現代では、様々な病気の標準医療において合成ステロイドホルモンが使われていますが、私は常日頃から「合成ステロイドホルモンは、命に危険が及ぶ時以外使ってはいけない」と言い続けています。元来、ステロイドホルモンは体内でも作られているもので、一時的に普段より多く作ることはありますが、基本的には副腎皮質で産生される量は、一定の範囲となるよう厳密にコントロールされています。普段より多く作るのは、主にストレスに耐えるためで、決して病気の症状を取るために作るものではないのです。
実は合成ステロイドホルモンは、正しくは、合成糖質コルチコイドというべきです。人体が副腎皮質で作る自然な糖質コルチコイドは、コルチゾールといわれます。一方、医者が用いる場合のステロイドは合成糖質コルチコイドです。以下で用いるステロイドという言葉は、コルチゾールである場合と合成糖質コルチコイドである場合がありますが、いずれにしろ働きは同じです。
副腎で自然に分泌される糖質コルチコイド(コルチゾール)は、下垂体前葉からの分泌される副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)によって調整されています。このホルモンが運ばれていく器官を標的器官といいます。コルチゾールが、この標的器官の細胞に入り込むと、以下のような作用をもたらします。
①アミノ酸を放出する。
②脂肪を分解する。
③糖を新たに作る。
④筋肉と脂肪細胞がグルコース(糖)を抑制することによって血中グルコース濃度を上昇させる。
⑤心筋の収縮を促進する。
⑥人体の水分の貯留量を増大させる。
⑦炎症を抑えます。アレルギーの症状を抑える。
合成ステロイドホルモンが臨床において用いられるのは、この7番目の働きを発揮させるためで、ステロイドを外部から大量に入れると、異物と戦う免疫の働きが抑制され、あらゆる不愉快な症状が消え、間違った喜びを患者に与えることができるものですから、世界中の医者は、嬉々としてステロイドを用いるのです。
この患者に快楽を与える⑦の働きについてはかなり詳しく調べられています。しかし、①~⑥の遺伝子レベルでの働きについては、ほとんど解明されていません。しかもステロイドを用いれば、あらゆる器官において様々な副作用が生ずるのでありますが、その副作用がどうして生じるのかについても誰も解明していないのです。
ステロイドの働きを簡単に説明すると、人体の細胞は細胞内部で様々なタンパクを合成するために、DNAの遺伝子情報をRNAに転写する必要があるのですが、ステロイドはこの転写の過程を促進、あるいは逆に抑制する作用があるのです。このようにDNAに特異的に結合して、転写の調整に影響を及ぼすタンパク質の一群のことを転写因子と呼びます。ステロイドは転写因子の一つなのです。転写因子については、こちらで詳しく解説していますが、ともかくステロイドは、炎症を抑制する蛋白の合成を抑制するだけでなく、あらゆるタンパク質の合成過程を無理矢理、促進・抑制すること、タンパク質は多くても少なくても問題が起こし、様々な病気になるということを理解してください。
次はステロイドが、どのように細胞に入り込み、遺伝子の発現を狂わせるか説明していきましょう。ステロイドは核内に入ると、核内にある核内ステロイド受容体と結びつきます。このステロイドも核内ステロイド受容体も、いずれもDNAの遺伝子情報をRNAに移し替える(転写)するときに利用されるので、両方とも転写因子と呼ばれます。
ステロイドは細胞の細胞膜を通過した後、細胞質のグルココルチコイドレセプター(glucocorticoid receptor、英語でGRと略します。)に結合します。GRは全ての細胞に存在し、かつステロイドホルモンは全ての細胞膜を自由に通過していきます。ステロイドと結合したGRは、全ての細胞の核内へ自由に移行し、23対の染色体に乗っているDNAの遺伝子領域と、様々なpromoter(促進)、enhancer(亢進)、repressor(抑制)などの働きを持つタンパクと結びつきます。このようにステロイドと結びつく遺伝子をステロイドの標的遺伝子と呼びます。標的遺伝子にコードされている情報をmRNAに移し替えるときに、タンパクの合成を促進したり抑制したりする調節を「エピジェネティックな調節」とも呼びます。23対の染色体にはステロイドの標的遺伝子が無限にあるので、ステロイドを使った時に、どれだけ多くの遺伝子に影響を与えるかは誰にもわからないのです。
