症例報告7例目
治した病名と症状:1)リウマチ性多発筋痛症、2)メニエール病、3)頭痛、4)下痢、5)全身のコリ、6)橋本病
幼い頃から積み重なったストレスにより今まで感じたことのないあらゆる関節のこわばりと痛みと頭痛を起こしてしまいましたが、当院を受診して心の在り方を見つめ直し、患者さんの免疫を高める治療を行った結果、無事完治されました。
患者:当時48歳、女性
患者さんは20代の頃から頭痛・下痢・全身のコリなどの症状がありました。患者さんは幼い頃から気の強い、曲がった事が大嫌いで、でも本当は周りの反応が気になる神経質なところがある性格だったそうです。そのため、ほんの小さなトラブルも患者さんとっては大問題でした。「どうすれば皆が納得できるのか?」、「私が解決しなければいけない」とジレンマを起こしていました。表面上は「何にもない。平気」という態度を取りながら、段々とストレスを溜めてきたのです。その性格のまま結婚・転勤(大阪から富山へ)・子育て・再就職など、慣れない土地で頑張り続け、体のSOS、心のSOSに気づかないふりをし続けました。また看護師のため身近に薬がある環境であったことから、すぐに薬を服用して症状のみを取り除いていました。
2012年3月中旬、今までにない腕、足をはじめとするあらゆる関節のこわばりと痛み、頭痛も併発して起こりました。看護師だった患者さんはいつも風邪の時に飲む配置薬を服用すると少し軽快するものの、翌日も同じ症状が起こりました。インフルエンザを疑い内科を受診するも結果は陰性でした。鎮痛薬のみ処方されましたが服用しても一時的に症状が止まるだけでした。患者さんは何か身体で起きているに違いないが、何が原因で起こっているのか分からず不安で一杯になりました。以前に橋本病を発症した際、「リウマチの値が少し高い」と言われたことを思い出し、整形外科を二か所受診するも、はっきりとした診断もなく「ロキソニン」の内服と軟膏の処方のみでした。念の為、レントゲンと血液検査を受けられました。1週間後、リウマチと診断され、リウマチの薬とそのリウマチ薬の副作用の分の薬と大量の薬が処方されました。これからたくさんの薬を一生飲んでいくのか。これからどうなるのだろう。患者さんはようやく薬の恐ろしさに気づき、不安で頭の中がパニックになりました。
職場の先輩にリウマチの事を話したところ当院の紹介を受けました。職場の先輩のお婿さんが松本漢方クリニックで完治したこと、免疫を抑える薬は使わないこと、必ずホームページを読むことと、教えていただいた。早速、ホームページを読み、4月上旬に受診されました。「必ず治る。自分自身が治すんやで」「今までたくさんのストレスを抱えてきたね」患者さんは歓喜のあまり涙を流してしまいました。患者さんは父親の入退院が始まった約30年前から「良い人」を演じ続け、多大なストレスを抱え、このような自己免疫疾患といわれる症状が起こってしまったのです。
リウマチ性多発筋痛症以外にもメニエール、肩、首の痛み、頭痛、めまい、円形脱毛症や過敏性大腸炎、その他顎関節症で内服し続けていた薬を全て止め、2種類の漢方煎じ薬、漢方風呂、抗ヘルペス剤を処方し、鍼、灸を毎日するように指導しました。また現実を受け入れて、諦めるという考えが大切であり、徐々に心のゆとりを持てるように指導しました。
漢方薬を飲み始めて3日目、あれだけ痛かった関節が楽になっていきました。その後、関節の痛みは減り続け、ヘルペスの症状だけが残りました。少し楽になった時に、漢方薬を飲み忘れたり、漢方風呂をさぼったりすると、体の中の免疫は正直なもので、元の状態に戻ってしまい、何度かこのような事を繰り返しておりましたが、きちんと治療に取り組むと、リバウンドが起こりました。リバウンドは腕や股関節の痛み、背中・首筋のコリなどでした。リバウンド中、「つらいな。なんとかならないかな」と思う時は、当時まだ掲載されていたホームページの手記を読みました。またストレス解消のため、元々やっていたサイクリングやウォーキングを行うことを勧めました。
