真珠腫性中耳炎は中耳真珠腫ともいわれます。ときには偽性コレステリン腫ともいいます。英語でotitis media cholesteatomaといいます。
コレステリンとはなんでしょうか?コレステロールのことです。コレステロールは卵黄、肝臓および筋肉などの動物性食品には必ず含まれており、副腎皮質ホルモンや女性・男性ホルモンや胆汁酸を作る原料であり、細胞膜や血漿リポタンパク質の構成成分であります。血漿リポタンパク質というのは、皆さん存知のようにHDLやLDLなどの血中コレステロールのことであります。血中コレステロールの大部分はエステル型であります。エステルとは何でしょうか?エステルとは、カルボン酸の-COOH基とアルコールの-OH基とから水分子がとれると、-COO-で表される結びつきをエステル結合といいます。化学に興味のない人は難しいですがついてきてください。エステル結合を持つ化合物をエステルといいます。
コレステロールは脂質のひとつであります。それでは脂質とは何かというと、一言で述べるのは難しいのですが、1つめが脂肪であり、2つめが油であり、3つめがコレステロールであります。その特徴は油っぽいことであります。脂肪も油も化学的にはトリグリセリドであります。トリグリセリドとは何でしょうか?トリグリセリドはグリセリンと脂肪酸が結合したものであります。グリセリンと脂肪酸やグリセリドについては下に書きます。3つめのコレステロールは、トリグリセリドではないのですが、油っぽい性質なので脂質の仲間に入れられています。ちなみに人体の脂質の95%が脂肪であります。室温で個体のものを脂肪といい、液体のものを油とか油脂ともよぶことは知っておいてください。
さて、グリセリドとは何でしょうか?これはグリセリンの脂肪酸エステルのことであります。グリセリンとは何でしょう?皆さんご存知の3価のアルコールであります。3価とは何でしょうか?アルコールはOH基がついていることはご存知でしょうが、このOH基が3つあるということです。OH基は別名、水酸基ともいいます。
それでは脂肪酸とは何でしょうか?脂肪族化合物の1価カルボン酸を脂肪酸といいます。それでは脂肪族化合物とは何でしょう?炭素原子どうしが鎖状に結合したものであります。それではカルボン酸とは何でしょう?カルボキシル基をもつ化合物をカルボン酸といいます。それではカルボキシル基とは何でしょう?-COOHのことであり、カルボン酸は分子の中に-COOHを1個もつものを1価カルボン酸、2個もつものを2価カルボン酸とに分けられます。脂肪族化合物の1価カルボン酸を脂肪酸といいます。ややこしいでしょう。高校の化学の復習ですね。
さて、やっとコレステリンの話に到着しました。コレステリンは脂質の3つめであるコレステロールのことであります。コレステロールは、高脂血症の原因であり、ご存知のように血管の壁に沈着して、粥状硬化症とよばれる動脈硬化を起こすことで悪名高いのですが、実は人体の60兆個の細胞膜を作るのに絶対に必要な成分であります。脂質の1つめの脂肪も2つめの油も化学的にはトリグリセリドであり、トリグリセリドはグリセリンと脂肪酸が結合したものであることは説明しました。この脂肪酸とは似ても似つかぬ脂質がコレステロールであります。コレステロールは、六角形の亀の甲の環が3つと、五角形の亀の甲の環の1個ががっちり結びついて出来上がっています。この4個の環が結びついたものをステロイド骨格といいます。ステロイド骨格は、骨格といわれるぐらいに結びつきが強固なので、細胞膜がつぶれなくする上に、コレステロールは脂肪であるのにもかかわらず親水性のOH基があるので、脂肪酸と同様に水にも油にもなじみやすいのです。そのため細胞の中にいろいろな物質に対して流動性や透過性を制御することができるのです。以上が、コレステアトーマとよばれる真珠腫の説明のイントロダクションであります。これから真珠腫性中耳炎が一体どんな病気なのかについての説明する前に、真珠腫についての説明から始めます。