次に、ステロイドホルモンが60兆個の細胞に自由に入り込む様子を『Janeway’s IMMUNOBIOLOGY』の絵を参考にしながら説明しましょう。まず、タイトルのMechanism of Glucocorticoid actionの説明ですが、Glucocorticoidというのは、glucoseとcortexとsteroidの3語の合成語の略語です。Glucoseは糖、cortexは皮質、steroidはまさにステロイドを意味します。私たちはステロイドと簡便に言っていますが、実はグルココルチコイドなのです。グルココルチコイドは副腎皮質が作るホルモンの一つで、糖質コルチコイドとも呼びます。
図①はステロイドが外部から細胞膜を通って細胞質に入ろうとするところです。英語の説明文を訳すと、「ステロイドレセプターはヒートショックプロテイン90、略してHsp90と複合体を作って細胞質にいつも存在します。」となります。
“Cytoplasm”は、細胞質という意味です。細胞質には、ステロイドレセプターとHsp90が結合して待っています。熱ショックタンパク質は、細胞が熱等のストレス条件下にさらされた際に発現が上昇して、細胞を保護してくれるタンパク質の一群であり、分子シャペロンとして機能します。シャペロンとは元来、若い女性が社交界にデビューする際に付き添う年上の女性を意味し、他のタンパク質分子が正しいフォールディング(特定の立体構造に折りたたまれる現象)をして機能を獲得するのを助けるタンパク質の総称です。分子シャペロン、タンパク質シャペロンともいいます。
Hsp90にはHsp90αとHsp90βというアイソフォーム(構造は異なるが同じ機能をもつタンパク質)が存在します。Hsp90αとHsp90βはアミノ酸配列の相同性は高いのですが、刺激に対する応答性は若干異なります。Hsp90は非ストレス環境下においても細胞内発現量が高く、真正細菌や真核生物において広く発現して分子シャペロンとして機能します。Hsp90は細胞内において不活性状態のステロイド受容体と複合体を形成しています。また、Hsp90は癌の進展との関連が深く、Hsp90阻害剤は抗がん剤として期待されています。
図②の説明文を訳すと「ステロイドは細胞膜を横切って、ステロイドレセプターと結びつくと、Hsp90が離れます」となります。
図③の説明文を訳すと「ステロイドレセプターとステロイドが結びついた複合体が、今度は核膜を通ります」となります。Nucleusは、“核の”という意味です。
図④の説明文は「ステロイドレセプターがNF-κβと相互作用して、NF-κβの標的遺伝子の転写を阻害します。」と訳します。NF-κβは、核内受容体と呼ばれる転写因子のひとつで、正式な英語は、“nuclear factor kappa-light-chain-enhancer of activated B cells”です。
ステロイドとステロイドレセプターの複合体は核内に入って細胞質にあるときに、転写因子であるNF-κβと結びつくと、AP-1(これも転写因子です)などと結びつき、炎症を起こしている遺伝子の働きを阻害して転写ができなくなることで、炎症に関与するサイトカインなどが負に制御され、結果として炎症がなくなります。つまり、世界中で使われているステロイドは、この遺伝子の働きをOFFにして炎症を止めてしまっているのです。炎症は病気を治すための第一歩ですから、ステロイドは症状を取るだけで病気を治しているわけではないのです。ただ、免疫抑制作用が強力に発揮されるので、最高の抗炎症剤として用いられるのです。図④は、まさにステロイドがNF-κβという核内転写因子と結びつくと、この制御エレメントの遺伝子の働きを抑制し、抗炎症作用を発揮していることを描いています。
図⑤は細胞の核の中でステロイドのレセプターが、ある一つの特定の遺伝子配列と結びついて、遺伝子DNAの情報をRNAに転写する因子を活性化させているという図であります。もっと具体的に言えば、図⑤の意味は、文字通りステロイドがたった1箇所の遺伝子の制御エレメントに働いて、制御因子によって制御されている遺伝子の発現を制御因子と共同で調節していることを図示しているのです。そして、ステロイドが結びつく遺伝子は1種類だけではなく、あらゆる組織や器官の遺伝子に無数にあることも表しています。
どのような遺伝子をONにしたりOFFにしたりするかは“Examples of genes regulated by GR”という資料に関するコラムをご覧ください。