その後、ヘルペスの症状や蕁麻疹が出てき、真面目に、しかしストレスのかからない無理のない範囲で真剣に取り組み、今では綺麗な肌になりました。今では当院に通われておりません。
症例報告8例目
治した病名:1)リウマチ性多発筋痛症
ストレスによりリウマチ性多発筋痛症の症状が起こりましたが、心の在り方と当院での治療を受けて完治されました。
患者:当時72歳、女性
2015年5月頃から思うように手足を動かすことができなくなり、痛みを感じるようにもなりました。7月頃には歩く時や家事をする時に、腕や太ももの裏、ふくらはぎの裏が痛くなり、日を増すにつれて普段の生活がしにくくなってきました。7月末に整形外科に行き、何枚ものレントゲン写真を撮り血液検査もしましたが異常がなく、何もわからないと診断され、ハイペン錠(非ステロイド性鎮痛・抗炎症剤)とサイトテック錠を飲んで様子を見ることとになりました。
整形外科での処方:ハイペン錠(非ステロイド性鎮痛・抗炎症剤)、サイトテック錠
その後も痛みが強くなったので、再度来院したところ、「リウマチ性多発筋痛症」だから内科でステロイド治療をするよう勧められました。しかし8月になり内科を受診したところ、「筋痛症」とは思われないと言われ、ロキソニンとサイトテックを2週間分、処方されました。毎日2錠~3錠を飲まれましたが、痛みは和らぐどころか、強くなるばかりでした。9月中旬に来院したときに、ステロイド治療しか方法が無いと告げられました。患者さんはステロイド治療についてはその場で即答できず、一度帰宅し考えることにしました。
内科での処方:ロキソニン、サイトテックを2週間分ずつ
娘さんがインターネットで色々調べてくれたところ、ステロイドを一切使用せずに「筋痛症」が治った患者さんが多い当院を見つけ出し、当時掲載していた闘病手記を印刷して読まれました。早速2015年9月26日にご主人の車で大阪の当院まで受診されました。血液検査の結果、ヘルペスの値が高値であり、何か強いストレスがあってリウマチ性多発筋痛症の症状が起こっているのがわかりました。病気を治すのは自分の免疫であり、何か困ったことがあればいつでも連絡してくださいと伝え、握手しました。遠方だったため、出来れば1ヶ月半ないし2ヶ月の間に検査に来てもらうように指示しました。今まで他院で処方された痛み止めは全て止めてもらい、心の在り方を改めてもらい、漢方煎じ薬とアシクロビル一日12錠、漢方風呂を週三日、お灸を毎日痛い個所に行うように指示をし、最後に鍼灸治療を受けてもらってから帰宅されました。
漢方薬とアシクロビル錠を毎日続け、お灸はご主人にしてもらい、熱いのを我慢しながら毎日太ももの裏、ふくらはぎの裏などにお灸をされました。
治療開始から2ヶ月が過ぎた頃から寝返りも出来るようになり、便座に座るのが苦痛だったのがいくらか楽になりました。また両手の指、甲や足の甲、足首も腫れていたのがお灸を毎日することで、日に日に腫れも引いてきて家事もしやすくなっていきました。椅子から立ち上がるのが苦痛だったのが少しずつ楽になり、両腕も上がるようになり、髪も結べるようになって来ました。
首の違和感がなくなり、床に座ることができなかったのが出来るようになって、ステロイド治療に頼らずここまで改善したことに大変喜ばれていました。
今では、完治され当院には通われておりません。
症例報告9例目
治した病名と症状:1)リウマチ性多発筋痛症、2)両足の腫れ、3)両肩などの強張りと痛み、4)アトピー性皮膚炎
最初の異変が起きるまでは大病もせず健康な毎日を過ごされていましたが、異変が起きてからだんだん症状が悪化していき、最終的に当院へたどり着き治療を受けて完治されました。
患者:当時74歳、男性
それまで健康だった患者さんの体に起きた最初の異変は、2013年5月27日に発症した右足親指の付け根の赤い腫れと強い痛みでした。のちに40歳の時に痔で入院されていたときに免疫を抑制する薬を投与された事、60歳で定年を迎え、2年間の嘱託の後、マンション管理人を8年間勤め、70歳で会社生活を終え、その後は、週4日を息子さん(車の整備)の応援と菩提寺(行事、庭の手入れ)の手伝いをし、残り3日を趣味の菜園や魚釣り等に当て、現役と変わらぬ忙しい日々を過ごしていたことにより、ストレスが溜まっていったのでしょう。
