなるまで大量のステロイド剤を服用されてきたので、すぐに見かけ上の症状は変化されませんでした。また患者さんは今まで寝込んでいた分を取り戻そうと焦ったのか、体調が少しでも良くなると無理をして、また症状をぶり返して寝込むを何度も何度も繰り返してしまいました。無理をすると言っても、ポットを持ってお茶を沸かしたり、新聞を片づけたりと身の回りのなんて事のない行為が当時の患者さんにとってはとても重労働なことでした。それらの行為でも酸素が必要なのでそのわずかな酸素を取り入れるために十分に気管支が拡張できないので苦しくなる喘息発作が起こってしまうのです。たったこれだけの動きををするだけですぐに喘息の発作が起こり動けなくなってしまいました。さらに追い打ちをかけるように気候が寒くなってくると無理がたたってしまい二週間入院することになってしまいました。

ストレスを溜めないように安静にしてもらい身の回りのことはご家族の方に任せて当院での治療を続けてもらいました。すると、ステロイド剤を使用したことにより少し風が吹いたり、飲み物の蒸気に当たっただけでも咳が止まらなくなっていたのが、咳き込む回数が徐々に減り、体内から汚染物質や化学物質を排除しようと痰が良く出るようになっていきました。喉のムズムズ、イガイガといったむず痒さも徐々に取れていったそうです。しかし、まだ呼吸がしにくくさが残っており、急に冷え込んだり、疲れが重なると呼吸が上手くできなくなってしまうことがあったため、メプチンを使う時もありました。そして初めて当院を受診された時から1年半が経過した頃に遠路はるばる患者さんは来院されました。この頃には患者さんは、長距離の移動や急な階段をそれほど苦労もせずに上がれるまでに回復されていました。患者さん自身もここまで劇的に症状が良くなっていき、以前決死の覚悟で当院に来院された時のことを思い出して感動のあまり叫び出しそうになられたそうです。

しかし、患者さんの喘息が大人しくなると同時にリバウンド症状がやってきました。12月中旬頃、何の前触れもなく突然に激しい眩暈と吐き気に襲われ、救急車で運ばれてしまいました。病院に到着して点滴を受け始めても吐き気は治まらず、1時間近く吐き続けたそうです。患者さんは喘息がアトピー性皮膚炎に変わらなかった事と今まで消化器系の症状が出てこなかったため、精神的に大きなショックを受けてしまいました。しかし、動揺と混乱する頭で何とか私に連絡してくださいました。症状がそのように変わることもあると慰め、抗ヘルペス剤を追加しました。以降は疲れた時や頭を思いきり働かせた時などにまだフラフラすることが起こりましたが、支障が出ないほどに普通の生活を送れるようになるまで回復されました。(最後に残る症状の原因はherpesです。)                  

今では喘息は完治され、来院されなくなりました。

症例報告11例目

病名:気管支喘息

奥さんの膠原病の治療の際にステロイドの有害性と免疫について勉強されていたため、喘息の症状が初めて起きた時に迷うことなく当院に受診された患者さんです。

患者:当時48歳、男性

喘息の症状の兆候は1年前から現れていたそうです。電話でご家族や友人と話している際に「鼻声じゃない?」と言われたのが最初の兆候でした。患者さんは指摘されるまで自覚症状がなかったのです。それから数ヶ月後、風邪を引いて喘息の咳が止まらなくなってしまい、近所の病院にてアレルギー性の喘息と診断されたそうです。患者さんは診断された病院で処方されましたが、その薬がステロイドを使っていることが明々白々だったため、薬には一切手を付かずそのまま様子を見ておられました。季節の気候によって強弱はあったものの生活に支障出るほどの咳ではなかったため、そのまま近所の病院には一切通わず、何の治療もせずに普通に過ごすことができました。Steroidでいまだかって治された病気はないどころかヘルペスが増えてしまうので行きはよいよい帰りは地獄と言える最悪の薬ですからステロイドを使わない世界が生まれることを祈るしかないですね。