図⑤の説明文は、「核内において特異的な遺伝子制御配列に結びついて、転写を活性化する」と訳します。Regulatoryという意味は、制御とか調節という意味があります。Sequenceというのは、遺伝子の塩基の並び、ヌクレオチドの配列のことです。この図⑤はステロイドの副作用を説明するときに極めて大切な意味を持つので、しっかり理解してもらいましょう。
図⑤の下に“upstream regulatory element”と記されていますね。この意味は、「上流にある遺伝子の制御要素(エレメント)」であります。Regulatory element(レギュラトリーエレメント)とは一体何でしょうか?文字通り訳せば、制御エレメントとか調節エレメントという訳になります。実は同義語は、英語も日本語も入れると全部で10以上あります。まず英語では、control element、control region、Nucleic Acid Genetics Regulatory Region、Nucleic Acid Regulator Region、Nucleic Acid Regulatory Sequence、regulatory domain、regulatory element、Regulatory Regionなど難しい英語が8種類あります。日本語では、核酸制御配列、制御ドメイン、制御領域、調節エレメント、調節領域など、これも慣れ親しめない日本語が5種類ありますが、一番わかりやすく日本語で説明すれば、「遺伝子の発現スイッチの役割をするDNAの塩基配列」です。英語では“Regulatory element”で代表され、日本語では「制御エレメント」と訳されるのですが、いずれにしろこれらの言葉の本質は、人体にある特定の遺伝子の発現を増やしたり減らしたりするのを調節する遺伝子の一部分であるということです。
次にUpstreamについて説明します。Upstreamとは上流の意味で、下流もいずれで出てきますので説明しておきましょう。まず転写というのは、二重鎖でできているDNAをRNAに移し替えることです。二重鎖のDNAを同時に読み取ることはできませんから、まず二重鎖をほどいて一重鎖にする必要があります。どちらの一重鎖のDNAを読み取るかを決めねばならないのですが、読み取る鎖はなぜだか決まっていて、永遠に同じ遺伝子を作り続けるのでこれを「半保存的な複製」といいます。つまり同じ遺伝子を永続的に保存しながら子孫に伝えていくということになります。
RNAに移し替えようとするDNAを鋳型鎖といい、別名アンチセンス鎖といいます。読み取らない一重鎖を非鋳型鎖といい、センス鎖といいます。新しく出来上がるDNAは、言い換えると、転写するということは、新しく非鋳型鎖を作ることになるのです。なぜならば、鋳型鎖のT(チミン)に対応して、新しくできるDNAはA(アデニン)であり、鋳型鎖のC(シトシン)に対応して、できるのはG(グアニン)であるからです。逆に、-対応して新しく出来上がるDNAは、Tであり、鋳型鎖のGに対応して、新しくできるのはCであるからです。実は遺伝子の転写を仲介するRNAは、TがU(ウラシル)になっているのですが、もっと詳しく知りたい人は、高校の生物の教科書の遺伝子の項を読んでください。
RNAに読み取られる転写の進行ですが、鋳型鎖は必ず3’→5’の方向で読み取られることを知っておいてください。3’と5’の意味は五炭糖について述べたコラムの中で解説していますので、興味があるかたを読んでみてください。その順番で非鋳型鎖が合成されます。鋳型鎖において、転写の開始部位の3’末端側を上流、5’末端側を下流といいます。遺伝子を読み取ってRNAに転写するのは、ちょうど川の流れと考えて、水が上流から下流へと流れるように読みとられていくので、読み取りの始まりを上流といい、終わりを下流というのです。読み取り始めの3’末端側を上流、5’末端側を下流といいます。
いずれにしろ、医者が使用したステロイドがアトランダムに細胞膜を通って細胞質にあるステロイドレセプターと結びつき、ステロイド・ステロイドレセプター複合体となり、ステロイドに反応する遺伝子のプロモーター領域にある、病気を治す事とは関わりのない訳のわからない特定のDNAの配列に結びついて、遺伝子の発現を呼び起こし、その結果、様々な副作用をもたらしているということが分かっていただけたかと思います。