近くの病院を受診すると痛風と診断されました。痛み止めと胃薬を処方され服用すると、4日目に胃痛が起き、同じ病院を受診すると、急性胃潰瘍と診断され、即入院を告げられました。その後、11日間の入院で痛みが取れたので、退院することになりました。退院後は、尿酸を下げるアロプリノール錠100mg「サワイ」を処方され、1日1錠服用し、痛風の再発を防ぐ事となりました。無知だったとはいえ、この薬を1年9ヶ月間も服用し続けた事に患者さんはのちに反省されます。
2014年、痛風の再発もなく健康に過ごしていましたが、11月頃から仕事や趣味の後で腰や肩に凝りを感じる様になり、自前の按摩器等の健康器具を使用しても回復せず、少しずつ疲れが残る様になりました。
2015年1月・2月、年が明けた頃には腰の凝りが痛みに変わり、普通ではないと感じ、2月7日、近くの病院を受診しました。レントゲン撮影の結果、脊柱管狭窄症と診断され、血液をサラサラにするリマプロストアルファデクス錠とオパルモン錠が処方されました。しかし、2週間服用しても全く効果を感じられませんでした。そして、その後も少しずつ痛みが大腿部、両膝、両腕、首へと広がり、衣服の脱着も不自由となりました。特に朝は全身の強張りが強く、寝床から立ち上がるのが大変でした。足の力だけでは無理だったので柱等を利用し腕の力を頼りに起きていましたが、「このまま痛みが進行すれば、いつか寝たきりになるのでは」と不安になりました。
この頃、行きつけの鍼灸院の先生に脊柱管狭窄症の手術を受け、良くなったと云う話から病院を紹介されました。2015年2月24日、紹介先の国立神戸医療センターを受診し、腰を始め、痛い箇所のレントゲン撮影をしてもらいました。結果は異常なしと診断され、患者さんはやばいと直感しました。そして、血液採取をして内科を受診するように言われました。
2015年3月4日、内科を受診しました。触診と血液検査の結果、リウマチ性多発筋痛症と初めて聞く病名でした。その後、動揺している患者さんに、「もっと詳しく検査するので、部屋が空き次弟10日程度入院して下さい」と言われ手続きを済ませました。連絡を待つ間も痛みは増し、寝返りも出来なくなっていきました。
この頃、奥さんが当院のホームページを見つけ、ご夫婦で貪る様に何回も読み返しました。しかし漢方治療と併せてお灸をすることの大事さは理解出来ても、子供の頃にされたお灸の熱さを思うと腰が引けましたが、ステロイドを使用しない治療に心は動き、連絡の来ない病院への入院は断りを入れ、当院を受診されました。
2015年3月13日に初診。最初に鍼灸を受けてから診察を行いました。身体的ストレスに、痛風の後、尿酸を下げる薬を1年9ヶ月連続服用した事、定年後も仕事や趣味で目いっぱい身体を使い、紫外線も多く受けた事、精神的ストレスには長男の病死等があることがわかりました。その後、ヘルペス、免疫、アトピーリバウンド等について説明をし、病名はリウマチ性多発筋痛症と診断しました。最後に自分の病気は、自分の免疫を高めて治すので頑張れば必ず治ると伝え、握手をしました。最後に血液採取を受けてもらい、漢方風呂とお灸の説明を受けてから帰途につきました。
その夜の漢方風呂では長めに入浴してもらうと、久し振りに一度も起きることなくて4時間熟睡でき、漢方湯の薬効の凄さに驚ろかれました。
治療が始まってリバウンドにより各部の痛みは日々増していきました。特に両肩は夜にキリキリと差し込む痛みとなり、夜の睡眠に影響が出始めました。また、足の痛みが膝にも広がり、いよいよ寝床から立てなくなり、ベッドを購入されました。この頃は両手が前に延びず、両脇に付けたままの状態で、動きはまるでペンギンのようでした。食事も鍋料理は箸が届かないためダメで、料理の器は全て手元に並べ、食べやすくしていました。衣服の脱着もシャツやセーター等のかぶり物は一人で着る事ができず、前開きの物なら何とか着る事が出来ていました。手の動きが悪いため、車の運転に必要なウインカーの操作が出来なくなりました。また、首が回らなくて後方確認が難しくなったので、安全を期し、2015年3月25日で運転を止める事にしました。