それから1年後の春ごろ、朝夕にかなり咳き込むことが多くなり、少しずつ悪化してきたそうです。そして12月頃、死を覚悟するような咳き込みと呼吸困難を起こしてしまいました。命の危険すら感じるほどの状況に今まで自宅が東京で遠方であったために診察に行こうか迷っていた当院に躊躇することなく真っ先に来院されました。

東京から当院までなんとかたどり着き、私の診察を受けられました。私は漢方煎じ薬2種類と漢方顆粒と抗ヘルペス剤を処方し様子を見ることにしました。処方された薬を数日服用されるとそれまでの呼吸がしにくかった症状が改善され、2ヶ月後には朝夕以外ではほとんど咳が出なくなり、さらに4ヶ月後には朝夕も咳が出なくなりました。

1年後には、運動した後も咳が出なくなり、普通の生活を送れるようになられました。

症例報告12例目

病名:気管支喘息、関節リウマチ、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、 ヘルペス性慢性咽喉頭炎、 慢性ヘルペス性気管支炎

喘息の症状を治そうと免疫が働いてリウマチの症状が起こり、今度はリウマチの症状を治そうとアトピー性皮膚炎が起こった患者さんです。喘息は同じ化学物質をIgEで戦うとアレルギーとなり免疫が上がってクラススイッチしてIgGで戦うと自己免疫疾患という病名がつけられ一番多いのがリウマチです。

患者:当時61歳、男性

患者さんは幼い頃から軽いアレルギー症状を起こしており、良く風邪を引き、少し悪化すると喘息の発作でゼイゼイと呼吸を粗くしていたそうです。しかし、体を動かすことは好きだったため、よく外で遊んでいたそうです。食べ物も蕁麻疹が出るようなものは特になかったとのことでした。中学校を卒業した後も体はだいぶ強くなりましたが、風邪が少し悪化すると喘息症状になることは変わりなかったようです。

10~20代に多少でもスポーツをしていたため、酷い風邪をこじらせた時だけ喘息の息苦しさが生じる程度でした。そのため日常的に喘息を意識することはなかったそうです。

しかし、30代になると仕事の責任が増えたことで忙しい時は平日深夜まで仕事をしたり、休日出勤もしたり、かなり忙しくなってしまいました。このような生活が続いたせいで、40代を過ぎた頃から寒冷な季節や春先や梅雨の頃や台風シーズンと秋の深まった頃など、季節の色々な時期に少し体調が悪くなるとあまり酷くはなかったそうですが喘息の咳がなかなか治まらなくなることをよく起こすようになってしまいました。また、市販の風邪薬を飲んでかえって風邪の症状が悪化したため、それからは風邪が少し酷くなってくると病院へ行き、咳止めや鼻炎薬や風邪薬をもらって真面目にきちんと飲むことを繰り返し続けていたそうです。

病気を治すのは自分の免疫でありかつ治るまでの免疫の苦痛の戦いの証拠が症状であり戦わなければ勝利は得られないのです。したがって西洋医学の薬で症状を免疫を抑えて取るだけでは絶対に病気はなおりません。西洋医学の薬を飲んでよくなったと思うのは間違いで病気を治したのは苦しんでいる患者さん自身の免疫なのです。だからこそ世界で免疫を押さえない医療をたった一人でやっている私の医療がすべての治らないと言われているあらゆる病気を治せるのです。

40代後半、風邪を引いた後に左右両方の鼻を何度かんでも黄色い鼻水が3日間出続けることが起こり、特に体調面に問題を感じたわけでもなく、冬の室外で少し寒い場所で仕事の打ち合わせをしただけで、その後に発熱とひどい咳と胸の苦しさを起こしました。この頃から年間を通じて咳が良く出るようになってしまいました。ヘルペス性慢性咽喉頭炎のみならず慢性ヘルペス性気管支炎を併発したのです。