それでは、このような遺伝子発現を調節する遺伝子の一部分は、人間の全ての遺伝子に何箇所あるかを考えてみましょう。まず、人間の遺伝子の全てを乗せている染色体は23対あります。この生体内にある23対の染色体にはこのような制御エレメントが分かっているだけで数十万箇所あります。このような制御エレメントは、400万箇所もあると書いている研究者もいます。私が以前からしばしばホームページで「遺伝子の発現のON/OFFに関わるエピジェネティックな箇所は400万もある」と言い続けたのはこのことなのです。皆さん、やっと私が言い続けた400万の意味がお分かりになったでしょう。
遺伝子DNAとは何か?遺伝子発現とは何か?に対する答えを出すために、DNAの発現、つまりアミノ酸を作る出発点から終点までの経過についてコラムを書いていますので、興味のある方は、こちらもお読みください。
以前、私はいくつかのコラムで転写因子としてのステロイドがどのように細胞の核に入り込み、炎症を抑制する遺伝子について書きました。しかし、それ以外の遺伝子にどのような影響を及ぼすかについては、説明しきれませんでしたので、そこで今回は“グルココルチコイドレセプターによって制御される遺伝子の例”という英語の資料を元に、それについてお約束したとおりに解説していきましょう。
Examples of genes regulated by GR(グルココルチコイドレセプターによって調節される遺伝子の例)
(人間は副腎皮質でグルココルチコイドを生き続けるために必要なだけ毎日毎日作っています。このグルココルチコイドが過剰に体外から投与されると、機能が過剰になったり、正常な機能の制御ができなくなります。グルココルチコイドによって制御される遺伝子は他にもあるはずですが、分かればさらに後日追加し、解説していきます。)
次に、投与されすぎたステロイド(グルココルチコイド)が、心臓の血管や動脈硬化に影響を与える遺伝子の働きについてひとつひとつ具体的に説明していきます。言い換えると、そのような遺伝子の発現のON/OFFが行われているかを明らかにしたいと思います。下の表は、著名な心臓学者によって研究された成果であります。下の表の“Increase”という意味はステロイドによって発現が高まり、“Decrease”というのは発現が低下するという意味です。上の表の“Up”が“Increase”という意味であり、“Down”が“Decrease”と同じ意味になります。この表の“Effect”という意味は、上の表の“Function”と同じであります。また下の表の“ in vitro”は「動物実験において」という意味であり、“in vivo”は「人体において」であるという意味です。人体において実験ができないステロイドの作用について、動物を用いて実験したのが“in vitro”であります。
Table 1
Effects of glucocorticoids on cardiovascular risk factors and atherosclerotic mediators(コルチコイドが心血管の病気の発現を促す危険因子に及ぼす影響と動脈硬化を引き起こす仲介因子に及ぼす影響)
Risk factor/mediator | Effect | Evidence |
Metabolic (代謝) (代謝とは簡単にいえば、古いものと新しいものが入れ替わることであります。従って新陳代謝のことです。生体内の物質とエネルギーの変化であります。代謝によって外界から取り入れた物質を基にして合成と分解を行い、そのためにはエネルギー消費すると同時に、新しくエネルギーが生産されるのです。) | ||
Visceral obesity (内臓肥満) (脂肪細胞は英語で“adipocyte”といい、細胞質内に脂肪滴を有する細胞のことです。脂肪細胞には白色と褐色があります。白色脂肪細胞は単胞性脂肪細胞といい、脂肪を貯蔵する仕事をします。一方、褐色脂肪細胞は多胞性脂肪細胞といい、細胞小器官が発達しているので、代謝型の脂肪細胞といいます。冬眠する動物では多胞性脂肪細胞を主体とする脂肪組織を冬眠腺と呼びます。脂肪組織に多くの脂肪幹細胞が見出され、脂肪幹細胞移植など再生医療のセルソース(細胞源)となっています。脂肪酸が脂肪細胞へ運ばれて脂肪細胞が成熟します。また、グルコースが脂肪細胞へ取り込まれると脂肪酸が合成されます。脂肪細胞は、インスリン受容体を介さずにグルコースの取り込みを促進し、さらに、インスリン受容体の感受性を良くするアディポネクチンを分泌します。高カロリー摂取や運動不足などによって脂肪細胞は次第に肥大化していき、肥大化脂肪細胞となり、これが内臓に溜まると内臓肥満になっていくのです。また、脂肪細胞も細胞分裂し、脂肪細胞の数も増加します。白色脂肪細胞はヒトにおいて250-300億個あります。) | Increase | Human adipocytes in vitro |
