症例報告71例目
完治された病名1)潰瘍性大腸炎
患者:38歳、女性
この患者さんは様々な苦難をなんとか乗り切り、ニキビの治療でステロイド剤とピルを6ヶ月程使用された後、よく便意を催すようになり、便に血が混じるようになり、のちに潰瘍性大腸炎と診断されました。
苦難のある人生の中で患者さんが今まで最も辛く悲しいストレスは、1人目の子供(娘)を難病で失ってしまったことでした。そして同じく難病のためにお腹の中にいた3人目の子供(娘)も7ヶ月で亡くなってしまいました。そして3人目の子供が亡くなった一年後も数えあげればキリがないストレス(子供の幼稚園の親子関係、夫婦間、仕事、大人ニキビなど)で毎日忙しくオーバーワーク気味な生活をしていました。こうした大きなストレスを乗り越え、喪失感や悲しみが襲ってきましたが、生きている長男のために元気なお母さんになる事を目標に、頑張ってきました。
そして大人ニキビについて調べ、ホルモンのバランスが一番問題あると思った患者さんは、ニキビ治療に自信がありそうな病院を見つけて受診されました。薬はピルと名前は忘れてしまいましたが副腎系の薬を使用し6ヶ月を過ぎた頃からニキビがすっかり治まりました。そんな喜びも束の間、これこそが患者さんの体を蝕み始める引き金になるとは思いもしなかったでしょうね。また、低気圧になると頭痛が必ず起こり、ロキソニンも常に飲んでいました。
よく便意を催すようになったなあと思いながら過ごしていたある日のこと、便に血が混じっていることに気づきました。気にはしつつ、痔かもしれないと軽く考え、一ヶ月後に受診されました。診てもらうと「これは痔ではないようなので、大腸カメラをする必要がある」と言われ予約が埋まっていたので検査は一ヶ月先になりました。しかし、不安が募り翌週また受診され、なんとか検査日を早めました。検査までは特に変わった症状の進展はありませんでした。そして検査の結果、潰瘍性大腸炎と診断されたのです。
担当医からジャンクフードなどを避け、和食を食べないと言われたので和食中心の食生活にされました。ごぼうや生野菜ハムなどは、摂っても大丈夫だと思い一週間経った朝、お腹が痛み出し、激しい腹痛に襲われ救急車に運ばれ一ヶ月弱の入院となってしまいました。
とにかく痛みが激しく二週間は痛さと闘いました。薬はペンタサと痛み止めに点滴のブスコパンでした。また胃の痛みを止めるために潰瘍の時に使う薬も飲まれました。入院中は痛みと戦いながら治療の説明など聞き、わからないときはネットで調べるということを繰り返す日々でした。食べるのが怖かったということもあり、二週間ちょっとは食事を摂りませんでした。
入院して痛みが少し和らいだ頃、ようやく潰瘍性大腸炎の恐ろしさに気付き、すがる思いでどんな治療法があるのか等を調べまくりました。幸運にも、ステロイド治療を医者から勧められる前に患者さんのブログで松本漢方クリニックの存在を知りました。このまま薬漬けになる選択肢しかなく、免疫を抑えられ、希望の無い日々を迎えないといけないのかという恐怖心と絶望感でいっぱいになり、今すぐ退院して大阪へ行きたいと毎日思うようになりました。
ネットにある沢山の情報の中には嘘が多いので、患者さんはいつも都合の良いことばかり書いているサイトは信用できませんでしたが、当時掲載されていた患者さん達の体験闘病記を見てこれは絶対間違いない!と確信されました。担当医が良くならない患者さんに「ステロイドしかない」と言う度に、毎回必死で「使いたくない」と言い続けるのは相当しんどかったと思いますが、私やのちに患者さんも「お前は偉い!よくぞ『使わない』と言い続けた!!」と心の底から患者さんを褒めてあげたいですね!アハハ!