50代になり、過去に喘息患者が多く発生した工業地帯の近くの地域で、以前に患者さんが訪問されたときも多少空気が良くないと感じていた程度だったのですが、今回の仕事で訪問された際は急に咳が出始めてなかなか治まらなくなってしまいました。この頃を境に咳が出続けるようになってしまったそうです。

咳が頻繁に出るようになったため、呼吸器外来の開業医に通院されました。呼吸器外来の院長はアメリカで呼吸器疾患を学び、医学雑誌に複数回、呼吸器疾患の記事を発表されていたために、当時患者さんはとても安心した心持ちで通院をされていました。アメリカの医学は無責任医学で巨大製薬メーカーは高価な免疫抑制剤を作って世界中に病気を作りまくって天文学的な金儲けをやっています。しかも言うまでもなく病気を治さずにです。だから無責任というレッテルにぴったりの製薬会社なのです。資本主義がなくならない限りはアメリカが支配する医療は永遠に続きます。悲しいですね。

検査の結果、ピークフローメーターで測るとフローボリュームカーブが健常者と喘息患者の中間で、気道狭窄はやや軽度と出たそうです。重症ではないものの喘息症状があったために症状が落ち着くまで通院するように指導されたそうです。

また呼吸器疾患の医者から「喘息は治る病気ではないけれど薬を正しく処方すれば症状をコントロールし普通の生活をすることが出来る。」と言われたそうです。子供の頃の喘息の発作で苦しかった経験を思い出し、少しショックを受けました。そして、この後2年間近く続く薬漬けの苦しい日々が始まってしまったのです。

1日3回、ステロイド剤、各種抗炎症薬、気管支拡張薬、咳止め薬など大量の薬を飲み続けることも大変だったそうですが、医者や医学の常識に間違いはないと医学を知らない患者さんは疑いもせず症状が良くなると信じて毎日大量の薬を飲み続けられました。

2007年、仕事が大変きつく、深夜までの仕事は当たり前、付き合いの深夜までの飲酒、今までにない高度な顧客折衝などが重なってしまいました。それに伴い、喘息は悪化し仕事が休みの日には通院されていました。経口ステロイドの短期的集中投与、ステロイド含有の点滴も2度行っていました。処方される薬は、ムコダイン錠、ムコソルバン錠、テオドール錠、セルベックスカプセル、キプレス錠、ポララミン錠、セレスタミン錠、プレドニン錠、テルシガンエロゾル、キュバール、ナナドラネーザルと点鼻薬や吸入薬やその他の薬は症状によって多少異なった銘柄になったりしたそうですが、毎回上記の大量の薬を処方されていました。かなりの量に患者さんもうんざりするほどでした。

セレスタミン錠もプレドニン錠もステロイドです。ステロイドを飲み続ける限り化学物質に対して免疫寛容は永遠に起こりません。ステロイドを投与された分更にherpesを増やして患者さんが苦しめば苦しむほど製薬メーカーは儲けることができる国家的医療システムが完璧ですからどうにもなりません。

2008年になり、通常の業務内容に戻り、勤務時間も短縮され、飲酒も仕事上では飲まなくなりました。しかし、強いストレスがなくなったことにより、患者さん自身の体内でストレスに対抗するために作られた副腎皮質ホルモン(ステロイドホルモン)が出なくなり、副腎皮質ホルモンによって抑制されていた免疫の働きが活発化され、体内に溜まり溜まった化学物質を排除しようと体調が悪化し喘息がさらに酷くなってしまったのです。

少し身体が冷えただけで咳が出始め、治まることなくどんどん酷くなっていくため、1ヶ月に1度のプレドニンの短期間大量投与をされていました。咳がひどい時にはステロイド入りの点滴も打ったことがあり、やがて患者さんの体は衰弱していかれました。当時、患者さんは医学は進歩し続けていて、その進歩の結果により医者から提供される薬は基本的には最適な処方で各人に合った内容になっていると考えていたため、どうしてこんなに弱い体になってしまったのか分からず、困惑されていたそうです。

