コラム 疾患解説

甲状腺機能低下症(橋本病)について

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 自己免疫疾患だと認められた最初の病気は、1950年代なかばであり、病名は橋本甲状腺炎であります。別名、橋本病・慢性甲状腺炎・慢性リンパ球性甲状腺炎・自己免疫性甲状腺炎ともいわれています。最初に発見した日本人の橋本策(はしもとはかる)にちなんでつけられたのであります。橋本先生自身は1912年にこの病気の論文を発表していたのですが、1950年代になって橋本病に関する研究が進み、橋本病の患者の血液中に甲状腺ホルモンの合成に重要な役割を演じているタンパクであるサイログロブリンに対する抗体が証明されたのです。

 さらに専門的な話になりますが付き合ってください。一体サイログロブリンとは何かについて述べていきましょう。サイログロブリンは甲状腺ホルモンの前駆物質であり、甲状腺濾胞上皮細胞で合成される糖タンパク質であり、このタンパクを合成する遺伝子は人間では染色体の第8番目にあります。

 ついでに述べておきますが、福島の原発事故でヨード131という放射能が撒き散らされました。半減期は8日間でありますが、甲状腺で甲状腺ホルモンを作るためにはヨードが必要であります。正常なヨードであれば全く問題ではないのですが、ヨード131という放射能をもったヨードの同位元素が甲状腺に取り込まれると、甲状腺ホルモンにもこの放射性ヨードが取り込まれてしまうのです。どのようにして放射性甲状腺ホルモンが作られるか簡単に説明しましょう。まず甲状腺濾胞上皮細胞でサイログロブリンが合成され、次に人体に取り込まれたヨード131を血中から甲状腺に取り込まれ、このサイログロブリンとヨード131が結びつき、サイログロブリンをヨード化してはじめて甲状腺ホルモンであるサイロキシン(T4)やトリヨードサイロニン(T3)が出来上がるのです。ところが放射性同位元素であるヨード131はいつまでも甲状腺に残り、サイロキシンやトリヨードサイロニンに取り込まれ、この甲状腺濾胞上皮細胞の遺伝子のミューテーション(突然変異)をいつの間にか起こしてしまい、甲状腺癌となってしまうのです。

 さぁ、ここから本格的な私の論陣が始まります。つまり私の患者さんにも橋本病の人がたくさんいます。彼らはサイログロブリンに対するサイログロブリン抗体(抗TG抗体)が正常よりも高いのであります。まず問いかけたいのです。正常よりも高いという意味は、一体何なのでしょうか?橋本病がない人でも普通に抗TG抗体を作っているということです。抗TG抗体の正常値は28 IU/ml未満であります。28未満であれば橋本病ではないということです。橋本病は甲状腺機能低下症、つまり抗TG抗体が大量に作られると正常なサイログロブリンが減ってしまい、その結果甲状腺ホルモンであるT3、T4も作られる量が減るので、甲状腺機能低下症となるのです。

 それでは28未満の中で正常な人が作っている抗TG抗体は、橋本病で抗TG抗体を作るメカニズムとは全く別のものであるというわけでしょうか?そんなことは絶対にありません。同じメカニズムで作られている物質が多くなったときに問題を起こすというだけのことなのです。これがまず反論の第1撃です。それでは抗TG抗体の正体は何なのでしょうか?

 さて、原因不明といわれる病気の全ては遺伝子病か、今述べた膠原病であります。ところが原因不明と呼ばれ、従って自己免疫疾患だとよばれる病気の中に、結合組織で化学物質と戦う以外の病気があるのです。その病気の戦場は結合組織ではなくて、見かけは自分の細胞であるように見えるのです。従って自己免疫疾患と呼ばれるキッカケにもなったのです。このような自分の細胞を攻撃する病気も膠原病と同じように取り扱われるようになったのです。

 それではどうして見かけは自分の細胞を攻撃するような病気、つまり自分の免疫が自分の細胞を直接攻撃するように見えるのでしょうか?これを詳しく説明しましょう。このような病気の代表が橋本病(慢性甲状腺炎)であり、バセドウ病(グレーブス病)であります。さらにクレチン症(新生児甲状腺機能低下症)なども含まれます。

 まず橋本病はどうして起こるのでしょうか?この橋本病は、別名、リンパ球性甲状腺炎とか自己免疫性甲状腺炎ともいわれ、1912年に橋本策博士によって見つけ出されました。成人女性の5%が罹患しています。男女比は、男性に比べて女性が10倍~20倍です。これはちょうどSLE(全身性紅斑性エリテマトーデス)は、女性が男性の10倍~20倍の罹患率であるのと同じです。実際私は男性の橋本病やSLEを診たことがないので、ひょっとすれば女性しかこのような病気はないのかと思うぐらいです。

 なぜ女性が多いのでしょうか?それは女性ホルモンがステロイドホルモンを増やし、生理のたびごとにステロイドホルモンも減り、そのたびに免疫がリバウンドするからであります。つまり膠原病はアレルギーになるべきものが、免疫を抑制されることによって生ずる病気であるからです。