やっと退院することができ、しばらくしたら血液の治療法をやると約束し、家路につきました。そして、ようやく“いざ松本漢方クリニックへ!”となったのです。退院したばかりで向かう道中ふらつきながら、不安を抱えながら、朝9時過ぎに松本漢方クリニックに着きました。朝5時過ぎに家を出て、新幹線で早めに出たにも関わらず、当時待合室の席は、すでに全て埋め尽くされているのを見て驚きと確信とで胸がざわついたそうです。
3時間以上待った頃、やっと順番が来ました。私のキャラクターに圧倒され、あっという間に診察が終わってしまい、打たれ弱い患者さんは意気消沈してしまいました。しかし自分の免疫を信じて、頑張って自分の免疫を上げるしかないと誓った初診になったそうです。
お薬は、漢方煎じ薬2種類とアシクロビル錠とフラジールを処方しました。毎日毎日慣れない漢方作りをしながら過ごしておられましたが、物凄いリバウンドらしきものはまだ起こりませんでした。
初めの二週間くらいに、だるさ、吐き気、頭痛があったくらいで、それ以降は血便も腹痛も起こらなくなりました。食事はきっちり潰瘍性大腸炎の食事を守りました。私は何を食べても大丈夫と言いましたが、患者さんは念のため消化の良いコシあんだけ食べるのではなく、ネットの潰瘍性大腸炎の食べても良いリストの中でも粒あんは控えるように書かれてあった粒あんも食べてみる程度の小さい挑戦だけされてきました。食事に関してはとでも悩まれたそうです。
飲み始めて3カ月ちょっと、まだ少し出血がありましたが、以前に比べて落ち着いてきました。今まで飲んだ薬、食事、環境などによってリバウンドの強さは変わるはずですし、長引く人がいる一方、早く結果が出る人もいます。まずは自分の身体を理解して、病気の事も理解して、初めて病気に立ち向かうことができるようになるのです。今では、血便、腹痛もなくなり潰瘍性大腸炎の症状は完治されました。もう当院にも通われておりません。
症例報告72例目
完治された病名1)潰瘍性大腸炎
患者:39歳
潰瘍性大腸炎の症状が出たのは、2013年11月の事でした。いつものようにトイレに行くと血が混じっておりましたが、少し様子を見ることにしました。しかし、その症状が1カ月近く続いたので不安になり近くの消化器内科を受診しました。「年齢的に大腸癌ではないと思うけど、心配なら内視鏡検査を受けるように」と担当医に言われました。しかし患者さんにとって初めての検査で受けるのにとても勇気がいりなかなか検査を受けられませんでした。しかし、その後も出血や粘液は続き、以前からよく風邪を引いていたため風邪をひくとお腹の痛みや症状がさらに酷くなっているように感じられました。
2014年9月に別の検診を受けていた時、そこの看護師に患者さんの症状について相談すると看護師が以前働いていたクリニックを紹介され、その日のうちに紹介されたクリニックを受診されました。患者さんの話を聞いた医師はすぐに検査した方が良いと言い、2カ月後の11月に検査をすることになりました。その検査までの2カ月間は不安で一杯だったそうです。もし自分が大腸癌でないとしたら、潰瘍性大腸炎かもしれないと思われました。検査はとても緊張され大量の下剤をなんとか飲み、検査を終わると医師から「潰瘍性大腸炎で間違いないと思うから、特定疾患の申請をするように」と言われ、潰瘍性大腸炎ガイドブックを数冊渡され、それをよく読むように言われました。また、この病気は治らないので、一生薬を飲み続ける必要があることなども言われました。
アサコールを1か月分が処方され、飲み続ければ炎症はきれいになるので、2カ月後に再検査することになっていました。しかし患者さんは2日間だけ服用されました。炎症を抑え続けることなどできるのだろうか、炎症が出ているのは理由があるのではないのだろうかと思ったからです。しかし薬を飲まないと医者は良い顔をしないし、どうしようと思いながらもあっという間に1カ月が過ぎてしまいました。
1カ月後の診察時、出血が治まった事と正直に薬を飲んでいないことを伝えました。医師は患者さんがこの病気の事をちゃんと理解していないと思われたみたいでしたが、患者さんの思っていることを聞きました。治らない病気なのに薬を飲み続けなければならないのがよくわからないということ、炎症を薬で抑えてもさらに強い薬が必要になるだけではないかということ、医師に向かって失礼だと感じ何とも言えない気持ちでしたが説明されました。