将来が見えないほどの体調悪化にこのままでは生き続けられないのではないかと疑問を持ち始め、「科学の進んだこの時代に誰かこの苦しい喘息をなせる人はいないか?」「ネットで日本全部を検索にかければ何とか対処法が見つかるのではないか?」「今までの治療法は医療界で承認されている信頼のおける治療法のはずだが違った方法もあるのではないか?」など他に何とか喘息を治す方法がないかインターネットで調べられました。しかし、いくら調べても「喘息は治らない」「一生付き合っていかなければいけない病気」と書かれているだけだったそうです。

しかし、それでも生き続けたい望みと当時まだ現代医療を信じていたために科学の発達した現代の認識がない交ぜになって「完治」とか「治る」といいうキーワードで検索をかけてみました。ここで「喘息 完治」と検索して当院のホームページや私のブログに「喘息は治る」「自分自身の免疫で必ず治る」と書かれており、症状が悪化した原因がステロイド剤であり、当院はステロイドを絶対に使わないという力強いメッセージにやっとたどり着くことが出来たのです。

私が書いた喘息の論文や当院で治療した喘息の患者さんの手記を何度も読み返して、今まで患者さんの持っていた現代医療の認識が変化されました。科学の発展した現代医療への楽観的認識は、中国医学の歴史の積み重ねと西洋医学の免疫学という科学上で発展されたものであり、さらに現代医療が患者さんの喘息を悪化させた原因であること、現代医療が間違った方向性になっており、決して楽観できない状況であることも理解されたようです。西洋医学の免疫学は優れているのですがお金が絡む治療医学は病気製造学と言ってもいいほど腐敗しています。

当院のホームページの喘息の論文や他の喘息の患者さんの手記を読まれて、喘息はどのように治療し、どんな過程で完治されるのかと思う反面、本当に喘息が治るのか?と思い、喘息だけでなく他のアレルギー疾患であるリウマチなどの膠原病やアトピーの論文も読み漁ったそうです。東大医学部では膠原病とアレルギー科は単一の科になっているのはなぜでしょう。それはかれらは科学物質が両社とも同じであり免疫がったかうぶきが異なるだけであることをひそかに知っているからです。アレルギーは化学物質をIgEで戦うときにはアレルギーとなり免疫が上がってクラススイッチしてIgGで戦うと膠原病つまり自己免疫疾患となることを彼らは知っているからです。しかし原因は化学物質と言うと巨大な力を持っている化学業界からものすごいプレッシャーがかかるので真実を言えないのです。なぜならば製造責任問題が出てくるからです。いうまでもなく化学物質製造会社で医学と最も深いかかわりがあるのか製薬メーカーですからなおさらです。

そして当院なら喘息が治るのではないかと希望が湧いてこられました。私の論文は詳細な記述が多く難しい免疫学を主に取り扱っている論文ですので、この患者さんもわからないなりに私の論文を何度も読んで勉強をしながら理解をし、私が多くの臨床結果と研究によって得られた知見は信じるに値する、また人類が進化してきた過程で発達した自分の体を守る免疫の力を信じて、当院でなら治ると思われたのです。