Animals in vivo | ||
Low-density lipoprotein cholesterol (低密度リポタンパクコレステロール) (臨床の場ではLDLコレステロールやLDLと呼ばれます。LDLは、リポタンパク質の中でコレステロール含有量が最も多く、末梢組織にコレステロールを供給します。そのため、悪玉コレステロールとも呼ばれます。LDLが酸化すると酸化LDLになり、さらに変性や糖化することによってLDL受容体への親和性を失います。その場合、スカベンジャー受容体などを経てマクロファージに取り込まれ、マクロファージの機能を変化させることにより動脈硬化症を発症します。) | Increase | Healthy humans in vivo |
High-density lipoprotein cholesterol (高密度リポタンパクコレステロール) (血管内皮細胞など末梢組織に蓄積したコレステロールを肝臓に運ぶ働きがあります。その結果、動脈硬化を抑える働きをするので、善玉コレステロールと呼ばれます。) | Increase | Healthy humans in vivo |
Triglycerides (トリグリセリド) | Increase | Healthy humans in vivo |
Insulin resistance/glucose intolerance (インスリン抵抗性・糖耐性) | Increase | Healthy humans in vivo |
Vascular tone/oxidative stress (血管緊張・酸化ストレス) | ||
Blood pressure (血圧) | Increase | Healthy humans in vivo |
Endothelial function (血管内皮細胞の機能) (血管内皮とは、血管の内表面を構成する扁平で薄い細胞の層で、血液の循環する内腔と接しています。これらの細胞は心臓から毛細血管まで全ての循環器系の内壁に並んでいます。小さな血管と毛細血管では内皮細胞はもっぱら1種類の細胞しかみられません。内皮細胞は様々な仕事をすると同時に、様々な疾患にも関わっています。例えば、血管収縮と血管拡張による血圧のコントロールや、血液凝固や、血栓症や、繊維素溶解や、アテローム性動脈硬化症や、血管新生(angiogenesis)や、炎症と腫脹(浮腫)などに関わっております。 血管内皮細胞はまた、血流にある物質や白血球を血管の内から組織へと運ぶ仕事もしています。いくつかの器官で高度に分化して濾過機能に特化した血管内皮細胞があり、そのような独特な内皮構造には腎臓の糸球体や血液脳関門があります。適切な血管内皮細胞の機能の消失は血管病の目印であり、しばしばアテローム性動脈硬化症を引き起こします。 | Impaired | Healthy humans in vivo |
NADH/NADPH oxidase (NADH・NADPH 酸化酵素) (NADHにリン酸が付加したものがNADPHです。どちらも化学的性質は同じだと考えていいのです。NADは、英語で“nicotinamide adenine dinucleotide”の略で、「ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド」といいます。NADは、全ての真核生物にあり、ミトコンドリアで用いられる電子伝達体となっております。さまざまな脱水素酵素の補酵素として機能し、酸化型は、NAD+かNADで示します。還元型は、NADHかNADPHで示し、ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチドはこの還元型と酸化型の2つの状態を取り得るのです。略号であるNAD+(あるいはNADでも同じ)のほうが論文や口頭でも良く使用されています。またNADH2とする人もいるが間違いではありません。NADHオキシダーゼは、細胞膜に結合している酵素複合体であり、細胞膜や貪食細胞膜にみられます。元来、貪食細胞は病原体が人体に入ってくると、病原体を取り込んだ時にスーパーオキサイドを作り、過酸化水素を作り、最終的に活性酸素を発生します。