肝臓の細胞で蓄えられているレチノール(ビタミンA)は、胆汁酸によって小腸に運ばれ、小腸の壁(粘膜固有層)の中にいる樹状細胞(樹枝状細胞)がレチノイン酸を作るのに必要な原料となるのです。もう一度復習しておきますが、なぜ樹状細胞が作るレチノイン酸が必要なのでしょうか?2つ必要な理由があります。iTreg細胞を作るためと、iTregになったT細胞が再び腸管に戻るための分子を発現させるためです。この分子とは何かを説明する必要があります。
この分子こそ、前回書いた文章の『さらにレチノイン酸がIgAを分泌する形質B細胞に「お前のふるさとは腸管である」ということを刻印させ、たとえ腸管のリンパ節から血管やリンパ管を通って人体をあちこち動き回っても、必ず最後は腸管の周辺の組織に戻らせる』のはなぜなのかを詳しく説明することになるのです。この説明をする前に、医学術語であるケモカインとケモカインレセプターをまず知っておいてもらいたいのです。難しいでしょうがついてきてください。
ケモカインは、英語で“chemoattractant cytokine”といいます。時には“chemoattractive cytokine”といいます。日本語で「化学誘引物質」と訳すことは10/25更新分で既に述べました。“chemo”は化学、“attractant”は誘引、“cytokine”はサイトカインですね。具体的には、化学誘引物質とは、化学的に何かを引きつけるという意味です。ここが今日のポイントなんです。まさにケモカインは、腸管にBリンパ球やTリンパ球や好中球や大食細胞や樹状細胞や単球やNK細胞や好酸球や好塩基球や肥満細胞などの血管やリンパ管に流れているあらゆる免疫細胞を、血管やリンパ管から必要な組織に流出するように誘引する物質なのであります。かつ、誘引されるためにはこれらの全ての免疫細胞に誘引されて特異的に結合するレセプターという独自のタンパク質が発現されなければならないのです。
このタンパクを発現させることが「お前のふるさとは腸管である」ということを刻印させるということなのです。つまりワクチンと同じように、自分で働く場所や役割を覚えさせることですから、記憶させることを刻印させると言っているのです。
みなさんは、免疫細胞は勝手気ままにアトランダムに血管やリンパ管を動き回って、かつ組織に出てしまうと考えられておられるでしょうが、半分は正しいのです。全ての免疫細胞は骨髄で作られ、作られた免疫細胞は全て末梢血に出て行きます。これらの生まれたての免疫細胞は例えばナイーブなT細胞とかバージンT細胞とかといわれるものです。このような未経験なあらゆる免疫細胞は、自分が働く必要がある敵に出会うまでは、それぞれ気ままに血管やリンパ管やリンパ節を動き回っています。ここまでは免疫細胞は自由気ままなのであります。ところが持って生まれた特異的な自分の役割を果たすべき敵と出会うと、初めて自由気ままな生活をやめるのです。自分が対処できる特異的な敵とひとたび出会えば、その敵とどこでどのようにして処理したか、その経験を全て覚えさせられるのです。つまり生まれ持った自分の仕事の役割を果たすべく、遺伝子の中に必要なタンパクを発現させる準備がそれぞれ出来上がっているのです。
ワクチンを投与するときも、もちろん弱い敵でありますが、そのワクチンという弱い敵に対して最終的にはメモリーT細胞に、どんなタイプの敵であり、かつどこでどのように戦ったのかをしっかり覚えさせるシステムを発現させます。そしてそれを覚えておき、本当の敵が入った時にすぐに対応できるように用意させられるのです。例えば、百日咳のワクチンであれば、そのワクチンによって免疫をつけられたメモリーT細胞は、常に呼吸器の粘膜周辺にとどまり、他の部位の粘膜に行ったり他の組織にとどまることがないようになっているのです。しかも百日咳という細菌しか認識できないようになっているのです。そして本当の百日咳菌が侵入した時にのみ、「敵が百日咳の細菌であり、呼吸器の病気である」ということを記憶の中に刻印されているので、すぐに呼吸器の粘膜で敵を殺す仕事ができるのです。
既に10/25更新分で、ケモアトラクタントの話はしたことを覚えておられますか?それは毛細血管から好中球がどのようにして組織に流れ出すかという話で説明しました。今後の話がしやすいので再掲載しておきましょう。