2008年7月に当院へ来院されました。ドアを開けてすぐに漢方煎じ薬の匂いが院内全体に充満しており、今まで通院していた医療機関と明らかに異質であったと感じられたそうです。今まで使っていたステロイド剤を止めて、喘息の漢方薬と抗ヘルペス剤を処方しました。診察を終え帰路に就いた時、処方した漢方薬の独特な匂いがしていたため、帰路の新幹線乗車で周りの人が怪訝な顔をされると思い、少しでも匂いを閉じ込められそうな袋を調達されたそうです。その後、少し遅めの昼食も済ませ、食後の鼻炎の漢方顆粒を飲んでみました。漢方独特の苦みと一般的な病院で処方される粉薬よりも2~3倍も大量の粉薬に一気に流し込むのに苦戦されました。しかし、服用して10分後には鼻の奥がスーッと通る感覚がされたそうです。ほんのわずかでも詰まっていると呼吸をする上ではあまり感じなくてもどこか呼吸が上手くできないような、抵抗があるような感覚がありましたが、その感覚が鼻炎の漢方顆粒を1回飲んだだけで鼻のつまりが無くなったので大変驚いたとのことでした。

エキスでも三倍量から四倍量にすれば即効性は簡単にわかる病気もあるのです。ツムラのエキスも今の4倍量の原料を使って濃いエキスを作れば効果は出るのですがエキス漢方の医療費は四倍どころか5倍、6倍になるので厚労省のみならず保険組合が猛反対することになるでしょう。したがって安くて価値ある漢方医療をやるためにはツムラが大量に中国から輸入した原料を直接患者さんに販売して後はせんじ薬としては患者に煎じさせれば最高の免疫を上げる薬が出来上がりますがそうなればエキスのガリバーであるツムラがつぶれてしまうでしょうが。今までは吸引器を使っていたのと漢方薬は即効性がないと思っていいたために予想外の出来事だったのです。30分後には依然と同じように鼻が詰まった感覚に戻ってしまったそうですが、より治療を続ければ治ると確信が強くなったのでした。

治療を始めて1ヶ月以上経過した頃、朝の起床時に30分間ほど指を伸ばすことが出来なくなり痛みともに指全体のこわばりが起こり、リバウンドによるリウマチの症状がみられました。日中に足の踏ん張りがきかないこともしばしば起こり、力を入れようとしても力の入れ方がわからない感覚になってしまいました。やがて手の指、手首、前腕部、肘、足の指、足首、膝と痛みが続き、痛みに似た違和感は四六時中起こり、チリチリと焼けつくような強い痛みがたまに起きるようになりました。強い痛みは約10分以上続き、痛い部分を強く揉むとさらに痛みますが一瞬痛みが引いて行ったそうです。リウマチの漢方煎じ薬を処方し、当院で鍼灸を受けるように指示し、鍼灸の後にできる小さなやけどに塗る漢方塗り薬も一緒に処方しました。また体力消耗に対応するために大量のプロテインも補給するよう指示しました。

自宅に帰って喘息とリウマチの治療に、毎食に鼻炎の漢方顆粒と喘息の漢方煎じ薬とリウマチの漢方煎じ薬を服用され続けました。毎回毎回苦虫を噛み潰したような表情をして飲み続け、口の中の味を消すために板チョコなどを小さく割って食べるほど苦戦されていたそうです。リウマチの強い痛みが毎日起きるので1日に2~3回灸をされていました。もぐさを小さく糸縒りのようして小さな1本を作る工程が患者さんにとって大変な作業でした。手の指1本ごとにその糸縒りを1回あたり4~5本置き、もぐさに点火し非常に熱くなるかチリっとした痛みが出た時に手で火をもみ消します。患者さんは手の指1本に4~5回灸を行い、合計20本近く糸縒りを燃やしました。漢方煎じ薬と鍼灸を同時に行うと効果はすぐに見られました。大抵の場合は強い痛みは消え、日によっては1回の灸で1日中痛みがなくなることもあったそうです。

大量のプロテインを接種するのに市販のプロテインを牛乳で溶かして1日に2回に分けて飲まれていました。1食にあたりに鼻炎薬に水150㏄、喘息の漢方煎じ薬に130㏄、リウマチの漢方煎じ薬に130㏄、プロテイン1回あたり牛乳200㏄で合計1630㏄となり、以前に比べて1日の水分補給量が非常に多くなったためか、排尿の回数が非常に多くなり、代謝が良くなったのも相まって汗も良くかくようになりました。