これらの物質の働きで病原体が殺されます。ところが、マクロファージは病原体のみならずコレステロールをも取り込んでしまいます。動脈硬化は、コレステロールを蓄えたマクロファージ(泡沫細胞)が血管内膜に集積することで起こります。泡沫細胞とは、LDLコレステロール(悪玉コレステロール)が血管組織内に多量に溜まると、変性LDLコレステロールに変化するのですが、この変性LDLコレステロールがマクロファージ(大食細胞)によって食べられた後の大食細胞のことであります。NADHオキシダーゼは活性酸素を生産し、アクチンを重合させることでマクロファージを血管壁に接着します。これはNADHオキシダーゼ阻害剤や抗酸化物質で排除されます。このようにNADHオキシダーゼは動脈硬化症の主な原因となります。) | Variable | Human vascular cells in vitro |
Inducible nitric oxide synthase (誘導性一酸化窒素合成酵素) (一酸化窒素合成酵素は英語の略語でNOSと書きます。窒素酸化物である一酸化窒素(NO)の合成に関与する酵素です。NOは単純な化学的構造を持つ分子でありますが、人体においては常温では気体の状態で存在し、生体膜を自由に通り抜けて細胞情報伝達因子として機能しています。NOはアポトーシス、血圧変動などに関わっています。NOSは常時細胞内に一定量存在する構成型NOS(cNOS)と炎症やストレスにより誘導される誘導型NOS(iNOS、NOS2)に分類されます。cNOSの“c”は、“constitutive”の頭文字であり、構成的という意味で、構造に一部になっているのです。さらにcNOSには、神経型のnNOS(NOS1)と、血管内皮型のeNOS(NOS3)が存在します。“nNOS”の“n”は“neuron”の頭文字であり、神経という意味です。“eNOS”の“e”は“endothelial”の頭文字であり、血管内皮の意味です。NOSの補酵素としてカルモジュリンや上に述べた還元型ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチドリン酸(NADPH)が働いています。NOの機能は血管拡張作用と血小板凝集作用があります。) | Decrease | Human and animal endothelial cells in vitro |
Endothelial nitric oxide synthase (血管内皮細胞一酸化窒素合成酵素) | Variable | Human in vitro |
Endothelin-1 (エンドセリン1) (血管内皮細胞由来の21個アミノ酸から出来ているペプチド。このペプチドは血管収縮作用を持つ。平滑筋収縮因子のひとつ。) | Increase | Animal vascular endothelial cells in vitro |
Endothelin-1 receptor (エンドセリン1受容体) (エンドセリン (endothelin) は、血管内皮細胞由来のペプチドで、強力な血管収縮作用を有するオータコイドの一種であります。オータコイドとは体内で産生され微量で生理・薬理作用を示す生理活性物質のうち、ホルモンおよび神経伝達物質以外のものの総称であります。エンドセリンは肺高血圧、心不全、腎不全といった病態との関連が指摘されています。エンドセリン受容拮抗薬である “bosentan” は肺動脈性肺高血圧症の治療薬として使用されています。) | Decrease | Animal vascular smooth muscle cells in vitro |
Angiotensinogen (アンジオテンシノーゲン) (アンジオテンシンにはI~IVの4種が存在し、これらのうち、アンジオテンシンII~IVは心臓の収縮力を高め、細動脈を収縮させることで血圧を上昇させます。なお、アンジオテンシンIには血圧を上昇させる効果はないことを知っておいてください。アンジオテンシンの原料となるアンジオテンシノーゲン (angiotensinogen) は肝臓や肥大化した脂肪細胞から産生・分泌されます。 このアンジオテンシノーゲンは、腎臓の傍糸球体細胞から分泌されるタンパク質分解酵素であるレニンの作用によって、アミノ酸10残基から成るアンジオテンシンI がまず作り出されます。