まず今日は、バセドウ病がヘルペスウイルスの4番目のEBウイルス(Epstein-Barr virus;EBV)が原因であることを証明した鳥取大学の論文を取り上げて、わかりやすく解説していきます。ちょうどこれは、今翻訳しているRuth Itzhaki先生がアルツハイマーの原因は1型単純ヘルペスウイルスであるという論文と同じ位置を占めるものです。
2011年から鳥取大学医学部医学科分子病理学分野の研究グループは、B細胞に感染したがるEBウイルス、英語で“Epstein-Barr virus”といい、略語でEBVといいますが、このEBウイルスとバセドウ氏病の関係に着目し始めました。バセドウ氏病は、甲状腺の自己免疫疾患の一つであり、甲状腺の機能亢進を引き起こします。このEBウイルスは9割以上の人が保有しており、EBウイルスの増殖とバセドウ氏病に見られる、いわゆる自己抗体である抗TSHレセプター抗体、別名TRAbとの関連を指摘し始めました。抗TSHレセプター抗体のTSHは、“Thyroid stimulating hormone”の略語であり、甲状腺刺激ホルモンと訳します。さらにTRAbは、“Thyroid stimulating hormone receptor antibody”の略であり、脳の下垂体から作られる“サイロイド刺激ホルモンに対する抗体”という意味であり、この抗体が甲状腺のレセプターにつくと、甲状腺ホルモンがどんどん作られて甲状腺の機能が亢進しすぎるバセドウ氏病が起こるというわけです。皆さんご存知のようにこの世に自己免疫疾患、つまり自分の免疫が自分の組織を攻撃するということはもちろんないわけですから、他に原因があるわけですよね。その原因がEBウイルスであるということを鳥取大学の研究グループが見つけたという次第です。
2011年の研究では10%以上のTRAb(Thyroid stimulating hormone receptor antibody)を持っているバセドウ氏病患者において、EBVが増殖すると、EBVがすぐに作り出すタンパクである初期抗原(Early antigen)という抗原に対して、抗体価とTRAb(Thyroid stimulating hormone receptor antibody)のレベルが中程度ですが顕著に相関することが示されました。
2015年の研究では、13例中8例のバセドウ病患者から実際にTRAbが陽性であり、かつEBVが陽性であるB細胞が、患者の末梢血のリンパ球である単核球から“ in vitro”で確認されました。“in vitro”という英語は、“in vivo”という英語に対応します。“in vivo”というのは「人体中で」という意味で、“in vitro”は「人体外で」という意味です。つまり“in vitro”は、「試験管内で」とか、「生体外で」という意味になります。しかし予想に反して、11例の健常対照群全員からもTRAb陽性なB細胞が検出され、さらにTRAb陽性かつEBV陽性なB細胞も8例見つかっていました。しかしながら、バセドウ氏病患者においてはTRAb陽性なB細胞の検出頻度は健常対照群のそれに比べ顕著に高かったのです。なぜバセドウ氏病でない健康な人でも、TRAb陽性なB細胞が検出され、さらにTRAb陽性かつEBV陽性なB細胞も8例見つかったのでしょうか?皆さん一緒に考えましょう。答えは簡単です。まずTRAbという抗体を作らせるのは、誰だと思いますか?B細胞に感染したEBウイルスがB細胞の遺伝子に入り込んで、その遺伝子をトランスフォーメーション(形質転換)することで作らせたのです。EBウイルスの形質転換についてはこちらを読んでください。
一方、EBウイルスが陽性である人は、必ずしもEBウイルス関連の病気になるわけではありません。これはちょうど単純ヘルペスに感染したからといって、単純ヘルペスに関係する様々な病気が起こるわけではないのと同じです。これからの話はちょっと難しくなりますが、TRAbの抗体を調べる試薬は決して検査したTSHというホルモンは検査した検査した人自身のTSHではなくて、試薬として作られたTSHであり、しかし確かにTSHの働きを持っていると考えられるからです。ちょうど自己免疫疾患を診断するときに、抗核抗体という検査をします。この検査の抗体は患者さんの抗体ですが、核は自分自身の遺伝子が入っている核ではないのです。あくまでも検査屋が作った核という試薬に過ぎないのです。ちょうど抗核抗体が極めて高くても、自己免疫疾患ではない人はいくらでもいます。