なぜ真珠腫というかっこいい病名がつけられたのでしょうか?英語でpearly tumor といいます。肉眼的に真珠に特有な光沢を持っているだけではなく、中耳の中腔の壁を形成している粘膜上皮面での繰り返される炎症により粘膜上皮細胞が増殖を繰り返し、角化により生じた角質が蓄積分解します。粘膜上皮細胞の膜はコレステロール、つまりコレステリンからできているので、顕微鏡で炎症によって生じた上皮粘膜の落屑物を見ると、コレステリン結晶、つまりコレステロール結晶が認められたために、コレステリン腫と名付けられたのです。真珠腫性中耳炎は、慢性の中耳炎が原因であります。ここで問題となるのは、どうして慢性の中耳炎が起こるのかということです。これについて考察しましょう。
私は耳鼻科も標榜していますから、しばしば他の耳鼻科の専門医院で治らない患者さんが数多く漢方治療を求めてこられます。既に慢性中耳炎と診断されてくるのですが、2〜3年もの間、抗炎症剤や痛み止めや、さらに抗生物質を長期に投与されてしまっていますが治らないのです。ですから慢性中耳炎と診断されてこられるのです。彼らに今までかかってきた耳鼻科の専門医に「この中耳炎の原因は何ですか、と聞いたことがありますか?」と問いただすと、「聞いたことがないか、聞いても原因が分からないと言われるだけだ」と答えてくれます。ついでに「どこからその炎症を起こす原因菌が中耳に入り込んだか聞いたことがありますか?」と聞いても、「そんなことは聞いたことがないし、聞いたとしても答えてくれない」と言います。これが現代の日本全国の病医院の耳鼻科の医療の程度なのです。このような間違った中耳炎の治療を30年も受けてきた人もいます。激しい耳痛が続き、痛み止めを何十年も飲まされているのです。その間に免疫が下がり、ヘルペスウイルスが第五脳神経である三叉神経の三番目の下顎神経で増殖しまくっています。残った免疫がこのヘルペスウイルスと戦って、さらに新たに耳痛が激しくなっていることを耳鼻科の専門医は全く気づいていないのです。このような患者さんに、この耳痛の原因を耳鼻科の専門医に聞いたことがあるかと問いただしても、炎症のためだと言われるばかりであったのです。
さてここで、中耳炎を起こす原因は何であり、かつどこからその原因が侵入するか、さらに耳痛がどうして生ずるかについて考えてみましょう。中耳は、鼓膜、鼓室、耳管、乳突洞、頭蓋骨のひとつである側頭骨にある含気蜂巣の5つから成り立っています。3つの耳小骨が入っている部屋を鼓室といい、上部を上鼓室、中部を中鼓室、下部を下鼓室といいます。乳突洞は左下図を見てください。上鼓室といけいけになっているエンドウ豆大の空洞です。含気蜂巣は右下図の蜂の巣のような骨であり、耳管から空気が入っていくのです。鼓膜の組織について少し述べておきましょう。鼓膜は3層より成り立っています。外側は重層扁平上皮で外耳道の皮膚の続きであります。中層は線維の束から成り立っており、内側は単層扁平上皮で中耳粘膜の一部であります。中層の線維束は、外側は放射状に走っており、内側は輪状に走行しています。鼓膜は上部が緩んでおり、弛緩部といいます。この弛緩部に線維束はなく薄くなっているので、鼓室内の気圧の変化に敏感であります。
この5つの部分から成り立っている中耳に炎症を起こす原因は、中耳から空気感染によって侵入してくるウイルスか細菌かカビか、あるいはアレルギーを起こす化学物質の異物だけであります。私は69歳のおじんでありますが、一度書いたように中耳炎など一度も経験したことはありません。私の家族も知り合いのほとんどの方も同じように中耳炎を経験したことはありません。ましてや慢性中耳炎の人は周りに誰もいません。慢性中耳炎で当院を受診されている患者さんに中耳炎の始まりを聞きますと、やはり必ず風邪をひいた後であります。風邪のウイルスはどこから中耳に入ると思いますか?もちろん咽頭と中耳を連結している耳管であります。耳管も鼓室も粘膜であり、単層扁平上皮に覆われています。耳管の開口部に近づくにつれて粘膜細胞は背が高くなり、耳管移行部や下鼓室は重層繊毛上皮に覆われ、その上皮に中には粘液を分泌する杯状細胞があり、下鼓室も耳管と同様に粘液で中耳の清掃に関わっています。さらに耳管の粘膜は繊毛円柱上皮で覆われ、繊毛の運動は咽頭へ向かっていくので、鼓室や耳管に入った異物を咽頭に吐き出してしまうのです。さらに咽頭開口部の近くの粘膜下には耳管扁桃というリンパ小節があるのです。いずれにしろ中耳は全て粘膜でできていますから、強力な粘膜免疫がウイルスも細菌も処理してくれるのです。