このアンジオテンシンⅠは血圧を上げることができないので、その後、これがアンジオテンシン変換酵素のACE(angiotensin converting enzymeと書き、略語でACEとなります)とキマーゼ、カテプシンGの働きによってC末端の2残基が切り離され、アンジオテンシンII に変換されます。 アンジオテンシンI は血圧上昇作用を有さず、アンジオテンシンII が最も強い血圧上昇作用を持ちます。アンジオテンシンIII は II の4割程度の活性で、IV はさらに低いのです。また、アンジオテンシンII は副腎に作用して、鉱質コルチコイドで血液におけるナトリウムとカリウムのバランスを制御するアルドステロンを分泌させます。また、脳下垂体に作用し利尿を抑えるホルモンであるバソプレッシン(ADH)が分泌されます。 アンジオテンシンII は副腎皮質にある受容体に結合すると、副腎皮質からのアルドステロンの合成・分泌が促進されます。このアルドステロンの働きによって、腎臓の集合管でのナトリウムの再吸収を促進し、これによって体液量が増加する事により、血圧上昇作用をもたらします。また、脳下垂体後葉から分泌されるバソプレッシン(ADH)の分泌を促進し、水分の再吸収を促進することにより、さらに血圧上昇作用をもたらします。アンジオテンシンII には血圧上昇作用があるため、これを作らせないか、またはその作用をブロックする化合物ができれば血圧降下剤として用いることができます。アンジオテンシン変換酵素 (ACE) の働きを止めるタイプの薬剤をACE阻害薬 (angiotensin converting enzyme inhibitor、ACE inhibitor) と呼びます。またアンジオテンシンII の受容体に結合し、その作用をブロックするタイプの薬剤をアンジオテンシンII受容体拮抗薬 (angiotensin receptor blocker, ARB) と言います。いずれも臨床上重要な降圧剤として広く用いられています。また近年、これらの前の段階である、レニンを阻害するタイプの降圧剤も登場しています。 | Increase | Human adipocytes in vitro |
Animal adipocytes in vitro | ||
Angiotensin-converting enzyme (アンジオテンシン変換酵素) | Increase | Animal vascular smooth muscle cells in vitro |
Angiotensin II type I receptor (アンジオテンシン2タイプ1受容体) | Increase | Animal vascular smooth muscle cells in vitro |
Alpha-1 adrenergic receptor (アルファ1アドレナリン受容体) (アドレナリンは副腎髄質より分泌されるホルモンであり、また、神経節や脳神経系における神経伝達物質でもあります。交感神経が興奮した状態、すなわち「闘争か逃走か (fight-or-flight)」のホルモンと呼ばれます。動物が敵から身を守る、あるいは獲物を捕食する必要にせまられるなどといった状態に相当するストレス応答を、全身の器官に引き起こします。アドレナリン受容体は現在、αはα1、α2の2種類と、βはβ1、β2、β3の3種類と、更にαは3つずつのサブタイプに分類されています。これらサブタイプは、次のように分類されております。 α1(α1A、α1B、α1D) – 血管収縮、瞳孔散大、立毛、前立腺収縮などに関与 α2(α2A、α2B、α2C) – 血小板凝集、脂肪分解抑制のほか様々な神経系作用に関与 β1 – 心臓に主に存在し、心収縮力増大、子宮平滑筋弛緩、脂肪分解活性化に関与 β2 – 気管支や血管、また心臓のペースメーカ部位にも存在し、気管支平滑筋の拡張、血管平滑筋の拡張(筋肉と肝臓)、子宮の平滑筋等、各種平滑筋を弛緩させ、および糖代謝の活性化に関与 β3 – 脂肪細胞、消化管、肝臓や骨格筋に存在する他、アドレナリン作動性神経のシナプス後膜にもその存在が予想されています。基礎代謝に影響を与えているとも言われています。 ノルアドレナリンが褐色脂肪細胞上のβ3受容体に結合すると、UCP1(脱共役タンパク質)が生成され、ミトコンドリアで脱共役が起こり、熱が産生されます。動物の冬眠時に良く見られる運動に伴わない熱産生の手段であります。日本人を含めた黄色人種ではβ3受容体の遺伝子に遺伝変異が起こっていることが多く、熱を産生することが少ない反面、エネルギーを節約し消費しにくいことから、この変異した遺伝子を節約遺伝子と呼びます。) | Increase | Animal vascular smooth muscle cells in vitro |