 それではこの橋本病の抗原、つまり異物は一体何なのでしょうか?これこそヨードなのです。皆さんはヨードアレルギーというものを聞いたことがあるでしょう。例えば血管造影などに用いる造影剤はヨードを含んでいます。この造影剤に対してアレルギーを起こし、痒みや発疹や呼吸困難が起こることがあります。身近にはときに消毒薬として使われるポピヨンヨードなどのヨード製剤によるアトピーが見られることがあります。このヨード製剤の中にヨウ素が含まれています。このヨウ素は甲状腺ホルモンを作るときには絶対に必要なものなのです。このヨードとキャリアタンパクとが結びついた複合体を異物として認識できるMHCⅡ遺伝子を持っている人が、IgEを作り出しアレルギーを起こすのです。ところがストレスが多い女性はBリンパ球のAID遺伝子をONにできなくて、逆クラススイッチをし、IgG抗体を作り出してしまうのです。このIgGが甲状腺の濾胞に蓄えられたサイログロブリンと結びつくと、炎症が起こり、慢性甲状腺炎、つまり橋本病になるのです。橋本病のキャリアタンパクはサイログロブリンといってよいでしょう。

 ここでサイログロブリンとは何かについて説明しましょう。実はホルモンを作り出すプロセスの中で一番複雑なのは甲状腺ホルモンの生成に見られます。それではどのようにして甲状腺ホルモンが作られるかを説明しましょう。まず脳に人間の活動性が高まるにつれて運動神経や感覚神経が刺激されると、それを感知した脳の細胞は基礎代謝やエネルギー代謝を活性化するために、脳の視床下部でTRH(thyrotropin-releasing hormone)という甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンが作られます。このTRHは今度は脳にある下垂体に働いて、TSH(thyroid stimulating hormone)という甲状腺刺激ホルモンを出させます。このTSHは血流に乗って甲状腺に伝えられ、甲状腺濾胞上皮細胞のレセプターと結びつきます。甲状腺ホルモンを作れという命令を受けた甲状腺濾胞上皮細胞の核の遺伝子はメッセンジャーRNAを作り、サイログロブリンを作る命令を出します。すると甲状腺濾胞上皮細胞は、巨大なタンパク質であるサイログロブリンを合成します。この巨大なサイログロブリンが2個くっついて、さらに糖が付加されて、2個結びついたサイログロブリンが作られ、これをサイログロブリンのダイマーとよびます。このダイマーを甲状腺濾胞上皮細胞の横にひっついている濾胞というサイログロブリンの貯蔵所に運び込むために細胞外に放出し運び込みます。この濾胞でサイログロブリンのダイマーは初めてヨウ素と出会います。このヨウ素とサイログロブリンのダイマーが結合します。人間の活動が盛んになればなるほど、この濾胞からヨウ素と結びついたサイログロブリンのダイマーが今度は逆に甲状腺濾胞上皮細胞に取り込まれます。そして甲状腺濾胞上皮細胞の中で2種類の甲状腺ホルモンが作られます。ひとつはサイロキシンといわれ、T4と表記します。もうひとつはトリヨードサイロニンとよび、T3と表記します。T3の方がT4よりもホルモンの強さは10倍あります。

 甲状腺濾胞にサイログロブリンとヨウ素が貯蔵されています。なぜわざわざ細胞外にサイログロブリンとヨウ素の貯蔵所を作る必要があったのでしょうか?なぜ甲状腺濾胞上皮細胞の中で直接にサイログロブリンとヨウ素を結び付けることをしなかったのでしょうか?なぜわざわざサイログロブリンを細胞から外へ出したり、細胞内に取り込んだりするような面倒なことをせざるを得ないのでしょうか?このようにホルモンを生成する際に面倒な貯蔵所を細胞外に作っておくという内分泌組織は甲状腺以外に何一つありません。その答えは次のように考えられます。

 おそらくヨウ素がちょうど漆と同じように、全ての人間にとって異物と認識され、従ってアレルギーや膠原病を起こす可能性が大きかったからこそ、他の組織には一切漏れさせずに甲状腺濾胞に取り囲ませて、他に一切漏れないようにして、アレルギーや膠原病を起こさないようにしたのです。ときどき漏れるときには、正常な甲状腺機能を持っている人でも、抗TG抗体を少しは作り出していることについては既に述べました。抗TG抗体(サイログロブリン抗体)を大量に作り出す免疫の能力の多様性を持っている人のみが甲状腺機能低下症となる橋本病にかかってしまうのです。

 ちょうどこれは膠原病で必ず見られる抗核抗体とよく似ています。抗核抗体も40未満は正常といわれます。ところがリウマチなどで結合組織で炎症が起こると、炎症の波及のために周辺の細胞から免疫が見たことのない核を多かれ少なかれ全ての人が認識してしまい、誰もが40未満の抗核抗体を持っているのです。ところがMHCⅡという免疫の異物を認識する遺伝子の多様性の高い人は核を異物として認識しやすくなり、抗核抗体が高くなるのと少し似ています。

 もうひとつ自己免疫疾患といわれる病気の中に溶血性貧血や特発性血小板減少症がありますが、このときに用いられる免疫の働きは橋本病とはまた違うのです。この場合は免疫のクロスリアクションによるものです。

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