同年のまた別の研究では、EBVの増殖がEBVに感染したB細胞を抗体産生細胞(形質細胞)に分化させ抗体の産生を行わせることができるので、次のような実験を行いました。EBVが潜伏感染したTRAb陽性(TRAb+)なB細胞が実際にEBVが増殖した時にTRAbを産生するか否かを調べたのです。この実験では、末梢血単核球(リンパ球)においてEBVの増殖(再活性化)をin vitro(試験管内)で誘導した際に、健常対照群(12例)に比べバセドウ病患者(12例)のTRAb陽性かつEBV陽性であるB細胞から、より高いレベルのTRAbの産生が行われることが確かめられました。
また同年の症例報告では、EBVの初感染による伝染性単核球症の発症に伴いTRAbのレベルが上昇した小児の例が確認され、in vivo(生体内)におけるEBVとバセドウ病の関連が示されました。伝染性単核症は、英語で“Infectious mononucleosis”といい、略語でIMといいます。主にEBウイルスの初感染によって生じる急性感染症の一つで、日本では2 〜3歳までの感染が70 %を占め、20代では90 %以上がこのウイルスの抗体を持っています。アメリカでは幼児期の感染率は20 %で、多くは思春期・青年期で感染し、キス病とも呼ばれています。感染する時期(年齢)によって症状の現れ方が異なり、乳幼児期では不顕性感染であり、EBウイルスに感染しても症状が現れない症例が多く、思春期以降の初感染では約半数に症状が顕現します。また、青年期で感染すると発熱や腰痛様々な症状が1ヶ月ぐらい続きます。まれに輸血などにより血液を介して感染する場合もあります。
2016年の研究では、15例の健常対照群に比べ34例のバセドウ氏病患者の方がIgMクラスのTRAbとIgGクラスのTRAbの両方の抗体価が顕著に高いことが示されました。ちなみにIgM抗体は感染した直後に上昇する抗体であり、IgG抗体はIgM抗体が作られてから1週間後あたりでクラススイッチしてから出現することはご存知ですね。しかしながら、全IgM抗体価よりも全IgG抗体価の方が高いにも関わらず、IgMクラスのTRAb抗体価の方がIgGクラスのTRAb抗体価よりも高いという結果も出ました。皆さん、全IgM抗体価とか全IgG抗体価とかが理解できますか?「全」という意味は、血中の中にある全ての種類という意味です。従って、全IgM抗体価というのは、採血した時に血中に属しているあらゆる種類の、つまりあらゆるクローンのIgM抗体の量であり、一方、全IgG抗体価というのは、採血した時に血中に属しているあらゆる種類の、つまりあらゆるクローンのIgG抗体の量であります。
ところがEBVが増殖(再活性化)しているバセドウ氏病患者においては、IgMクラスのTRAb抗体価が高いことが観察されました。この意味が理解できますか?これは今作っている自己の甲状腺を攻撃するIgM抗体を作るB細胞の数が、既に作りかつ今も作っている自己の甲状腺を攻撃するIgG抗体を作るB細胞の数よりも多いという事実に一致します。これはEBVによる多クローン性のB細胞の活性化を示唆する結果となったのです。この意味も理解できますか?多クローン性のB細胞というのは、多種類の抗体を作るB細胞という意味です。その結果、IgMクラスのTRAbを作らないB細胞の特徴と、TRAbのアイソタイプ、つまりTRAbがIgG抗体に属するのかIgM抗体に属するのかと、かつバセドウ病の病態との関連を明らかにする必要が生じたのです。以上の文章は素人の皆さんには難し過ぎますがついてきてください。理解されなくても結構です。
そして最終的に2017年、鳥取大学の研究グループはバセドウ病の自己抗体、言い換えると、自己に対する抗TSHレセプター抗体(TRAb)が、EBVの潜伏感染Ⅲ型遺伝子の一つLMP-1による、T細胞非依存性のCD40の共刺激シグナルの模倣によって引き起こされるNF-κB活性化によってトランスフォーメーション(形質転換)したEBVに感染したB細胞からTRAbが産生されていることを分子生物学的に証明しました。この文章を理解するのは素人では無理です。それを一から理解できるように説明するのはものすごく時間がかかります。これを理解したい人は、EBウイルスの形質転換についての論文を読んでください。