灸を始めて2~3週間ぐらいで手の指の腫れによる変形と膝が変形したように見える腫れが引いていったのです。強い痛みがまだ起こしていましたし、手足ともに腫れはまだ残っていましたが、足を引き摺って歩くようなことはなくなりました。それから1ヶ月過ぎると手の指の関節と指の付け根の腫れと膝の関節の腫れがほぼなくなっていきました。その後、手の指、指の付け根に少しの腫れと痛みが生じましたが、強い痛みが少しある時にできる限りお灸をしてもらうように指導しました。すると半年も経つと1日中痛むことがなくなったそうです。それ以降はお灸をしなくても暮らせるようになりました。

それから4~5年経ち、日常的に痛みが出ることは全くなかったそうですが、体調が悪い時に鈍い痛みが発症することがまれに起こるようになりました。左右の片側だけのときもあれば左右対称のときに鈍い痛みが発症されていたそうです。足は指の中心部分と足首、手は指とその付け根と手首、前腕部に鈍い痛みが発症することがありました。喘息治療で長期間ステロイド剤を服用されてきたために抑制されてきた免疫の隙間を掻い潜ってヘルペスウイルスが指の関節や足の関節に増殖したのでしょう。本当は抗ヘルペス剤を長期的に大量に処方した方がいいのですが、違う病気で一緒に通院していた2人のお子さんに抗ヘルペス薬を出していたために、金銭上高価な抗ヘルペス剤を患者さんに処方することができませんでした。リウマチの漢方煎じ薬を飲み続けてもらい、徐々に徐々に症状を良くしていきました。ちなみに、2人のお子さんは抗ヘルペス剤を飲んでいたため、経過は順調に快復されました。

喘息の治療では、鼻炎の漢方顆粒と喘息の漢方煎じ薬の2種類を飲んでもらい、1日3回食前食後に飲み続けてもらいました。漢方煎じ薬を飲んでしばらくすると息苦しさが和らぎ、1~2ヶ月後には1日中息苦しかった呼吸も少し楽になってきたそうです。喘息の治療をされる患者さんには体内から化学物質を痰やくしゃみで排除されるため、とにかく水分を大量に摂ってもらうために処方した漢方煎じ薬を1回煎じた後の漢方薬をもう一度同量の水で煎じた薄い煎じ薬をお茶のように飲むように指示したのですが、患者さんにはどうしても漢方の独特な苦味に慣れずもう一度煎じ薬を飲むことができなかったようです。

リウマチの症状が発症した後は同時に喘息の治療とリウマチの治療を行いました。リバウンド時の体力消耗を補うべくプロテインも摂取するように指示し、患者さんも言われた通りにプロテインを飲んでいたのですが、3か月間ぐらい体に力が入らなくなることが多くなり、1日中ではありませんが寝込むようになってしまいました。風邪もよく引いてしまい、風邪薬の漢方煎じ薬を処方することも多々ありました。

風邪が原因で出る咳は喘息の漢方煎じ薬と風邪の煎じ薬を飲むと治まっていたのですが、ある時、風邪薬の煎じ薬を1週間飲んでも咳がやまないことがありました。私は風邪の薬から咳に効く漢方煎じ薬に変えると咳がすぐ治まったそうです。患者さんは漢方薬の奥深さに感心されたとのことでした。

最初の喘息の症状は日常的に起こる喘息患者特有のゼイゼイした呼吸音が出ていました。治療を始めて1~2ヶ月後、呼吸がだいぶ楽になったものの大きく長く吐き続けた息の音はゼイゼイと同じ呼吸音が出ていたそうです。6ヶ月が過ぎるもまだ咳は頻繁に起こっていましたが呼吸音のゼイゼイという音が出なくなってきました。6ヶ月前までは倦怠感と激しい咳で1日中ではなかったものの週に1~2回寝込んでしまうことがありましたが、徐々に頻度が少なくなっていき、当院で治療を始めて5年目には月に1~2回に減少されました。