2015年5月、両肩の痛みはヒリヒリ、ピリピリと変化し、肩の深部へ錐が入る様な感じになりました。特に睡眠時にその痛みが顕著となり、1時間ごとに計った様に目覚めていました。冷えすぎないように暖かくして過ごしてもらうように指示し、患者さんは両肩に使い捨てカイロを当て、痛みを緩和されました。また睡眠を朝型から夜型に変更し、夜中に目覚める回数を減らすようにされました。夜中に目覚めたら漢方風呂に入り、痛みが取れるまでさすりました。多い時は同じ事を一晩に4回繰り返していたそうです。朝、晩のお灸を3回に増やしてもらいました。しかし1ヶ月ぐらい続けても症状の改善が見えてこなかったので、6月5日から抗ヘルペス剤を一日8錠から12錠に増量して様子を見る事にしました。
この頃には他の症状もありました。元来は猫舌でなかったのに、食器の熱が唇に触れると普段より敏感に反応し、熱い料理が食べづらくなっていたのです。また、味覚にも変化が出て、甘味に敏感となり、料理の甘さを控えると共に、普通に食べていた甘い菓子類もほとんど口にしなくなりました。
6月中旬頃になると辛い両肩の痛みも少し和らぎ、少しではあるが両腕には待望のアトピーが出ました。嬉しいクラススイッチの兆候が現れ、一条の光を見ました。アトピーが出た事で6月12日より食間の漢方薬を追加しました。
2015年7月、嬉しい事に夜中に4回も入っていた風呂は、普段通り寝る前の1回となり、楽になりました。この頃はアトピーが全身に広がり、漢方湯に入った時に背中や腰あたりの古い皮膚が剥がれて湯船に浮くのを見て、普通風呂との違いを感じると共に、漢方湯の凄さを改めて感じたそうです。古い皮膚に関しては、日常生活の動きの中でフケくらいの大きさの物が剥がれ、床は毎日、粉雪が降った様に成っていました。
また、違う悩みも出てきました。睡眠中、痛みで数回起きていた事に変わり、夢うつつの中でトイレに数回起きるようになったのです。リバウンドはしたたかで、手を変え、品を変え襲ってきました。今度は両足のふくらはぎから指先までを少しずつ腫らし、特に左足の甲の古傷(火傷)は、痛みが増していました。夜には腫れが進み、肌の色は血の気を失くした紫色となりました。
2015年9月、この闘病生活の中で最悪と思えるリバウンドが襲って来ました。両足は腫れが進行し、鍼灸の治療中、鍼を抜いた際に、血が出る箇所が出てきました。左足甲の古傷(火傷)がついに悲鳴を上げ、パックリ割れ出血しだしました。痛みもさることながら歩行が困難となり、一気に日常生活が不自由となりました。電話で連絡が入り、近くの外科に受診してもらうように指示し、10月10日近くの外科を受診しました。それから約1ヶ月、毎日朝と夜、傷口の薬を取り換え、抗生物質を服用し、治療に専念しました。この治療をしている間は歩けなかったので、当院への受診は、奥さんに3回代行を頼み、治療薬が途切れないようにしました。
1ヶ月が過ぎ、傷口に薄皮が張ったのを確認した時は、ほんとうに嬉しく心より安堵しました。その後は二度と傷口が破れぬよう、厚めの靴下を履き、靴も2サイズ大き目を用意し、傷口に細心の注意を払いました。
2015年11月から12月にかけて、傷口が塞がると、嬉しい事に何故か両足の腫れが少しずつ治まっていくのを感じる様になりました。まだ依然として(当初よりは緩んだとはいえ)両肩等に強張りと痛みがあり、アトピーは全身に広がり、痒みがありました。それゆえ、痛みと痒みが同居しています。動きはぎこちなく緩慢ですが、痛みは耐え難いほどではないので、天気が良く体調も良い日は、リハビリを兼ねて菜園に行きリフレッシュされていました。
今では、両肩の強張りと痛み、アトピーは完治され、当院には通われておりません。