さらにその2017年の論文によれば、まずバセドウ氏病を引き起こすのはIgG1のアイソタイプを持ったTRAbであることを明らかにしました。ちなみにIgGにも4つの抗体のアイソタイプである、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4があることを知ってください。このアイソタイプのクラススイッチをするためには、TRAb陽性B細胞で免疫グロブリンのクラススイッチ遺伝子再編成を引き起こす活性化誘導シチジンデアミナーゼ(AID)の発現が必須となります。先ほど述べたように、EBVの潜伏感染Ⅲ型遺伝子のLMP-1はT細胞非依存性にCD40のシグナルを模倣しNF-κBを活性化させることができます。NF-κBはAID遺伝子(AICDA)の転写を促進するので、バセドウ病を引き起こすIgG1のアイソタイプを持ったTRAbの産生が可能になるのです。AICDAは英語で、“Activation Induced Cytidine Deaminase”といい、日本語で活性化誘導シチジンデアミナーゼと略してAIDともいいます。AIDという遺伝子によって発現した酵素であるデアミナーゼというのは、DNA中のシチジン基からアミノ基を取り除く仕事をします。これを脱アミノといいます。
同研究グループは2018年、11例のリンパ球・形質細胞の浸潤を認めるバセドウ氏病患者の、7例の甲状腺摘出検体においてEBV陽性B細胞かつIgG4陽性形質細胞の存在をそれぞれEBV-encoded small RNA 1(EBER-1)の in situ ハイブリダイゼーション・免疫組織科学により調べ、実際にEBV陽性B細胞(EBウイルスに感染しているB細胞)とIgG4陽性形質細胞(IgG4を産生している形質細胞)が甲状腺組織の同じ位置に存在していることを確認しました。また、14例の健常対照群と13例のバセドウ病患者のリンパ球におけるEBVの増殖(再活性化)を誘導し、両方のリンパ球においてIgG4の産生を確認しました。特に、病状のコントロールができなくなり甲状腺の摘出を受けた患者においては血清におけるIgG4/IgG比がとても高く、IgG4関連疾患様の状態にあることが分かりました。(IgG4関連疾患についてはいずれ詳しく書きます。)以上の結果は、2014年の和歌山大学の研究グループによる、バセドウ病患者の一部において血清IgG4価が高いという結果に一致しています。
IgG4へのクラススイッチ遺伝子再編成にはTh2細胞性サイトカインであるIL-4とIL-5とIL-10という免疫抑制系のサイトカインが必要ですが、EBVのBCRF-1遺伝子の転写産物はIL-10のホモログ(類似物)であります。さらにEBV-encoded small RNAs (EBERs)は宿主のB細胞にIL-10の産生を促進します。EBVのIL-10のホモログ(類似物)とEBV-encoded small RNAs (EBERs)によって産生が促進されたIL-10が制御性T細胞の代わりにIgG4へのクラススイッチに寄与しているのです。通常、形質細胞は抗原に対して高い親和性(high-affinity)を示すIgGを産生しますが、IgG4は抗原に対し高い親和性を示す抗体ではないので、胚中心におけるB細胞の抗原に対しての親和性成熟においてはIgG4へのクラススイッチは非常に稀にしか起こらないと考えてよいのです。(IgG4については後で詳しく書きます)従ってこの研究におけるバセドウ病患者の甲状腺切除組織におけるIgG4陽性形質細胞(IgG4を産生している形質細胞)はリンパ節の胚中心におけるB細胞の親和性成熟以外の過程で発生したものと考えられます。そしてその過程はEBVの増殖(再活性化)によって誘導されたIgG4産生であるということが結論づけられたのです。
本当はRuth Itzhakiさんの1型単純ヘルペスがアルツハイマーの原因であるという英語の論文を翻訳したかったのですが、時間切れとなりました。今日の論文は完全に理解することは素人では無理ですので、とにかくしっかり読むだけ読んでください。
今日はここまでです。2019/03/21