当院に通院する前は、春と秋の花粉症のシーズン、梅雨時、台風シーズン、埃っぽい場所には大体毎年喘息の症状が起こり、免疫抑制剤や気管支拡張剤などの薬を飲まないと症状が徐々に悪化させておられました。今では風邪を引いた時以外は喘息症状も出なくなり普通の生活を送れるようになられました。

喘息やリウマチや潰瘍性大腸炎やクローン病などの症状がクラススイッチによりアトピーの症状が出てきたら完治に向かっていることになりますが、喘息やリウマチや潰瘍性大腸炎やクローン病などの症状が酷かった人はアトピーの治療をする際でも大変辛い道のりになります。この患者さんも例外ではありません。ましてや抗ヘルペス剤を服用されていないのですから尚更症状が酷く、時間もかかってしまいました。

リウマチの治療を始めて6ヶ月が経った頃、腰から背中全体にポツポツと発疹が出て強い痒みが起こりました。痒くてボリボリと掻いておられましたが悪化することなく、痒みは1~2ヶ月後には治まりました。しかし今度は手の指の全体、特に関節部が特に痒くなり赤く腫れていったのです。また左上腕二頭筋と左上腕三頭筋あたりと、両手のひじ周囲が広範囲に少し赤く腫れてきたそうです。強い痒みが出てボリボリと掻くとリンパ液が前面にジワーっと出てきたそうです。後で聞くと、ステロイド点滴を左腕中心に実施されていたのがわかりました。掻いた後は血流を良くし免疫を上げて傷の治りを早める赤い漢方の塗り薬を塗ってもらうようにし、この状態が3~4ヶ月続きました。患者さんは服などに軟膏が付くと取れにくくなるため、用事がある際は包帯をして工夫されていました。

しかし治まったと思ったら今度は首筋後ろと後頭部の低い部分(首の5㎝ぐらい少し上)が痒くなってきました。首筋部分は漢方塗り薬をつけずに1ヶ月で治まったようですが、後頭部は当初直径2㎝~3㎝の大きさから徐々に拡大し最大で直径5㎝~8㎝以上になられました。皮膚の色は赤く、少し腫れて盛り上がっていたそうです。漢方塗り薬をつけずにほっておくと2日ほどでフケのような湿った粉が出て、さらに腫れていき痒みも強くなり掻くとリンパ液が出てきました。漢方塗り薬を3~4日続けて塗ると皮膚の色は赤いままでしたが腫れは多少引いていきフケもなくなりました。少しでも症状が良くなるようにシャンプーを頭皮への刺激が少ない石鹼シャンプーに変えたりされましたが、アトピーの症状が発症から7年以上かかってしまいました。しかし、8年目には皮膚が赤くなることもなく、腫れも痒みも出ることはありませんでした。

症例報告13例目

病名:アレルギー性鼻炎、気管支喘息

初めは小児喘息とアレルギー性鼻炎でとても軽い症状でしたがステロイドを使用したことにより悪化し、薬漬けになったために知り合いの紹介で当院へ受診されました。

患者:当時46歳、男性

幼い頃から小児喘息とアレルギー性鼻炎があり、小児喘息は成長するにつれて症状が出なくなり、アレルギー性鼻炎は鼻づまりが起こるだけで風邪を引いた時以外は薬を使わず過ごされていました。