さぁ、ここで急性の中耳炎がどうして起こるかについて考えましょう。中耳の感染はどのような経路を通じてどんな時に起こるかをまとめてみましょう。まず第1に耳管を通じて起こることが最も多いのです。2番目は、近頃は滅多にないのですが、鼓膜の穿孔によって起こることがあります。入浴や海水浴の際に起こることがあります。最後はまれに血液を通じて起こることがありますが、流行性感冒、つまりインフルエンザで起こることがありますが、これも現代では滅多に見られません。とりわけ風邪をひくと風邪の原因菌であるウイルスが咽頭から耳管を通じて中耳に入ったり、さらに細菌性の扁桃炎や咽喉頭炎が起こった時にも、耳管を通じて中耳全体に感染が生じることもあるのです。咽喉頭炎を起こす細菌は、レンサ球菌、インフルエンザ菌、ブドウ球菌、肺炎球菌であります。いつも言っているように、ウイルスを殺すのは自分の免疫だけです。細菌を殺す手伝いは抗生物質を投与すれば患者の免疫を手助けして殺すことができます。
ところで中耳の一部である乳突洞とか側頭骨含気蜂巣の壁も粘膜でできていますが、私は未だかつて慢性中耳炎の人から、自分の中耳炎が乳突洞炎とか側頭骨含気蜂巣炎などは聞いたこともありませんし、耳鼻科医もそんな病名を口にすることはありません。おそらくそこまで炎症が波及することもなく、かつ外側からは見えないので、そのような病名は簡単にはつけられないからでしょう。ついでに言えば、耳の一部である外耳道には外耳道炎は起こることがあります。その原因は何でしょうか?汚い指の爪で引っ掻いたり、木製や鉄製の耳かきで引っ掻いて傷が起こった時です。もちろん外耳道も皮膚の一部であり、強い扁平上皮からできているので、人為的に傷を作らない限りは、外耳道炎の原因菌である黄色ブドウ球菌やレンサ球菌が外耳道に侵入することはないので、外耳道炎は自然には起こらないのです。あるいは外耳道にアトピーが生じステロイドを塗られると、免疫の力も落ちるので、外耳道のアトピーの痒みを汚れた指で引っ搔いた傷から細菌が侵入して外耳道炎が起こることはしばしば見られます。
それではどうして急性の中耳炎がときに慢性中耳炎や、中耳炎が慢性化することによって起こる真珠腫性中耳炎になってしまうのでしょうか?慢性中耳炎は、実は慢性化膿性中耳炎というべきものです。つまり慢性中耳炎は化膿菌であるレンサ球菌やブドウ球菌によって起こされるので、慢性化膿性中耳炎と呼ばれるのです。慢性化膿性中耳炎の特徴的な臨床症状は3つあります。ひとつめが難聴であり、ふたつめが鼓膜穿孔であり、3つめが耳漏、つまり耳垂れであります。この慢性化膿性中耳炎を2つに分けます。ひとつめのタイプが単純性化膿性中耳炎であり、鼓膜の中心部には鼓膜の張りが緊張している部分があり、そこに穿孔が生じ、耳漏排泄が起こるものであります。もうひとつのタイプが真珠腫性中耳炎であります。この真珠腫性中耳炎は鼓膜の周辺や、先程述べた鼓膜の弛緩部に穿孔があり、真珠腫を形成するタイプであります。なぜこのように中耳炎が慢性となり、化膿性となるのでしょうか?答えはただひとつ、風邪の症状があるときに熱冷ましや痛み止めを出すことで患者の免疫の力を弱めてしまうからです。免疫が弱まっている限りは、いつまでもレンサ球菌やブドウ球菌を殺すことができないからです。いわば医原病のひとつが慢性化膿性中耳炎であるのです。実は慢性化膿性中耳炎の症状のひとつである難聴は、中耳の炎症のために起こるのではなくて、ヘルペスによって起こっているのです。