医師は静かに聞いていましたが、「あなたは考えすぎだ」とか「間違っている」と言われ、別のクリニックで他の医師の意見を聞いてきたらいいとまで言われました。患者さんはまた同じような検査を受けるのも嫌だったし、他の先生も同じようなことを言うだろうと思ったので断りました。結局もう一度症状を確かめるため、一カ月後に再検査をすることになりました。炎症は以前に比べて悪化していました。加えて「あなたに無理に飲ませるわけにはいかないけれど、治療に入らないのは残念だ」という医師の言葉にも患者さんは堪えました。周りに患者さんの思いを理解してくれる人は誰もいませんでした。また病気が放っておいて良くなるわけではないので、本当にこれからどうしていったら良いのか不安と孤独で目の前が真っ暗でした。
何とかこの病気を治したいと、他に何か方法があるはずだと、癌のような病気でも潰瘍性大腸炎でも治った人はいるはずだと思い、インターネットで“潰瘍性大腸炎 完治”というワードで検索されました。そして松本漢方クリニックさんのホームページを見つけたのです。ステロイド剤や免疫抑制剤を一切使わず、漢方煎じ薬を使う治療方法に患者さんは惹かれました。以前にも漢方を飲んだことがあったからです。私の論文はとても詳細に書かれているため、なかなか理解できなかったそうですが、潰瘍性大腸炎が生じる過程をここまで詳細に書いている医師は他にはいないと思い、母親を説得して一緒に大阪まで来院されました。
2015年2月、初診。患者さんはお話をするのがあまり得意ではなかったようでしたが、私と会話を重ねるにつれて緊張がほぐれていきました。そして直球に「何かストレスになることがあったんじゃないか?」と聞くと、母親の事を話してくれました。長い間耐え続け膨大なストレスに対抗しようと患者さんの体の中の副腎皮質からステロイドホルモンを大量に放出して免疫を抑制し、最後には潰瘍性大腸炎の炎症が出てきたのです。漢方煎じ薬と抗ヘルペス剤、漢方風呂を処方して診察は終わりました。
処方された漢方煎じ薬の煎じ方や味に慣れるのに少し時間がかかったようですが、飲む前は粘液や出血が多かったのが2~3日くらいで便通が良くなりました。漢方のお風呂は体が温まり、気持ち良くなられました。
漢方を飲み始めて7~8か月くらいまでは、朝起きた時、食後、特に夕方から出血することが多かったので朝は食べず、昼も少しだけにされたそうです。夜は普通に食べていました。夜は家にいられるので安心だったからです。2~3週間に1度は電話診察を行い、処方した薬を郵送しました。何度も「病気は自分で治す」と言って励まし続けました。
病気を治すためにも自信の心の持ち方を変えなければならないと指導しました。患者さんは自分が今、どんな気持ちでいるのか気づくことから始めました。少しずつやっていき、頑張り過ぎず、ストレスを発散させる楽しい事やってみたり、ストレスを溜めすぎないようにすると、少しずつですが気持ちが楽になってきたそうです。
2015年11月、6カ月ぶりに松本漢方クリニックを受診。その時はひどいアレルギー性鼻炎の症状が出ていました。リバウンドが起こったのです。患者さんが子供の頃からアトピーやアレルギーを持っていましたが、ここ数年出ていませんでした。そのアレルギーが久しぶりに出て、また便秘気味にもなりました。診察の時に患者さんに良くなっていると伝えました。ビックリされていましたがとても嬉しそうにされていました。
潰瘍性大腸炎の原因が死んだ異物である化学物質と自分のストレスによって免疫を抑制します。患者さんが感じていたストレスが、副腎からステロイドホルモンを出させて、免疫を抑制し、このステロイドホルモンが免疫の遺伝子の働きに影響し、アレルギーとして出すために用いるIgEがIgGに逆クラススイッチしてしまったために潰瘍性大腸炎にしてしまいました。
患者さんの心が免疫の働きを抑えてしまっていたのです。免疫はちゃんと働いてくれていたです。患者さんの体が「このままじゃだめだよ」と病気になって教えてくれたのです。のちに患者さんは無事完治され、当院にはもう来られていません。