「毛細血管を超スピードで流れている好中球の細胞膜にひっついているセレクティン・リガンドと血管内皮細胞についているセレクティンが結びつくと、好中球の流れの速さがスローになります。さらにLamina propria(粘膜固有層)の組織にいる補体(complement)も、敵である抗原(免疫複合体や細菌)に結びつくと、補体はC5aになります。CというのはComplementの略です。C5aは、ケモアトラクタントともいい、英語で“chemoattractant”といい、化学誘引物質と訳します。かつ組織にいる細菌は細胞膜の一つの成分であるLPSという分子を放出します。LPSはリポポリサッカライドといいます。日本語で脂質多糖類体と訳します。LPSやC5aを炎症性シグナルといいます。組織にこの炎症性シグナルであるLPSやC5aが増えると、このシグナルを毛細血管にある好中球が気づいて、好中球は蓄えておいたインテグリン(INT)という化学物質を好中球の細胞膜に運びます。このインテグリン(INT)は毛細血管の内皮細胞に常に表出されているICAMと結びつきます。ICAMというのは、“Inter cellular adhesion molecule”の略であり、日本語では「細胞間接着分子」と訳します。INTとICAMが結び付くと、毛細血管の好中球は結合した場所で走ることを止めてしまいます。ひとたび好中球が走ることをやめます。その間に組織には細菌のタンパクの破片であるN-ホルミルメチオニン(N-Formylmethionine)というペプチドです。N-Formylmethionineは略してfMetといいます。先ほど述べたC5aと同じくfMETはケモアトラクタントであり、血管から血管外へ好中球を運び出してくれるのです。好中球は血管外に出ると大食細胞が出すTNFαによって活性化され、敵である細菌などを貪食する力が増えるのです。」
まさにこの文章はケモアトラクタントとケモアトラクタントに対するレセプターの話であると同時に、血管やリンパ管から免疫細胞を炎症巣に運びだそうとする様子をビビッドに描いています。上の文章に書いてあるように、セレクティン・リガンド、セレクティン、C5a、LPS、インテグリン、ICAM(Inter cellular adhesion molecule 細胞接着分子)、N-ホルミルメチオニン(N-Formylmethionine)の全ての医学術語は、今日のトピックスの説明の道具になり、かつ答えそのものなのです。
つまり好中球が血管から炎症巣に出ていくためには、いくつかの装置が必要なのです。しかもあらゆる免疫細胞は血管とリンパ管と様々な種類のリンパ節を動き回っているだけでは何の意味もないのです。あくまでも人体の組織に入ってきた敵をやっつけるためには、必ず脈管外へ出ていかねばならないのです。
そのためには、3つの装置が必要です。好中球の場合は、好中球が炎症巣に出ていくためには、まず1つめは、好中球の細胞膜に表出しているセレクティン・リガンドと結合する血管の内皮細胞に表出しているセレクティンの組み合わせどうしが結びつく必要があります。2つめは、好中球の細胞膜に表出しているインテグリンと結合する血管の内皮細胞に表出しているICAMの組み合わせどうしが結合する必要があります。3つめは、組織にケモアトラクタントとして発現しているfMETとC5aと結びつくケモアトラクタントに対するレセプターの組み合わせどうしが結びつく必要があります。
この3つの組み合わせが結合しあって初めて、好中球は血中から血管外の炎症組織に馳せ参じることができるのです。この3種類の組み合わせの分子があって、しかも結びついて初めて血管から好中球が組織に出ることができるのです。つまり好中球が勇敢な戦士になることができるのです。
血中から組織に出ていかなければならないのは、何も好中球だけではないのです。免疫細胞である好酸球、肥満細胞、単球、Bリンパ球、Tリンパ球などなどは全て血中から組織に出ていかなければ仕事はできません。人体の血管の内皮細胞は、1000億個あります。免疫細胞は数十兆もありますから、この1000億個の内皮細胞のどこかから正しく間違いなく、しかも選ばれた正しい免疫細胞が炎症巣へ出る必要があります。
上で説明した好中球と同じように必要な種類の免疫細胞だけを必要な場所に、必要な時に正確に出ていくためには、上にあげた1つめと2つめの細胞接着分子(cellular adhesion molecule)どうしの接着と働きが絶対に必要なのです。
この接着分子の組み合わせは2種類あります。まず1つめの接着分子の組み合わせの仲間(family)をセレクティン・ファミリーといいます。2つめの接着分子の組み合わせの仲間(family)をインテグリン・ファミリーといいます。3つめの組み合わせは、ケモアトラクタントとケモアトラクタント・レセプターとの組み合わせといいます。この3つ目の組み合わせは、現在わかっているだけで70種類以上あります。
今日の話も非常に難しかったのですが、次回は腸管免疫における3つの組み合わせについて詳しく説明したいと思います。乞うご期待!