Prostacyclin E2 (プロスタサイクリンE2) (人体の組織でアラキドン酸から作られ、抗凝血作用や血管拡張作用があるホルモン様物質。別名プロスタグランジンI2) | Decrease | Animal vascular smooth muscle cells in vitro |
Homeostasis (恒常性) (恒常性とは、生物体が体内環境を一定範囲に保つ働きであります。恒常性は生物のもつ重要な性質のひとつで生体の内部や外部の環境因子の変化にかかわらず生体の状態が一定に保たれるという性質、あるいはその状態を指します。生物が生物である要件のひとつであるほか、健康を定義する重要な要素でもあり、生体恒常性とも言われます。 恒常性の保たれる範囲は体温や血圧、体液の浸透圧やpHなどをはじめ病原微生物やウイルスといった異物(非自己)の排除、創傷の修復など生体機能全般に及びます。恒常性が保たれるためにはこれらが変化したとき、それを元に戻そうとする作用、すなわち生じた変化を打ち消す向きの変化を生む働きが存在しなければならないのですが、これを、負のフィードバック作用と呼びます。この作用を主に司っているのが間脳視床下部であり、その指令の伝達網の役割を自律神経系や内分泌系(ホルモン分泌)が担っています。) | ||
Platelet activator inhibitor-1 (血小板活性化阻害1) | Increase | Human adipocytes in vitro |
Von Willebrand factor (ヴォン・ヴィレブランド因子) (血液凝固因子で血管内皮細胞によって分泌されます。血漿中にあり、血管損傷部位で血小板が血管内皮下組織のコラーゲンに粘着するのを促します。血漿中で第Ⅷ因子と複合体を形成し、第Ⅷ因子の活性化の低下を防いでいます。) | Increase | Human endothelial cells in vitro |
Cellular adhesion molecules ICAM-1, ELAM-1 (細胞接着分子 Inter cellular adhesion moleculeの略がICAMであり、細胞間接着分子という意味で、Endothelial leukocyte adhesion moleculeの略がELAMであり、血管内皮白血球接着分子です。) (人体は38兆個の細胞でできています。毎日人体は必要な細胞同士がコミニュケーションを取るためには必ず接着する必要があるのです。) | Decrease | Human endothelial cells in vitro |
Plasma matrix metalloproteinases MMP-2,9 (プラズママトリックスメタロプロテアーゼ2、9) (MMPは30種類近くあります。マトリックスという意味は基質です。基質というのは細胞の間にある細胞間物質であります。組織は細胞だけで成り立っているのではなくて、細胞の外にある組織を結合組織といい、基質から成り立っています。プロテアーゼというのは、このマトリックスにある様々なタンパクを分解したり、細胞表面に発言するタンパク質を分解したりします。) | Decrease | Healthy humans in vivo |
Circulating cytokines IL-1,2,6 and TNF-alpha (血中に循環しているサイトカインの中のインターロイキン1、2、6とTNF-α) | Decrease | Depressed humans in vivo |
Rheumatoid arthritis humans in vivo | ||
C-reactive protein (C活性タンパク質) (体内で炎症反応や組織の破壊が起きているときに血中に現れるタンパク質。肺炎球菌のC多糖体と結合するためこの名がある。CRPと略称されます。C反応性蛋白は細菌の凝集に関与し、補体の古典的経路を活性化する作用を有します。CRPのコーナーを読んでください。) | Increase | Human hepatocytes in vitro |
Variable | Animals in vivo | |
Decrease | Rheumatoid arthritis humans in vivo |