しかし高校生ぐらいの頃、病院で鼻炎に効く良い薬があると勧められ、吸入式のアルデシンというステロイド剤を2週間服用してしまいました。医療のことがわからない一般人である患者さんがステロイドの恐ろしさを知らないのは仕方ないかもしれませんが、医者からステロイドの副作用についての説明は一切なく「鼻炎に良く効く薬」としか説明されず、さらに「すぐには効かないが、1~2週間使うと効いてきます」と患者さんは指示されたのです。言われた通りに鼻に吸入し続けて2週間たった後、鼻づまりは起きなくなりました。患者さんが歓喜していたのも束の間に鼻づまりが消えて吸入を止めるとしばらくして咳が出てくるようになられました。患者さんは最初、風邪かと思いましたが熱はなく、小児喘息は大人になるにつれて治まっていくと思っていたため、近所の病院へ受診されました。すると病院で鼻に1回、呼吸器に2回の吸入をするように指示され言われたとおりに治療されてしまいました。吸入すると咳も鼻づまりも治まりましたが、また治ったと思って薬を止めると、今度は本当に死んでしまうのではないかと恐ろしいくらい強い咳が出てくるようになってしまいました。

病院へ行くも「喘息です。これは治りませんので悪くならないようにコントロールするしかありません。」と言われ、大量の薬と胸に貼るシールを処方され、患者さんはこのまま悪化して死んでしまうのではないかと想像し、怖くなっていきました。

それから、知人に当院で治療してアトピーが軽快したと知り、当院のホームページを紹介されたとのことです。このまま西洋医療の病院に行っても悪くなる一方だと思い、一度当院へ行ってみようと思われました。何度も書いていますが、どんな患者さんにも「治してあげる」「治すのは自分自身の免疫で治すんや」とはっきりと伝えています。今まで「一生治らない」と言われ続けた患者さんたちはこの言葉に勇気づけられ、当院での治療を始められるのです。今回の患者さんも例に漏れず、喘息の漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤を処方し飲み続けられました。

漢方煎じ薬を飲み続けて2週間後には咳が楽になっていき、また症状が出たら漢方を飲むを繰り返しているうちに咳が徐々に治まっていかれました。ステロイドの時は咳が治まって薬を中断すると、次にはさらに強い咳が出てきていたので患者さんは大変驚かれていました。現在では、普通の生活を送っておられます。風邪を引いた時に咳が出る程度で普段は薬なしで過ごされています。

症例報告14例目

病名:アレルギー性皮膚炎

上記の患者さんの息子さんによる症例報告です。お父さんの経験によりステロイドを使わず、後天的免疫寛容を起こすのに1年ほどかかりました。

患者:当時6歳、男性

上記の患者さんが結婚し、息子さんが生まれて2週間が過ぎた頃、乳児脂漏性湿疹が出てきました。毎日顔を洗ってあげたようですが顔に黄色い膜が貼り、何度も噴き出していたそうです。

お父さんはヘルペスだと直感し、お父さん自身がステロイドのリバウンドで辛い思いをされてきたので、ステロイド剤を塗らずにそのままにして、後天的免疫寛容が起きるのを強い決意で挑まれたとのことでした。

しかし、お父さんがステロイドを使いたくないと話しても周囲に嫌がられるだけだったのです。最も辛かったのが、息子さんが痒くて夜も眠れず、奥さんからも薬を塗らせてほしいと言われることでした。時には喧嘩になることもあり、お父さんの両親からもなぜ息子さんに薬を塗らないのかと言われたこともありました。お父さんもアルデシンというステロイドを使った時、ピタッと鼻づまりが治まったことを経験していたため、息子さんの肌に塗ればすぐに綺麗になるのは直感で分かりました。そしてその後に来るだろう恐ろしいリバウンドも身をもって良く知っていました。

私にも連絡をして相談され、絶対にステロイド剤や抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤を塗ったらダメだと強く推しました。そして周囲とお父さんの格闘の末、息子さんが生まれて1歳たった頃に突然、肌がきれいになっていました。それは徐々にというものではなく、本当に突然だったとのことでした。本当に辛く忍耐も必要で1年近くかかられましたが、息子さんも小学生になり、今では何も薬がいらない状態で元気いっぱいとのことでした。

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